死者顕現
その後、ここじゃまともに話もできないだろうと俺は少女の家まで連れて行ってもらうことにした……今後の事を話すために。
少女の家はとても広く、だがどこか寂れたようにあちこちが朽ちていた。まるで、十年くらい誰も手入れをしていないように……。
「ええと……血を飲ませたのは悪かったよ。でも、主従の契約ならすぐに解けるからさ」
「そういう話じゃありません。貴方……ええと、お名前を聞かせてください。私はトゥイリー。吸血鬼です」
「吸血鬼……って、魔族の王じゃないか! ああ、ごめん。俺はロクト。ついこの間まではプリーストだった」
トゥイリーは「プリースト……」と呟き、頭を軽く左右に振って話を本題に戻す。
「そして、何が問題かってですね……私は貴方の血を吸ってしまった以上、貴方の血を全て吸い、殺すか……永遠に傍にいるしかなくなってしまったのです」
「そ、そんなに大事だったのか?」
「それだけ、吸血鬼にとっての吸血は大事な意味を持つんです。何しろ、生物の血を飲んでしまえば対象が死ぬまで、他の血を飲めなくなってしまうのですから」
げっ、そんな縛りがあったのか……。しかし、俺も「じゃあ死にましょうか」とは言えない。トゥイリーがすぐさま俺を干からびさせる気がなさそうな事だけが救いか……。
「じゃあ、一緒に旅に出ないか? 俺はこれから新たな人生を送るところでさ……」
「……無理です。私はここでお母様を守り続けなければいけません。それが、私の義務ですから」
「お母さん……って、どこか悪いのか? それなら俺の血魔法が役に立つかも――」
「いいえ、死にました。私のせいで……」
場に、沈鬱な空気が落ちてくる。だが、俺は待った。まだ何か、トゥイリーには言いたいことがあると思ったのだ。
「……昔、今日と同じように恐ろしい魔物に襲われました。幼い私は何も出来なくて……逃げることも出来なくて、ただ怯えてたんです。そんな私を守るためにお母様は命を懸けて戦ってくれました」
ぽつぽつと、トゥイリーは語り始める。きっと、これまで話せるような人などいなかったのだろう。その孤独を、俺はただ慰めたかった。
「お母様は、勝ちました。ボロボロになってでも、魔物を打ち倒しました。ですが、私の出血量が凄くて、もう発狂寸前で……お母様はそんな私に食べられることで、私を救ってくれたんです」
「……そっか。凄いな。そんな母親、聞いたこともないよ。本当に、トゥイリーの事が大事だったんだろうな」
「そんなんじゃありません! 狩りも家事も全部お母様頼りで、私は本当にダメダメで……挙げ句の果てに唯一の母の血肉を食べたんです。こんな私に、どうしてお母様は……! それからは、せめてお母様の生きたこの地を守るために、一生懸命で……だけど、今日もまた、同じ目に……やっぱり私は、あの時死んでおくべきだったんです。こんな役立たずが生きてたって、何にも――!」
その血を吐くような思いの吐露に、俺はふと思いついた事があった。
「それじゃあ、お母さんに聞いてみようよ。君が本当に死ぬべきだったのかって」
「そんなのっ……無理に決まってるじゃないですか。もう話すことさえできない……それが死ぬってことです!」
「うん、でもね……死者の声を聞くことは、実は誰にだってできるんだ」
俺は聖魔法の詠唱を始める。下手くそだと言われた、使い物にならないと言われた、追放にさえ至ったのはこの聖魔法のせいだ。
だけど、なあ……俺とトゥイリーは、どこか似ている気がするんだ。俺はきっと誰にも認められないだろうけど、同じ目に遭ってる子を見捨てるわけにはいかないだろう。
「聖魔法――『死者顕現』」
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