04 悪徳商人来たる
バンデットは、両親と同じ石商人だが、資産のある侯爵家と縁戚にあるらしく、羽振りが良い。それだけならば害は無いのだが、姑息な方法で、ルチルの家と取引きのある発掘者を引き抜くなどの嫌がらせをしていた。
それだけではない。
ルチルの両親は、王都を含め、国の東西南北にある貿易都市にも支店をもつぐらい、手広く商売をしていた。しかし、両親が亡くなった途端、それらとの縁が切れてしまった。いや、切られてしまった。全て、バンデットによって、あっという間に乗っ取られてしまったのだ。もちろん、不法なやり口で。
ルチルは知り合いを頼って、抗議の手紙を出したり、役場に相談したりしたが、どこもバンデットが手を回した後だったため、なしの礫。
しかもルチルには、親の借金の支払い義務だけは遺されていた。商品として取り扱っていた石は高価なものなので、商売柄、そういった資金繰りになるのは仕方がない。けれど、頼みの綱である支店や、そこの従業員までルチルを無視を決め込む態度だったのは、精神的にもかなり辛いものがある。
仕方なく、ルチルは王都の外れにあった実家の屋敷を手放し、両親が家で保管していた希少な石を王城の資材部へ売ることで金策する。それでも結局足りなくて、モリオンに援助してもらって完済した。
身内を亡くしただけでも大変だったのに、さらにルチルを追い詰めた悪徳商人。それが、今も問題を起こしているバンデットなのだ。
確か、彼が前回やってきたのは、ちょうど一週間前のことだった。たまたま対応したのがルチルで、相手は顔見知りにも関わらず、初対面のような態度。ルチルは思うところがありつつも、仕事に私情は挟むまいと我慢して対応していたが、相手は完全に舐めきった言動ばかりだった。
「夜会でもお見かけしたことがありませんが、どちらのお嬢さんですか? あ、もうお嬢さんなんて年齢でもありませんでしたね、これは失礼を」
「最近、貴族会でも話題にあがっている噂なのですが……あ、ご存知なさそうですね?」
ルチルが庶民だと分かった上での見下し方で、それは到底王城には似つかわしくない下品さだった。年齢のことを突かれた時なんて、うっかり手が出そうになったが、ぐっと堪える。
しかし、調子に乗ったバンデットの言動は、さらにエスカレートしていったのだ。
「ここは私のような大商人のもてなし方も知らないらしい。庶民臭くて鼻が曲がる」
これには、さすがのルチルも、堪忍袋の緒が切れるというものだった。
なぜならば、『蔵』の応接室は、王城の中にある貴賓室や王族が使うサロンと比肩できる程の、豪華な内装なのである。さらには、資材部付きの気の利く侍女達が、十分貴族社会に通じる所作でお茶を用意し、もてなしをしている。
というのも、この応接室は、他国の王族がジュウェール王家と商談をするのにも使わられる場所だからだ。これで不満があるなんて、どう考えてもおかしい。国を代表する場所に難癖をつけるなんて、王に唾を吐くのと同義だ。
ルチルは、小さく握った拳を震わせながら、言った。
「分かりました」
その後の行動は早かった。寮のルームメイトであるガーネットは、王女付きの侍女である。急ぎ、使用人専用の石通信で彼女を呼び出し、バンデットに王族さながらの接待をしてもらったのだ。
「王女殿下にもここまでさせていただくことは、滅多にありませんのよ?」
と、ガーネットが付け足したものだから、これにはバンデットも何も言えなったらしい。美人なガーネットの怒りに触れて、気まずくなったのか、その日はまともな商談もせずに帰ってしまった。
内心「二度とくるな!」と『蔵』の面々が叫んでいたのは言うまでもない。
なのに、また来てしまった。
まだ新人のルビでは、あの商人の相手は荷が勝ちすぎる。ルチルは、ベテランの先輩としての責任を果たすべく、『蔵』へ戻った。
だが、今回バンデットが仕掛けてきた嫌がらせは、ルチルでも対処しづらいものだったのだ。
「え、まさか王城の資材部ともあろう場所に、最新の計測器が無いのですか? これでよく、取引きなどできるものですね」
バンデットが要求してきたのは、彼が持ち込んだ石の鑑定。
通常、『蔵』では専門の担当者が石に触れて外観を確認し、場合によっては火にくべたり、水中に入れたりしてその変化をチェックすることで、それが何であるかを判別する。より詳しい石の性能の把握が必要な場合は、魔導品開発部門でも扱っているいるような、魔力の波を拡大して、その特性を調べるための『試しの石』を使うが、これは国宝にあたり、いつでも『蔵』に置いておける代物ではなかった。
「試しの石をご用意します」
ルチルは、またガーネットに助けてもらう算段を頭の中でしながら返事する。けれど、バンデットは取り合わない。
「そんな大それたものがなくとも、巷では石の判別ができるようになっているんですよ? 専門家を名乗りながら、これしきの情報も知らないなんて、王城の資材部もたかがしれてますなぁ」
「では、バンデット様はその計測器をお持ちなのですか?」
「何を当たり前のことを。店で確かに計測してきた結果、本日持ってきた石は『コンゴストン』を含むものだということが分かっている」
コンゴストン。それは、世の中で最も魔力伝達効率と耐久性が高いと言われている石だ。見た目の輝きも素晴らしく、装飾目的や宝物として収集する貴族もいるぐらいである。希少性が高く、バンデットが持ち込んだ原石程に大きなものは、ルチルもこれまでに片手の指程度しか目にしたことがなかった。
このサイズであれば、軍事目的でも、インフラ目的でも、なんだって大きなことができるだろう。ルチルの鼓動は、いつの間にか走った後のように速くなっていた。
「どうだ? この石の価値が分かったか? ならば、早く金を出せ。今すぐ応じるならば、特別に一億ペブルで取引きしてやろう」
城下町の店でいつも買っている、朝ごはん用のパンは、一つ100ペブル。そんな金銭感覚のルチルには、あまりに大きな金額すぎて、妥当なのか判断がつきづらい。
しかし、コンゴストンは国内の市場ではほとんど出回らないものであり、王城の『蔵』としては、この機会に買い上げておくのは一手とも思えた。
ただ、このコンゴストンが本物である証拠は無い。
叩き割って中を見れば、確証が得られるかもしれないが、取引前に商品へ手を加えるのは基本的にご法度。馴染みの商人ならば許してくれるかもしれないが、バンデットは首を縦には振らないだろう。
――――困った。
早く返事せねば、商機を逃すかもしれない。こんな時に限って、モリオンは既に外出しているようで、あの嫌味な男爵の姿も見当たらない。一年前から『蔵』のナンバースリーになったルチル以外に、今、この判断ができる人物はいなかった。
ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべるバンデット。固唾をのんで見守る『蔵』の仲間たち。今は薄い灰色の岩に覆われて、中にある輝きを秘めて隠しているコンゴストン。
――――もし、偽物を掴まされたらどうしよう。
――――もし、本物なのに、買い損ねて国内の大貴族などの手に渡ったりしたら、王城の面子が丸潰れになるかもしれない。
様々な葛藤と疑念がルチルの首を絞めていく。
「そうか。最新の計測器も持っていない王城の資材部には、コンゴストンなんて勿体ないかもしれないな」
バンデットは、わざとらしく残念そうなそぶりを見せた。
「せっかく、お近づきの印に特別なものを用意したのに、好意を無碍にするとは。さすがは、無能な庶民だな」
その瞬間、ルチルの中で、何かがプチリと切れた気がした。
「分かりました! でしたら……」
その時、『蔵』の入口が騒然となった。あまりの大きな音に、ルチルも応接室から顔を出して、様子を伺う。すると――――
「恩返しに来ました」
あの、ひ弱そうな黒髪の青年がルチルに向かって歩いてくる。後ろに、巨大な荷車を引いて。