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救えた心

 魔法が完成すると……娘の肩にそっと手を置いているトゥイリーの母親の霊が現れた。どうして分かったかというと、顔立ちから表情までどこまでもそっくりで、とても他人とは思えなかったからだ。


『……この私を呼び出すなんて、大した魔力じゃないか。それで、死んだ私を引きずり出して……何を言いたいんだい?』

「お、お母様……? お母様の声がっ!」

『ほら見なさい、トゥイリーがせっかく忘れかけていたのに、あんたが似たような状況でこんなことまでしちまうから……』


 凜とした声だけが空間に響く。それは空気を揺らしているんじゃない……脳内に直接語りかけられる声だ。


 しかし、出来るのか? 一度も霊魂の浄化なんて出来なかった俺に……救いをもたらすことなんて、本当に?


「何が言いたいかっていうと、ええと……」

『ハッキリしない子だね……』

「――娘さんを、俺にくださいっ!」

「……ふぇっ!?」


 そして、出てきたのはそんな言葉だった。考えも何もない。俺にできるのは真正面からぶつかる事だけだ。


 トゥイリーの母はじっと俺の目を見つめ、トゥイリーは顔を赤くしたまま何も言わず、しばし痛いほどの沈黙が続き……トゥイリーの母は肩を揺らして笑った。


『ふっ、ふふ……あははは! こんな術を使って、言いたいのはそれだけかい! 全く、プリーストってのも変わったもんだね。偉そうに魂の記憶を消して浄化だなんだと言う連中ばかりだと思っていたけど……』

「俺は、プリースト失格みたいだから……」

『いいだろう。トゥイリーをどうか、この呪縛から解放してやっておくれ。どこにでも連れて行くといい』


 だが、そこでトゥイリーが待ったをかけた。


「お、お母様……私の声が聞こえていますか? 私、私は……お母様の肉を食べた私が、救われるなんて……あっちゃいけません!」

『……』

「私なんて、生きてる価値がないんです。血を吸わない吸血鬼。王の血と呼ばれても魔物一匹にも敵わない……どうして、どうしてそんな私のために死んだのですか!?」


 教えて、ください――そんな消え入るような声に、母はそっとトゥイリーの背から離れて真正面に回り、そっと抱きしめた。触れた――プリーストでもない存在に、霊が触れた。これは、どんな奇跡だ?


「お母様……その姿は、まさしくお母様!」


 しかも、霊の姿さえトゥイリーにも見えているらしい。これは、何だ? 吸血鬼という存在がそうさせているのか?


 そんな疑問に埋もれる俺を置いて、親子の会話は始まった。


『トゥイリー、私は数千年を生きてきた。どうせもう潮時だったんだよ。だったら、新しい可能性に賭けて死んでもいいと思ったのさ』

「私に、私に可能性なんて……力もない、馬鹿で、配下の一人もいなくて、たった一人と添い遂げるなんて夢みたいな事を言ってるから、吸血鬼としての力も引き出せなくて……!」

『それがあんただろう。強くならなくてもいい、ただ、お母さんはね……あんたに幸せになって欲しかったのさ』

「えっ……?」


 トゥイリーは涙目で、だけど意表を突かれたようにぱちくりと。その拍子に零れた涙を、母は拭った。


『その数千年の間で……私が最も幸せだった時が分かるかい? それはね……トゥイリーと一緒に過ごした十年さ。かけがえのない幸せな時をあんたは私にくれた。だから……あんたにも幸せを掴んで欲しくて、私は身を捧げたのさ。だけど、その身勝手のせいであんたをひどく苦しめた……ごめんね、最期まで、ダメな母親だったね』

「そんなっ……そんなことは! ねえ、ママ。私も幸せだったよ……!」

『……そうかい。なら、そろそろお別れだ。こうして話せることさえ奇跡なんだ……そんな奇跡をもたらしてくれたあいつなら、私もあんたを任せられるよ。だから……旅立ちなさい、トゥイリー。過去から、呪縛から、己の枷から、解き放ちなさい。自分を許せないっていうなら、私があんたを許すよ。そんな母の言葉も、聞いちゃくれないかい?』


 トゥイリーはもうボロボロと綺麗な顔を台無しにして泣きじゃくっていた。震える声で、だけどしっかり伝えようと必死に口を動かしている。


 しかし、そろそろ時間だ。聖魔法も万能じゃない。死者の未練が消え去れば、成仏してしまえば、もう生者と関わり合いになることは決してない。


「うん、分かった……ママの事、大好きだから……ママの言うことなら、聞くよ……」

『……私もだよ。ママだってあんたの事が大好きさ。まったく、馬鹿だね、私があんたを認めないわけがないじゃないか。子を憎む母なんて、あってたまるもんですか……私はね、命を懸けてあんたを助けた事が、何より嬉しくてたまらなかったんだよ?』

「……ママ、私を助けてくれて……ありがとう。ママの子に生まれて、幸せだったよ」


 その言葉に、母の涙腺がついに決壊した。死は、平等に人を苦しめる。残された人も、残した方も……それを少しだけ楽にしてやるのが、プリーストの誇りだ。


 そして、本当の別れの時は来る。


『……ま――もう、これまで……あ――』

「ママ……ママ!?」

『……ばい、ばい』


 母の姿は光の球になって消えていき……後には俺達二人だけが残される。プリーストとして俺がしてやれる事は……このくらいだ。


「……ロクト様」

「何だ、トゥイリー」

「私、貴方に付いていきます……それと、ありがとうございます」


 トゥイリーは俺の服の裾を掴み、「だから」と続ける。俺は何も答えず、ただ母がしたようにその華奢な体を抱いた。


「だから……もう少しだけ、泣かせてください」

「そのくらいなら、なんてことないさ」


 そうしてトゥイリーは、一晩中泣き続けたのだった。これまでの膿を全て流すように……本当の所は分からない。けど、一つだけ俺にも良いことがあった。


 ――俺にも、救える心はあったのだ。


 ここまで読んで頂きありがとうございます!


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