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05 助っ人現る

「あの、今、取り込み中でして」


 青年とは、今朝のお触り未遂事件以来となる。正直、気まずさしかない。


 ルチルは、どんな顔をしていいか分からなかったが、帰り支度をしようとするバンデットを気にしつつも、青年が持ってきた荷車の荷物を凝視した。


 魔導車を改装した荷車。その上にあるのは、様々な石がパズルのように組み合わさった小山のようなもの。石の専門家としては非常に興味深いものではあるが、今はそれどころではない。


「すみませんが、また今度……」

「いえ、今度は僕が役に立つ番なんです」


 青年は、近くにいたルビに促されて応接室に入ってきてしまった。そして、辺りをきょろきょろしたところで、セレナと目が合い、こくんと頷く。セレナは得心したとばかりに、バンデットの手から大きなコンゴストンの原石を奪い取り、青年の荷車の上に載せてしまったではないか。


 そこからは、まるでショーのような華やかさで、いくつかの光の線が天井に向かって放射状に伸び始めた。


「ルビくん、どんな光が出てますか?」

「緑三本と、白五本。黒も少し出てますね」


 青年は、それを聞いて何やら考え込んでいる。


「分かりました。これはハリケイラスですね」


 ハリケイラス。通称、ハリ。見た目は、コンゴストンと同じように無色透明で、カットの仕方によっては輝きが美しい石だが、巷の庶民の家の窓にも使われている一般的な安素材である。


 おそらく、この大きさであっても、一万ペブルにもならないだろう。せいぜい、末端価格で二千か三千ペブル辺りが妥当なところ。


「な、何だ、お前は?! 客人に対する態度か?」


 バンデットは、冷や汗をかいて慌てふためいている。その焦り様は、まるで「これは偽物でした」と自白しているようにも見えた。


「僕……いえ、私は、ジェット・クンツァイトと申します。あなたは?」


 驚いたのは、バンデットだけではない。ルチルは、卒倒したくなった。


 クンツァイト。ここ、ジュウェール王国に君臨する四大公爵家の一つである。


「わ、私はアゲート・バンデットと申します。い、いつも、公爵家の方々にはお世話になっております」


 なんと、既に公爵家はバンデットの得意先だったらしい。


「あの、坊ちゃまにおかれましては、ご機嫌麗しく……」


 バンデットは急に頭を低くして、下手くそな笑みを浮かべ始めたが、より小物感が増すだけである。


「麗しいわけがないでしょう? 王城で何をなさっているのですか?」


 ジェットは、一歩前へ出た。それは、完全に公爵家の息子らしく、堂々たるもので、先程までの弱々しさは全く無い。


「いえ、何も。いや、商売をさせていただいておりまして」

「なるほど。希少な石と称して、ただのハリを押し売りに来たと」

「そんな、滅相もない。これは確かにコンゴストンで」

「嘘は良くないですよ」

「いえ、嘘なんて。ちゃんとした計測器を使えば分かることなのですが」

「その、ちゃんとした計測器の発明が王城の魔導品制作部ということはご存知ですか? 僕の発案で進んでいる案件なんです。まだ試作段階で、どこにも出ていない情報のはずなのに、なぜご存知なのでしょうか」

「そ、それは」


 ジェットが、忌々しげに顔をしかめる。


「弟、ですね」


 バンデットは、何も答えないが、それは肯定を意味している。


「こんなことばかりしているから、なかなか商工会にも睨まれるんですよ?」

「け、ケツの青いガキが馬鹿にするな!」

「罵倒は一回だけならば我慢して差し上げます。警備士に取り押さえられたくなければ、お引取りください」

「お前に指図されるいわれは無い!」

「では、あなたとの取引きは止めるよう、両親に話しておきますね」

「クソっ」


 バンデットは悪態をつきながら、荷物を引っ掴むと、転がる勢いで応接室を出ていった。


 ジェットが到着してから、わずか数分。あっという間の解決である。


 ルチルは、放心状態だった。


「あなたが困っていると連絡を受けたのです。少しはお役に立てましたか?」


 バンデットと相対していた時とは、比べ物にならないぐらいに優しい声色。ルチルは、ごくりと唾を飲み込んだ後、ジェットの方へ歩み寄る。そして、静かにその手をとった。


「どうもありがとうございました」


 青年、ジェットは、決して弱いわけではない。悪徳商人と果敢に戦って勝利できる気概と行動力、そして、世界初の石を解析するための装置を発明するだけの知識と賢さを持っている。


 さらには、公爵家の息子にも関わらず、庶民のルチルにも優しく、とても義理堅い人物なのだ。


 ルチルは不覚にも、「かっこいい」と思ってしまった。



 ◇



 流石のジェットも、今回ばかりは「もっと」と言わなかった。しかし、未だに平常心を取り戻せないルチルを半ば拉致して、城の外へ連れ出してしまったのである。


「あの、これからどちらへ?」


 ようやく人心地がついてきたルチルは、居心地悪そうに車内を見回す。これは、どう見ても公爵家の魔導車だ。中の豪華さが半端ない。一生味わう予定ではなかった、ふんわりとした座り心地。スピードが出ているにも関わらず、ほとんど揺れは無い。なんだか良い匂いもする。


 だが、違和感の原因は他にある。なんと、車を運転しているのがジェット本人なのだ。普通、貴族の息子は、自らこんなことをしない。使用人にさせるものだ。


「もうすぐ着きますよ」

「あの、私はまだ勤務中で」

「ルビに、代理で午後休の届けを出しておくよう依頼しましたから、問題ありません」


 ルチルは、ぶんぶんと首を横に振る。


「いえ、問題しかありません!」


 今日も昼からやろうと思っていた仕事がたくさんあるのだ。しかも、わざわざ届けまで出してしまったら、ルチルがジェットと二人きりで出かけたことがモリオンにバレてしまう。


 モリオンは、実質的にルチルの保護者でもある。男日照りのルチルが突然他部署の男と逢い引きするために仕事を休むなんて、何と言われることか。


 真面目なルチルは、日頃から余程の用事が無い限り全く休みを取らないので、叱られはしないだろう。代わりにとんでもなく冷やかされる未来しか見えず、ルチルは遠い目をした。


 魔導車は、森を抜けていく。

 遠くに、大きな屋敷が見えてきた。

 近くには湖もあって、水面が無駄にキラキラと輝いていた。




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