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06 拉致?

「別荘?」

「そうです。僕、個人のものなので、公爵家とは関係無い場所ですから、どうぞリラックスしてください」


 ルチルは、ジェットにエスコートされて、魔導車から外へ出た。目が見えないはずなのに、それはあまりにも自然な動きだった。


「すごい」


 思わず、感嘆のため息が出る。

 緑の森を背景にそびえ立つのは、城と言っても過言ではないぐらい、立派な屋敷。これで別荘だなんて、にわかには信じられない程だ。


 ルチルが、ポカンと口を開けて呆けていると、屋敷から使用人らしき者が数名やってきて、出迎えてくれた。中央にいる白髪混じりの老人は、どうやらこの屋敷の執事らしい。ジェットへ気安く話しかけている。


「ようやく、ここへお招きできるような方が見つかったのですね」

「あぁ。彼女は特別な人だ。丁重にもてなしてほしい」

「既に、使用人全員が張り切っております」

「ありがとう。でも逃げられたくはないから、程々にして?」

「かしこまりました」


 ルチルには、何の話をしているのか、さっぱり分からない。こんなことになるのなら、せめて持っている中で一番よそいきの服を着てくるだったと、どうにもならないことを考えては後悔していた。


「あの、私はどうすれば」

「そうですね……ルチル様は、甘い物はお好きですか?」

「えぇ」

「でしたら、僕とお茶にしましょう。僕はどちらかと言えば甘党なのですが、なかなか付き合ってくれる方がいなくて困っているんです」


 お茶も甘い物も、大好きだ。しかし、それは何かの建前であることは、大人のルチルには予想がついている。


 きっと、この青年は、ルチルに触れなければならない何らかの理由があり、それを説明されることになるのだろう。


 ルチルは、一気に憂鬱になった。


 盲目とは言え、ジェットは公爵家の息子だ。今朝も、先程も、間近で見てしまったから分かることなのだが、かなり整った顔立ちをしている。ルチルを救出したのも鮮やかな手腕だった。立ち姿も美しい。摩力を豊富に持っていることを示す、艷やかな漆黒の髪。おそらく年齢も、働き盛り、男盛りの二十代半ば。きっと夜会などでは、引く手数多な存在なのだろう。


 一方、ルチルの外見は十人並みで、歳も子供が数人いてもおかしくない程に老けている。最近、鮮やかな色合いや、可愛らしい色合いの服はすっかり似合わなくなってしまった。そんな自分が、まるでどこかのお嬢様のような扱いを受けているなんて、どう考えてもおかしい。


 ルチルは逃げたくなった。けれど、相手は公爵家。きっと、屋敷にまで連れて来られるぐらいだから、逃げてもすぐにまた捕まってしまうだろう。それならば、何をして、何に耐えれば事足りるのか、さっさと確認して、早く職場へ帰りたい。


「大丈夫ですか?」


 ジェットは、ルチルに向かって尋ねたようだが、ルチルの姿が正確に見えないばかりに、近くの木立に話しかけるような格好になっている。


 ふっと寂しさのようなものが、ルチルの胸をよぎった。


 自分と似た痛みを抱えているかのような、一見ひ弱そうな青年。しかし悪徳商人を懲らしめて追い払うことをしてみせた。


 心がザワザワする。

 

 どうして、ルチルに近づいたのか。どうして、ルチルを選んだのか。どうして、こんなに、優しくしてくれるのか。


 どんな答えが用意されていたら、ルチルは嬉しくなるのだろう。それすら分からない。やるせなくて、ひたすら辛い。


 芽生えてしまった、この気持ちの名は、おそらく「好意」。

 だからこそ、怖い。


 ルチルはもうすぐ三十路だ。お願いだから、思わせぶりなことで期待させないでほしい。弄ばれたり、使い潰されて、雑巾みたいに捨てられたら、今度こそルチルは立ち直れなくなってしまう。


 結局、その後に庭で開かれた茶会では、ごく一般的な世間話に終始した。ルチルが知りたかったことは、何一つ語られないまま。


 ルチルは、行きと同じように、ジェットの運転する魔導車に乗り、まだ空が明るいうちに寮まで送り届けられた。


 ルチルはシャワーも浴びずにベッドへ横になると、泥のように眠った。あまりにも、いろいろありすぎた。



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