魔族の王
旅路は順調だった。それを説明するには、まずトゥイリーについて、もう少し語る必要があるようだ。
まず、彼女の爪は伸びる。それも鋭利に、長く、撫でるように大木さえ切り裂く。それが吸血鬼に備わったスキルらしい。
そのスキルにおいても百四十八個存在するらしいが……吸血鬼ってのは本当に化物らしい……トゥイリーはその術をほとんど受け継がずに母を亡くしたために、今すぐ全てを発揮することは出来ないらしい。
「そのおかげで、日中もある程度は行動できるんですけどね。あと、父が人間だったのも関係しているのかもしれません」
「えっ、お父さんは人間だったのか?」
「お母様はこの世最後の吸血鬼でしたから。子供を産むためにはそうするしかなかったのでしょう。まあ、私にとって親はお母様だけで、顔も見たことのない父には何の感情もありませんが……」
へえ……まあ、それなら日中は動けないなんて事態には陥らないだろう。
そこで、ゴブリン達が群れを成して走ってくるのが見えた。
「っと……また魔物か。やけに多いな……どこでもそうなのか?」
「いえ、きっとヌシが死んだからでしょう。あの魔物は周囲の魔物も威圧するほどの魔圧を放ってましたから。ガッポリ空いた縄張りを狙っているのでしょう。ここは私に任せてください」
そう言ってトゥイリーは全身のバネを使って駆け出すと、まるで嵐が通るようにゴブリンの群れをなぎ倒していった。言ってみればただの爪。だが、触れれば斬れるし受け止めようにも一度に十本の刃が襲ってくるのを全て防げるわけがない。
一匹、二匹と首が刎ねられ、勢いは止まらず次の一体の心臓が貫かれる。これがたった一本の爪で行われるのだ。なら、指先から伸びてる故に繊細なコントロールが利く状態で十が振るわれたら……。
結果は火を見るより明らか。ゴブリンの群れは全滅していた。
「何度見てもすごいな……敵無しじゃないか」
「いえ……」
しかし、トゥイリーは少し顔を沈めて返り血を拭う。自身は一切の傷を負わずに相手だけを殺戮し、返り血が滴る。その血はただ骸の山を伝っていく。なるほど、魔族の王とはよく言ったものだ。
「私はお母様と違って影に潜れませんし、空も飛べません。コウモリに変化もできなければ霧にも姿を消すこともできません。魔眼も発現してませんし……だから、あの魔物にも後れを取ったのです」
「いいじゃないか、できることなんて一つでいい。それを極めれば必ず役立つ居場所がある。俺は何もできやしないから追放されたけど……」
血にまみれてもなお、彼女は美しかった。背後にいる俺に一切の攻撃を許さず全てを切り裂くその姿はまるで、俺の理想そのものだった。
俺は自分で血を流さないと戦えない。だけど、トゥイリーは一切の出血を許さず魔物を葬っていく。こんな子が俺と一緒に来てくれるというのだから……こんなに頼もしい事は無い。
「何言ってるんですか。私が手も足も出なかった魔物を討伐してくださったのはロクト様じゃありませんか。この程度の雑魚なら私だけでどうにかなりますけど、あのレベルが来られたらどうしようもありません。ですから、ロクト様の血を少しでも残しておくべきなんですよ」
「俺が……そこまでの切り札じゃないだろう。剣だって使えないわけじゃない」
「……ロクト様の血を、雑魚なんかに使われるのが嫌なんです」
俺が反論すると、どこか拗ねたように唇を尖らせてトゥイリーは小声で言った。それに思わず俺は笑ってしまい、ちろりと彼女に睨まれてしまった。
「はは、ごめんごめん。そういうことなら、血魔法は強敵相手にしか使わないよ。でも、俺だって男だ。君におんぶにだっこはゴメンだよ。一滴の血で魔物の核を撃ち抜くのも血魔法の一つだ。そのくらいはいいだろう?」
「まあ、そうですね……ロクト様もお暇になってしまいますし、これからは一緒に戦いましょうか。一人で大丈夫なんて慢心はつけ込まれるものですからね」
それもそうだ。魔物退治なんて……本来最低でも三人で立ち向かうべきものなのだから。
そして、俺はひどく久しぶりに、唯一持ってこられたダガーを手に取る。柄は手に馴染み、刀身は短く鋭い。見た目は地味だけど、俺はこれこそが自分に最適な武器だと知っている。
己も敵も傷つけやすいのは……この形が一番だろう。
「じゃ、本格的に帝都を目指すとしようか」
「はい……私も、自分がどこまで出来るか分かりました。確かめる時間を……ありがとうございます」
「はは、そんなのじゃないよ」
律儀にお礼をするトゥイリーの頭が軽く撫でて、俺は本来の道筋へ戻るべく地図を開くのだった。
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