ヒロインに転生しましたが、悪役推しなので隣国の冷酷王子に一直線です
なぜ、悪役令嬢に転生できなかったの?
仕事帰りに事故で死亡し、愛読していた小説「ホワイトローズ」のヒロイン、貴族令嬢フロンティアに転生した私は自室の窓辺の椅子に座り、ひとりさめざめと泣いていた。
私は、このネバーローズ王国の敵対国であるバルダンディア王国の悪役王子、ブラッドハート様が好きなのに。
冷酷な王子として書かれていた、ブラッドハート様。
彼はフロンティアの幼馴染である、悪役令嬢と言えるシルビア嬢と結婚した後、この国に攻め入り、フロンティアの婚約者で夫となるネバーローズ王国の次期国王ことフィル王子に倒されて死んでしまう。
私は一層激しく泣いた。
そう、泣いている場合ではない。
フロンティアは歌姫でもあり、転生前音痴だった私はさっそく窓辺で狂ったように歌ったが、歌っている場合でもない。いくら歌ったところで、隣国のブラッドハート様には届かないし。
とにかく、このままではいられない。
屋敷に居るということは、ストーリーはまだ、動き出していないはず。
動き出さない内になんとかして、ブラッドハート様が死亡するバッドエンドだけは回避したい。
私は窓辺の椅子から立ち上がり、白い薔薇の模様が施された桃色のドレスの裾を持ち上げて、廊下に飛び出した。
「だ、誰か! 居ない?」
屋敷内の構造まではわからない。ウロウロしていると、妙齢のメイドに会えた。この屋敷のメイドはみんな優しい。年格好を見るにレビーというメイドだとわかった。
「フロンティア様! 泣いていらっしゃったのですか?」
心配そうな顔を向けてくる。
「ええ」
私は顔に残る涙を手で拭き取った。
「先程は、元気な歌声が聞こえていましたのに」
「ち、ちょっと、情緒不安定で」
転生できて嬉しくてとは言えず、笑うしかなかった。
「お休みになられますか?」
レビーが優しく私の腕に触れた。
「ありがとう、でも、休んでる場合じゃないんです、の。 ブラッドハート様と、フィル様の会談はいつかしら? もしかして、まだ、そんな話はない?」
両国の国境に近い教会で、両国間の今後についての会談が行われるはず。もちろん、この話し合いは失敗に終わる。
そして、しばらくして両国の戦争が始まる。そこから、平和を愛するフィル王子の国はホワイトローズと呼ばれ、攻め入ったブラッドハート王子の国は血のローズと呼ばれるようになる。
話し合いより武力行使を選ぶブラッドハート様。
そういう好戦的なところが好き。
平和を愛するヒロインじゃ、口が避けても言えないけど。いっそ言うべき? それで、お前には隣国の冷酷王子がお似合いだ! ってブラッドハート様に嫁入り展開にならないかしら? だけど、ブラッドハート様がどんな女が好きかわからない。知りたいことは、なにもわからない。
わかるのは、彼はただ冷酷で好戦的な訳じゃないこと。
確かに彼が指揮して攻め入ってくるけど、それには領土を広げるためという正当な理由がある。次期国王として、力を示さなければいけない立場でもある。だから、惹かれる。そんな、責任感に満ちたところに。
さっさと悪役令嬢と結婚して、フロンティアとは一切関わらずに死んでいくなんて。
普通、悪役なら、「ヒロイン、実はずっと、お前のことを愛していた」とかありそうなものなのに。ホワイトローズはタイトルの割に、がっつり恋愛小説じゃないからなの?
恋愛。できれば、シルビア嬢と結婚しないでほしい。
シルビア嬢は、フィル王子が好きなんだから。
シルビア嬢がフィル王子と結婚して、私がブラッドハート様と結婚できればハッピーエンド。この物語は、そう書き変えないと。
「フロンティア様、聞こえておられますか?」
「あっ、ああ、聞いてなかった。ごめんなさい」
私は我に返ってレビーに顔を向けた。
「会談は、今日でございます」
「今日!? 急いでいかなくちゃ!」
私はまたドレスの裾を派手に持ち上げて、早足に階段に向かった。
「フロンティア様!?」
「間に合うかどうか、ここから、教会までどのくらい?」
急いで後ろをついてくるレビーに聞いた。
「教会、会談場所に?」
「どうしても、行かなくちゃ行けないの!」
この会談の決裂がきっかけで、戦争が始まるのだから。
戦争自体阻止しなければいけないものだし、始まってしまえば、ブラッドハート様が死亡するバッドエンドの危険が高まるし、その前に、この会談の帰りにブラッドハート様とシルビア嬢は結ばれるのだから、なんとしても、会談中には教会につかないといけない。
有り難いことに、御者も私の味方をしてくれて、すぐに馬車を出してくれた。
私は教会に向かって急ぐ馬車の中で、シルビア嬢のことを考えた。
フィル王子と結婚できなかった憎しみから、敵国のブラッドハート様と結婚し、一族を率いてバルダンディア国に寝返る。そして、ブラッドハート様亡き後、フィル王子の恩赦を拒否して、自ら命を断ってしまうシルビア嬢。
彼女と会談に向かう前に会いたかったが、時間がない。
会って、私はフィル王子とは結婚しない、ブラッドハート様が好きだと伝えておきたかったのに。
今から、フィル王子との婚約を破棄しに行くと。
窓に顔を向けて、通り過ぎる景色を見る私を、向かいに座るレビーが心配そうに見つめてくる。私はなにも言えなかった。
約束された幸せを捨てに行くなんて。敵国の悪役王子と結婚したいなんて。
レビーをはじめ、フロンティアに関わる人達を、巻き込まないのは無理でも、極力迷惑をかけないようにしなければ。
私は最悪孤立する覚悟をして、ゴクリと息を呑んだ。
さっきから、少し喉が痛い。
♢♢♢♢♢♢♢
石造りの重厚な教会に到着し、レビーの手を借りて、馬車から飛び降りた。
そのまま扉に走り寄った私を、二名の兵士が両側から止めた。
「開けてください! フィル様!」
兵士を体で押し返しながら、思い切って扉を叩いた。
声は届き、扉が開かれてフィル王子が現れた。
金髪碧眼の整った顔、スラリとした細身に濃紺の軍服を纏った、絵に描いたような王子様。
「フロンティア! なぜ、ここに?」
まだ若い、彼の性格を思わせる柔和さのある声が、驚きに満ちていた。
「フィル様、お話したいことが、あります」
彼の返事を待たずに、教会に入った。
ステンドグラスの光に照らされた祭壇の前に、ブラッドハート様が居た。
輝く長い銀髪に透明にも見える銀の瞳。細面の完成された顔立ち。遠くからでもわかる逞しい長身に、金の肩章と飾緒のついた漆黒の軍服を纏っている。
ブラッドハート様の瞳が、私を捕らえているのがはっきりわかる。震えそうになりながら、惹きつけられるままに近づいた。
「フロンティア、待つんだ」
フィル様が立ちふさがるように前に来た。
ブラッドハート様も近づいてくる。その姿にまた、目を奪われた。彼の瞳に、私が映っているなんて。
「一体、何の用だ」
ブラッドハート様の低い声の厳しい響きに、ハッとなった。
「…………っ!?」
声が出ない! さっき、思い切り歌ったり泣いたりしたせいで、声が枯れてしまった!
私の絶望の顔を、ブラッドハート様がじっと見ている。
「果敢に飛び込んで来て、今さら、そんな顔をするとはな」
ブラッドハート様が私を冷たくあざ笑う。悪役にはやっぱり、冷笑がよく似合います。
この状況でそんなことを思ってしまった私を、フィル様が体で庇ってくれながら、ブラッドハート様を横目にキッとにらんだ。
私は声を出そうと、咳をしてみる。すると、私を見るふたりが目を見開いた。
「病か?」
ブラッドハート様が腕を組んで、怪訝そうに、だが、慎重な口調で聞いてきた。
「フロンティア?」
フィル様が私の肩に手をおいた。
私は急いで首を横に振った。
「違い、ます」
よかった、声が出た。
私はフィル様から、少し体を離して彼を見た。
「私は病気ではありません、正気です」
これから自分の言うことを思い、そんなことを言ってしまった。
ふたりが怪訝そうに私を見つめてくる。私はフィル様を見つめ返した。
「私は、フィル様に婚約破棄をお伝えに来ました!」
言ってしまった。
ふたりが硬直している。離れて並ぶ護衛兵達がざめいた後、硬直した。
私も心臓が止まりそうなほど緊張した。だけど、こうしないと。私がストーリーを変えるには。
「ハハハ、平和を謳う、か弱い国の王子とは一緒になりたくないか?」
ブラッドハート様がまたあざ笑い、フィル様がにらむ。
「違います!」
私はふたりに割って入るように、ブラッドハート様の前に一歩踏み出した。
「私は……ブラッドハート様が好きです!」
告白に衝撃を受けたのが、ブラッドハート様の目が見開かれ、黒靴の足元がふらついたことでわかった。
視界の端に映るフィル様は、時が止まったように動かない。
私は鼓動が激し過ぎて、見えるものさえ動いて見える。緊張と興奮に息が上がって苦しい。体が、特にブラッドハート様に見つめられる顔が熱い。きっと、真っ赤になっている。
ブラッドハート様の顔も、さっきより、血の気があるように見える。
「ずっと、好きでした」
告白するのは初めてで、そんなありふれた言葉しか出なかった。
私の必死な様子を見つめるブラッドハート様は、なぜか冷静な様子に戻っていく。
「ずっと? 初めて会ったはずだが?」
「えっ」
そうだった! ブラッドハート様とフロンティアは会ったことがなかった! それどころか、生まれてから死ぬまで、一切接点もない。
「あ、えっと」
あたふたと、どう言えばいいか考える。
ブラッドハート様も困惑した様子で、どこかで会ったかと思い出すように、遠くを見ている。
「噂を聞いていたし、どこかで、会った気がして……」
ブラッドハート様がまた少し、驚いた顔をしたが、すぐに冷たい表情になった。
「勘違いだろう」
ブラッドハート様が横を通り過ぎる。
もう、私には目もくれず、フィル様の方の前に行った。
「全く、とんだ話になったものだな」
なにも応えないフィル様に、ブラッドハート様は背を向けて扉に向かう。
「会談どころではないな。今日は引き上げる」
ブラッドハート様は言い残し、護衛兵を連れて出て行ってしまった。
今日は引き上げる? 帰ってしまう!
「フロンティア」
追いかけようとした私を、フィル様が呼び止めた。
振り向くと、眉を寄せた顔で私を見ていた。
「こんな屈辱を、まさか、君から受けるとは」
怒りを抑えた声と態度に、私の体は強張った。
キッとした目に射抜かれて、ビクリと体が震えてしまう。
「君のような女には、私から婚約破棄を申し渡そう!」
こんなにショックなんて。
これでよかったはずなのに、胸が痛い。
「さあ、帰ってくれ。私も帰って、会談のやり直しを考えなければならない」
「ごめん、なさい。こうする以外に……」
震え声は、フィル様に聞こえていないようだった。
会談はもう一度やり直し。一体、これからどうなるのか、どうすればいいのか。
「それから、シルビアに会わなければならない」
「シルビア?」
意外な名前に、顔を上げた。
「君のような人と婚約する時に、シルビアを傷つけてしまった。選ぶ相手を間違えたと、謝らなければならない」
そんな、あっさりシルビアに? 確かに、小さい頃から、私達三人は仲がよかったようだけど。
そう、これで、よかったのよ。
私はフィル様に謝罪のお辞儀をして、扉に向かった。
シルビアと幸せになってください。小さい頃はいい子だったし、悪役令嬢はヒロインより、本当は性格いいはずだから。
外に出ると、ブラッドハート様は居なかった。帰ってしまった? シルビアと会ってしまう!
追いかけるべく、馬車に駆け寄った。
レビーが待ち構えていて、勢い余った体を受け止めてくれた。
「追いかけないと、ブラッドハート様を」
「落ち着いてください、フロンティア様」
心配そうな顔で言いながら、髪を整えてくれた。
「そう、落ち着かないと」
私は何度か深呼吸して息を整えた。
「よろしいですか?」
「はい」
答えると、レビーが馬車の扉を開けた。
ブラッドハート様が足を組んで座っていた。
驚きうろたえる私に、ブラッドハート様の手が伸びて、中に引き込まれた。
なすすべもなく隣に座ると、扉が閉められた。
「危害は加えない」
レビーともそう約束したのだとわかり、うなずいた。
ブラッドハート様が近くて、声が体に響いきて震えてしまう。
「私の国に来い」
いきなりの命令に、頭が追いつかなかった。
「病ではないと言ったが、一応、医者に見せておきたい」
「あ……」
思わぬ気づかいに、ドキリと心臓が反応する。
「本当に、病気ではありません。歌ったり泣いたりして、声が枯れただけです」
心配を消すために、慌てて答えた。
「泣いたり?」
「今日の、会談が上手くいかなかったら……」
また泣きそうになって、指で目元を拭った。
「会談な……あれは、本心か?」
ブラッドハート様の声が、頭の上から聞こえた。
「それとも、会談をぶち壊すのが目的だったか? 俺を惑わせるための嘘か?」
「ち、違いますっ、嘘じゃありません」
この状況に怖気づいて緊張して、まともに顔を見れずに、それでも必死に答えた。
ブラッドハート様は考える様子で、窓の外を見た。
「どこかで、会った気がしたと言ったな」
「はい……」
「十代の頃に、一度だけ、この国を視察したことがある。そこで、民に歌を聞かせるお前を見た」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、正体を隠して密かに行動していたのだが、気づかれていたとはな」
ブラッドハート様は少しショックを受けたようで、長い指で額を押えたが、私はほっとした。
思わず笑顔になる私に、ブラッドハート様の視線が向けられる。
そして、そっと腕に触れた手で、体を引き寄せられた。
「もう、なにも隠す必要はないな」
顔を見上げると、ブラッドハート様が微笑んでいた。
こんな優しい顔を見れるなんて。
「俺のためにも、歌ってくれ」
「歌います! 歌うの大好きですから!」
大好きだけど、音痴で我慢していた分、これからは思い切り歌おう。
ブラッドハート様の笑みが、可笑しさをこらえたようになった。少し子供っぽい、こんな顔まで見れるなんて。
目を奪われる私に、ブラッドハート様の顔が近づいて、キスされた。優しく、しかし、しっかりと抱かれて。
「い、いきなり」
「さっき話した出会いの時から、私は、ずっとこうするのを夢見ていた。歌うお前に、惚れたのだ」
「歌っている私を、私の歌を……?」
本当は音痴だなんて言えない、音痴な私なんて。
「歌も、その姿もだが、民のために歌う優しさだな」
よかった。私も、フロンティアの優しいところが好き。
「それに、さっきの態度、俺を見据える瞳、胸にきた」
「本当、ですか?」
気恥ずかしくなって、身を縮めた。
「ああ……俺が冷酷で通っているのは知っている。優しさや感情のある女に惹かれるなど、信じられないか?」
「そんなことは」
「正直に言うが、会談をぶち壊すつもりで来たのは俺だ」
やっぱりと、視線をそらすブラッドハート様を見つめた。
「そうしないで済んでよかった。この国の平和を奪いたいと思うほど、俺は冷酷ではない」
「でも、シルビアと」
結婚して結託してまで攻め込んでくるはずでは? と、思わず先の展開を言いそうになって、ゴクリと言葉を呑んだ。
「シルビア? そういえば、危うい話しを持ちかけられていたな」
「えっ、もう?」
「少し前からな。お前の告白がなければ、この後会いに行くつもりだった。きっと、唆されていたな」
私の動揺に気づいて、ブラッドハート様が、優しく笑いかけてくれた。
そして、彼の指が私の顎を軽く押し上げて、顔が向かい合った。
ブラッドハート様の美しい顔、澄んだ銀の瞳、黒い瞳孔に映った私。
「お前を手に入れるために、なりふり構わず行動するところだった。力を手に入れるための偽りの婚姻であろうと、なんだろうと」
「そんな、そのためにシルビアと」
「そうだ」
私を手に入れるために。そんなこと全然見せずに、最期を迎えていたのに。
ブラッドハート様が被さるように私の額にキスをして、温かい両手で体を包んでくれた。
「こんな展開になるとはな」
若干肩の力を抜いて、ブラッドハート様が言った。
こんな展開になって、私は心からほっとした。
「フィル王子にも戦にも勝って、俺から全て明かそうと思っていた。そういうやり方しか、浮かばなくてな」
少し、物足りなさそうにも見える。やっぱり、好戦的なのかもしれない。
「負けたら?」
「不吉なことを聞くな」
「ごめんなさい」
ムッとした顔に慌てて頭を下げる。その頭を大きな手が、優しく包んでくれた。
「……例え、拷問にかけられてもお前への想いは明かさん。笑い者になるなど御免だからな」
それで、あんな孤独な最期を。そういうプライドの高いところが、今まで見せてくれた全部が、やっぱりたまらなく好きです。
私は自分から、ブラッドハート様の胸に頬を寄せた。
フッと嬉しそうな笑い声が聞こえた。もう、笑った顔も浮かべることができる。
「負ける気はしないが、こうなったからには、戦わずに済む方法を探そう。ふたりで、いや、フィル王子達と共に、な」
「はい」
フロンティアとブラッドハートはしっかりと抱き合った。