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吸血の始まり

「これで、荷物は纏まりました。お待たせしました、ロクト様」

「うん、お疲れ様。でもその、様ってのはどうにかならないのか? 俺はギルドから追放された身だぞ。吸血鬼にそんな風に言われるなんて……」


 しかし、トゥイリーは背中のカバンを揺らしながら細い首を振って黒髪を乱した。その後に見えた、くりっとした赤目はどこか怒っているようにも見えた。


「いいえ、貴方は私の世界を変えてくれた人です。そんな貴方を、私は尊敬します。ですから、敬意を表するのは当たり前のことです」

「そんな大げさな……」

「では、ロクト様は私とお母様との決別は大した事じゃないとおっしゃるんですか? 誇ることでもないと?」


 ううん、そう言われると困る……まあいいか。舐められるよりはずっといい。


 俺は降参のポーズを取って家を出た。俺も持ち物は着替えと一本のナイフくらいのもの。トゥイリーもそう大きな荷物は持っていないし、案外似た者同士なのかもしれない。


「でも、いいのか? こんな立派な屋敷を出て……これから俺達は根無し草の冒険者あたりになるんだぞ?」

「構いませんよ。ここはお母様の墓でしかありません。たまに様子を見に来ればそれで十分でしょう。もうこの家には……誰も居なくなるんです。魔物が住み着くなら、その方が良いくらいです」


 それもまた、トゥイリーの覚悟の一つなのかもしれないな、なんて……。


 そして、いざ森の中へ足を踏み入れようとした所で、だけどトゥイリーが中々歩いてこない。それどころか、何か恥ずかしそうにモジモジと口をもにょらせている。


「どうかしたか?」

「あの……申し訳ありませんが、血を、その……吸わせていただいても、いいでしょうか?」

「ああ、そうか。これからトゥイリーが血を吸うのは俺だけだもんな。そのくらい、いくらでもいいぞ。もう仲間なんだし、遠慮するなよ」

「まあっ……ロクト様には羞恥心というものがないのですか!?」


 快諾したというのに、むしろ信じられないとばかりにトゥイリーは叫んだ。せっかくの白い肌を湯気でも出そうなほど真っ赤にして、頬に手を添えてオロオロと。


「羞恥心って……食事だろう?」

「いいえ、ただ枯れるまで血を吸うのとは違うのです。生かしたまま一生一人の人間と生死を共にする……それはもう、人間で言えば結婚するようなものなのです。しかも、ロクト様の全身を巡っているまさに生命そのものである血を吸うなんて、きききき、キスみたいなものじゃないですかっ! そんな事を軽々しくするほど私は安い女じゃありません!」


 ……何というか、種族独自の感覚というものだろうか。そういえば、一部の獣人族の間では鼻を突き合わせるのは挨拶で仰向けに転がるのが最大の屈辱であり敬意らしい。


「ま、まあ今は仕方ないじゃないか。どんなカップルだって全てに初めてはある。俺が相手じゃ不足だろうけど、それも生きるためなら少しくらいは我慢しないとな」

「別に……その、不満はないんですよ? でも、これでも私だって乙女なのです……」


 そうは言いつつも、トゥイリーは両手を前に突き出して、まるでハグを求めるように近づいてくる。そして、ギュッと俺の体に手を回して首筋にかぶりつく。牙が突き刺さった感触はあれど、痛くは無かった。


 むしろ、トゥイリーから漂う甘い香りや柔らかく温かい感触にドギマギしてしまったくらいだ。彼女がキスと同等と言った意味が分かったような気がする。


 そして吸血が始まり……どこか背徳感にも似た快感が脳を刺激する。全身から力が抜けるような、心地よい脱力感。意識が落ちそうに、いや、昇りそうになる寸前――吸血は終わった。


「……」

「えっ、と……あ、そうか。終わったのか」

「はい。ありがとう、ございます……」


 トゥイリーもどこか恍惚とした表情で目をトロンとさせて、ようやく俺の体から離れる。その瞬間、またボッと顔が燃え上がって、だけど長く長い吐息。


「人間の血というものを初めて飲みましたが……これほどの美味だとは思いませんでした。ずるいです……こんな血が流れていては、それは吸血鬼に襲われたって仕方ないじゃないですか。それとも、ロクト様だからでしょうか」

「さ、さあ……俺も血魔法は使うけど、味は気にしたことないからな。だけど、気に入ってもらえて良かったよ」


 ふと首筋に触れるが、そこにはもう傷口は無く唾液が僅かに湿っているくらいだった。


「ですが、本来私は月に一度、コップ一杯分の血を吸えれば生きていけるんです。なので、そう何度もはしませんから、安心してください」

「へえ……じゃあ、今はちょうど切らしてたのか?」

「いえ、吸血鬼はその名の通り血を吸って強くなる鬼です。これから魔物がいる道を歩くので、それに立ち向かう原動力が欲しかったんです。大きな戦いの前には、同じように血を吸わせていただければ私も十分に戦う事ができます」


 ああ、なるほど……人間で言う食物からの栄養と自然回復する魔力がそのまま吸血鬼にとっての血になるわけか。


「じゃあ……これでやっと準備完了か?」

「はいっ。私がきっちり守っていきますからね!」


 目指すは……そうだな、人魔問わず受け入れてくれる実力主義の帝国。あそこがいい。地図は幸いにもトゥイリーの家にあったし……ようやく進むべき道が決まったってわけだ。


 ここまで読んで頂きありがとうございます!


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