外の景色
そして、街の外は見渡す限りの森だった。草花の呼吸、樹の葉が風に揺れる音、あちこちから感じる生物の魔力。しばらく死人の相手しかしていなかったから、何だか新鮮だ。
「はあ……クビか。死してなお苦しむ人を助ける仕事、良いと思ったんだけどなあ……」
俺は傍を流れる小川に向かい、そっと手を入れてみる。これだけ綺麗な水があればしばらくはサバイバルもできそうだが……。
そして、水面に映る自分の顔を見る。黒髪黒目の不器用そうな顔つき……俺という存在を表しているのは気難しそうな目つきだろう。
「周辺の地図くらいもらっておけば良かったな……追放なんだから、そんな親切な事はしてくれないか。業務外の時間も全て修行に当ててたから……」
いや、言い訳をしても仕方ない。だが、本当に困ったことにプリースト以外の人間がどこにいるかが分からない。そこらに旅人でもいないかと出口も分からない森を歩くこと数日間……さらに深まっていく緑の中へと俺はたどり着いていた。
「はあ、はあ……もうどれだけ歩いたんだ? 魔物すら一匹も見ないなんて……。いや、こうして餓え死ぬ者もいるか。こんな環境なら……アンデッドになっていてもおかしくない。そこを俺が救うんだ!」
うん、どうせゴミ掃除……アンデッド狩りはしなきゃいけないんだ。それ以外にも、冒険者や生産職や……色んな人と触れ合ってみるのも面白いかもしれない。
「そうなると……血の気配を探るか。魔物なら食い物になるし、人間なら街に案内してくれるかも――」
そうして感覚を伸ばした瞬間。強い血の臭いと魔力の塊を感じ取れた。しかも、両方とも上下している……今まさに、戦闘が行われているということだ。
「……だけど、死を未然に防げるなら絶対にそっちの方が良いに決まってる。出来損ないのプリーストだけど……見過ごすわけにはいかない」
そうして、俺は声のした方へ駆けていくのだった。
◇
トゥイリーは吸血鬼の姫だった。黒髪で赤目をした魔族の王とも呼ばれる吸血鬼。誰の血を吸ったこともない、討伐した魔物の死んだ血を飲んで生き長らえてきた吸血鬼。
それは、彼女が人間に危害を加えない心情を持っている……などという綺麗な理由ではない。ただ単に、血を吸うなら理想の人間と決めているだけだ。吸血鬼にとって血を吸うという行為には二つの意味があるのだ。
一つは干からびるまで吸って殺すこと、そして、もう一つは専用の血袋を生かして連れ歩くこと。後者は人間でいう結婚であり、トゥイリーの夢でもあった。
そんなトゥイリーがいつものように狩りに出かけた時……化物と出会った。決して油断していたわけではない。この辺りは特Aクラスの魔物もよく出る。それらを狩るのが魔族の王たる吸血鬼という高貴であり上位の存在。
「……ひっ!?」
しかし、目の前の魔物は特Sランク……いや、一個の都市を破壊しうるXランクに位置づけられてもおかしくない龍だった。
どうしてここに、だとか。あり得ない、だとか。そんな言い訳を封殺するような魔圧。
トゥイリーはついにここまでか……ともはや動かないくらいに傷だらけの体……そこへ叩き込まれるトドメの一撃を、せめて目は閉じずに見守った――。
「血涙の盾」
だが、それを押しとどめたのは真っ赤に縁取られた障壁……たった一枚で、龍の爪を防ぐ硬度を持った何かだった。
見てみれば、自分より少し年上だろう程度の見た目年齢をした人間……ただの人間が、その技を放ったようだった。そしてトゥイリーに向かって駆けてくるが……。
――GYAAA!
龍が怒り狂い棘だらけの尾を振り回そうとする。それを見たロクトはあろうことか自分の体を一切守らず、トゥイリーを庇う形で龍の斬撃を受けたのだった。
彼の背中から飛び散る血を見て、トゥイリーはしかし血ではなく彼の不器用な笑みにときめいていた。
「大丈夫だ、俺が君を守る」
その声だけが遠く聞こえ、トゥイリーは意識を失った。後には、龍と血まみれになったロクトが残される。
「血が流れれば流れるほど俺は強くなる……トカゲ程度に負けるようじゃ、アンデッドの討伐なんかやっていけない」
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