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(Side)イリスへの婚約指輪

双葉社Mノベルス様より、「婚約破棄され家を追われた少女の手を取り、天才魔術師は優雅に跪く」が2022年1月14日に発売されました!イラストはみつなり都先生です。本当に素晴らしいイラストを描いていただいています…!キャラクターデザインを活動報告に載せておりますので、よろしければぜひご覧ください。また、本編に加え、3万字以上番外編を書き下ろしています。


こちらは発売記念に書いたサイドストーリーで、イリスがマーベリックから贈られた婚約指輪についてのお話です(発売した書籍に含まれる番外編とはまた別物です)。時系列としては、イリスがマーベリックのプロポーズを受けた後、結婚前の話になります。

軽いノックの音がして、レノのいる離れのドアが開いた。

ドアの向こう側に覗いたマーベリックの顔を目にして、途端に、イリスの顔には花咲くような笑みが浮かぶ。

マーベリックも、優しくイリスに微笑みかけた。


「少し時間をもらいたいんだが、イリス、いいかな? レノは、今は眠っているようだな」


マーベリックの視線の先では、レノがすうすうと軽い寝息を立てていた。


「はい、マーベリック様。レノ様は、ちょうどお昼寝中です。つい先程、可愛い寝息が聞こえてきたばかりなのですよ」


マーベリックとイリスは、すやすやと気持ちよさそうに眠るレノの寝顔を眺めて視線を交わすと、柔らかくその目を細めた。


「そうか。よく眠っているみたいだな。今のうちに、イリスに来てもらってもいいかい?」

「はい、マーベリック様」


手招きをしたマーベリックに頷いて、イリスが静かに離れのドアを閉めると、マーベリックはイリスと並んで歩きながら、イリスを見つめて口を開いた。


「実は、イリスに選んで欲しいものがあってな。今日は、祖父の代からの古い付き合いのある宝石商を、本邸に呼んでいるんだ」

「宝石商の方を……?」


二人が裏口から本邸に入ると、戸惑った様子のイリスの手を、どこか楽しそうな様子でぎゅっと握ったマーベリックは、そのまま廊下を進み応接間のドアを開けた。


「すまない、待たせたな」


応接間のソファーに腰掛けていた白髪の老紳士が、マーベリックとイリスの姿を前にして立ち上がると、丁寧に二人に向かって頭を下げた。


「いえ、とんでもない。こちらこそ、このようなお二人の喜ばしい門出にあたってお声掛けいただき、心より嬉しく思っておりますよ。この度は、マーベリック様とイリス様がご結婚なさるとのこと、本当におめでとうございます」

「どうもありがとうございます」


初々しく頬を染めて、マーベリックと一緒に頭を下げたイリスを見つめて、老紳士は温かく微笑んだ。


「私も、本日は選りすぐりのものを持参いたしました。……イリス様に気に入っていただけるものが見付かるとよいのですが」


そう言った老紳士は、手にしていた黒い鞄を開け、白い手袋を両手にはめてから、中から艶やかな革張りの箱を取り出すと、マーベリックとイリスの前に開いて差し出した。イリスは箱の中身を目にすると、目を瞠ってあっと小さく声を上げた。開かれた箱には、応接間のシャンデリアの光を受けて煌めく、数々の美しい宝石が並べられていたのだ。


マーベリックは、驚き困惑した様子のイリスの肩を、優しく抱き締めた。


「俺たちが結婚式を挙げて、互いに生涯を共にすることを誓うまで、まだもう少しだけ準備の時間がかかる。それまで、君は俺の婚約者だ。だからイリス、君に、婚約指輪を贈りたいと思ってね。……俺が一人で決めてしまっても良かったのかもしれないが、せっかくなら、イリスが気に入る宝石を一緒に選んで、婚約指輪にしたいと思ったんだ」

「まあ、マーベリック様」


イリスは、愛おしそうにイリスのことを見つめるマーベリックを見つめ返した。婚約指輪に関するかつての辛い記憶が、完全に過去のものになったことを感じながら、イリスはマーベリックの温かな手をそっと握った。


「私は、マーベリック様とこれからずっと一緒にいられるというだけで、もう十分に幸せで、満たされておりますわ。……こちらの宝石は、素晴らしく美しいものばかりですけれど。私の身には過分かもしれません」


今まで贅沢とは無縁の生活を送ってきたからか、眩い輝きを放つ宝石を前にして、恐縮したように身を固くしたイリスに、マーベリックが小さくふっと笑った。


「謙虚な君がそう言って遠慮するかもしれないとは、予想はしていたよ。だが、これは俺の気持ちだし、イリスがもう俺と婚約しているという印を、君に身に付けていて欲しいんだ。……どうかな、君は、俺からの贈り物を身に付けるのは嫌かい?」

「いえ、そんなことは! マーベリック様のお気持ちは、心から嬉しく思いますわ」


慌てて首を横に振ったイリスの瞳を、マーベリックがじっと覗き込んだ。


「なら、これは俺の我儘だと思って受け取って欲しい。結婚という一生に一度の機会なのだから、イリスが本当に気に入った宝石を、指輪用に選んでもらえればと思う」


二人の様子を眺めていた宝石商の老紳士は、柔和な笑みを浮かべると、まだ躊躇っている様子のイリスに話し掛けた。


「それほど肩肘を張っていただかなくても大丈夫ですよ。不思議なもので、人と人との相性と同じように、宝石と人にも相性があるのです。もし、イリス様のお気に召すものがなければ、こちらにご用意したものから無理に選んでいただく必要はございません。それに、私の店に限らずとも、マーベリック様のお気持ちにも沿うような、イリス様に縁のある宝石に出会うことも、きっと遠くはないでしょうから。

……私は長いこと宝石商をしておりますが、私の役目は、人と宝石との縁を繋ぐことだと思っております。良い出会いがあるだろうかというくらいの気持ちで、肩の力を抜いて見ていただければと思います」


マーベリックは老紳士の言葉に頷いた。


「彼は、宝石商とは言っても少し変わっていてね。……いくら金を積んで宝石を売って欲しいと頼んでも、その宝石と、選んだ人との相性が悪いと思えば、首を縦に振ってはくれないことで有名なんだ。そんな彼だからこそ、祖父の代から信頼していたんだよ」


イリスは、誠実そうな老紳士の顔を見つめた。商人というよりも、どこか職人のような、その道に熟達した趣を感じさせる彼は、マーベリックの言葉の通り、イリスにも信頼に足る人物のように感じられた。まるで我が子を見つめるような、愛情のこもった眼差しで、革張りの箱の中に並べられた宝石を眺める老紳士につられるように、イリスも煌めく宝石に視線を移した。


はっとするような輝きを放つ、存在感のある美しい宝石が惜しげもなく並べられている様子と、それぞれの宝石が違う表情で放つ光に、イリスはほうっと一つ感嘆の溜息を吐いた。


「どうです、それぞれの宝石に個性があるでしょう? 宝石の種類や大きさといったものにはあまり拘らず、目を惹いたものや、気になるものがあれば仰ってくださいね」


老紳士は、イリスと、イリスを見つめて頷くマーベリックを交互に見つめて微笑んだ。マーベリックは、イリスと一緒に、箱の中に並ぶ宝石を覗き込んだ。


「……カットの異なる複数のダイヤモンドだけでなく、様々な種類の宝石を持って来てくれたのだな。サファイア、ルビー、エメラルドにオパール、真珠も。あまりこの国では見掛けない、珍しい種類の宝石もあるようだね」

「はい。やはり、実際に目にしていただかないと、どのような宝石に縁を感じていただけるかというのはわかりませんから。これはと思う宝石の中から、各種取り揃えてまいりました。……ところで、」


そこまで話してから、ふと老紳士は、イリスの胸で、金の鎖の先に光っている赤紫色の宝石に視線を移すと、どこか嬉しそうに目を細めた。


「少し、話は逸れますが。そちらの、イリス様の胸元で輝いているロードライトガーネットは、長い時間を大切に受け継がれて来たものではないでしょうか? イリス様に寄り添い守ろうとするような、静かながら確かな力を感じます。……きっと、イリス様の思いや願いが叶えられるよう、側で見守って来たのでしょう。イリス様が大切にする方々までも包み込むような、温かな力のある、素敵な宝石ですね」


イリスは、はっとしたように老紳士の言葉に目を見開いてから、大切そうに胸元のペンダントに触れると、こくりと頷いた。


「はい。よくお分かりになりましたね。お言葉の通りで、これは、母から受け継いだ大切なものなのです。宝石としての価値としては、それほど高価なものではないかもしれませんが、私にとっては宝物です。……ところで、宝石には、今仰っていたように、持ち主や、周囲の人に対しても力を及ぼすようなところもあるのでしょうか?」


老紳士は優しい笑みを浮かべてイリスの言葉に頷いた。


「ええ。ただ、それは宝石と持ち主との間で育まれた関係性や、持ち主の心持ち次第とも言えるでしょうね。他者に対して及ぼし得る影響ーー例えば、愛する人との絆を深めたり、その成功を陰で支えたりすることーーを含めて、宝石の種類によって、一般にその宝石が秘めている効力として謳われる石言葉もあります。でも、考え過ぎずに、直感で気に入ったものを選んでいただくのが、結果的に相性の良い宝石との出会いに繋がることが多いですね。……イリス様、こちらの宝石が気になりますか?」


イリスがある宝石の上でしばらく視線を止めたことに気付いた老紳士は、手袋をはめた手でその宝石を取り出した。


「よろしければ、こちらにイリス様の掌を出していただけますか」


頷いたマーベリックに背中を押されるように、遠慮がちに差し出されたイリスの掌の上に、老紳士は一つの宝石をそっと置いた。それは、並べられた他の宝石と比べると少し控えめな大きさの、深い緑色に澄んだエメラルドだった。イリスが掌の上のエメラルドを眺める様子を、マーベリックが嬉しそうに見つめた。


「俺も、なぜかそのエメラルドが気になって見ていたんだ。イリスの瞳の色にも、よく合っているね」

「マーベリック様も、ですか? 吸い込まれるような、とても美しいエメラルドですね。ほかの宝石もどれも綺麗なのですが、どうしてか、こちらに目を引かれてしまって」


老紳士は、掌の上で輝くエメラルドを、興味深そうにじっと見つめていたイリスに話し掛けた。


「イリス様、その石を乗せた部分の掌に、ふわりと温かいような感覚があるのではないでしょうか?」

「仰る通りです。……不思議ですね、まるで生きているかのように、優しい力を分けてくれているように感じます」

「これは、愛情深く、とりわけ癒しの力の高い石なのですよ。夫婦の愛情と絆を深め、癒しの効力があるとも言われるエメラルドですが、万人がこの石のことをイリス様と同じように感じるかというと、そんなことはありません。波長が合う、合わないということもありますからね」


マーベリックが、イリスの肩に優しく手を乗せた。


「イリス、どうかな。君が気に入ったのなら、このエメラルドを君への婚約指輪に仕立てたいのだが」

「あの、本当によろしいのでしょうか? こんなに高価そうな宝石を……」

「もちろん。イリスによく似合う、気に入ってくれた宝石が見付かって、俺も嬉しいよ。……では、このエメラルドをイリスへの婚約指輪に」


マーベリックの視線を受けて、老紳士は了承を示すと頭を下げた。


「かしこまりました。このエメラルドをあしらった指輪のデザイン画も、すぐにご用意いたします」

「ああ、そうしてもらえると助かる。早く、イリスの指に、このエメラルドの婚約指輪をはめたいからね」

「マーベリック様、素敵な宝石を一緒に選んでくださって、そして優しいお心遣いを、本当にありがとうございます」


嬉しそうに見つめ合うマーベリックとイリスを、老紳士は微笑ましげに眺めると、イリスの元に送り出すことが決まった、澄んだ輝きを放つエメラルドを、温かな眼差しで見つめたのだった。


***


「イリス、君の左手を出してくれるかい? 君に贈る婚約指輪が出来上がったんだ」


マーベリックは笑顔で、イリスが差し出した左手を取ると、そのほっそりとした薬指に、手にしたビロードの小箱から取り出した、金で縁取られたエメラルドの指輪をそっとはめた。

澄んだ緑のエメラルドが輝く指輪をうっとりと見つめたイリスの頬が、嬉しそうに紅潮する。


「とても美しいですね。……マーベリック様、こんなに素晴らしい婚約指輪を、どうもありがとうございます」

「よく似合っているね。俺も、これで君が俺の婚約者だと示せて嬉しいよ」


目を細めて微笑んだマーベリックは、イリスの額に軽くキスを落とした。


「マーベリック様と結婚してからも、一生大切にしますね」

「ああ、気に入ってくれてよかった。そのエメラルドも、イリスと出会って喜んでいるように感じると、あの宝石商の彼も言っていたよ」

「そうなのですか? ……でも、確かに、このエメラルドからは、優しく温かな力を感じるような気がします」


にっこりと幸せそうに笑ったイリスの顔を見ながら、マーベリックは、完成した婚約指輪を受け取った時の、宝石商の老紳士の言葉を思い返していた。


……この石も、ようやく相性の良い持ち主に巡り会えて良かった。このエメラルドを欲しがる方は今まで幾人もいたのですが、石の方が頑なでしてね。自らを着飾るためだけにこの石を欲しがるような方の元には、行きたがらなかったのです。イリス様は、自らのことよりも他者の幸せを願う、純粋で温かな心をお持ちの方のようですね。この石も、イリス様と出会えて喜んでいるようですから、きっとこれからイリス様に寄り添い、見守ってくれることでしょう。イリス様も、無意識的に、それを感じ取られたのかもしれませんね。


人の目に見えないものが見えるとも評判の、目利きなのは確かだけれど、時に頑固な宝石商から、笑顔で手渡されたエメラルドの婚約指輪。それをマーベリックがイリスの左手薬指にはめた時、マーベリックにも、なぜかそのエメラルドが一際その輝きを増して、嬉しそうに煌めいたように見えたのだった。

こちらもお付き合いくださって、どうもありがとうございました!

書籍版も実物をお手に取っていただけたら、本当に嬉しく思います。


また、こちら、続編の第2巻が2022年7月上旬に発売予定です!

みつなり都先生が描いてくださった美しい書影を含め、詳細は是非活動報告をご覧ください。

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