酒場にて
「お前は俺を冒険者と呼んだが……実はただの無職なんだ」
そして、俺はとうとうトルシャに向かって告白した。それは夕暮れ時で酒場も賑わい始める頃だった。ここは街で一番大きな酒場とのことで、確かに軽く運動でもできそうなくらいには広かった。
だけど、どうにも落ち着かないな……もしかしたら俺は人の群れが苦手なのかもしれない。
「ほう、お主ほどの者が属していないとは……帝都に来たばかりなのか?」
「ああ。正直言って、右も左も分からない。以前居た場所から追い出されて……トゥイリーも同じようなものだ。だから、広場では本当に助かったよ。おかげでこうして美味い酒が飲める」
俺は元々聖職者だったから、神の血以外の酒を飲んだことは無かったが、こうしてみるとエールも美味いものだ。
プリーストだから山菜しか食わないということはないが、あまり食い意地を張っていると聖魔法の腕が落ちるという説も無かった。
まあ、俺の聖魔法の腕なんてあってないようなものだ。今更多少落ちたくらいで傷つくものもない。だから、俺は特にフウセンギョの唐揚げに舌鼓を打ちつつエールを飲み干していくのだった。
「しかし惜しいのう……妾にはもう十分な数の専属冒険者がおってのう、お主を雇う余裕がないのじゃ」
「いや、雇い先まで任せきりでは俺の矜持が傷つく。自分の食い扶持は自分で探すさ」
「……この帝都で生きていくなら、下らぬプライドなど捨てるんじゃな。己も仲間も貧していくだけじゃぞ。使えるものは使うべきじゃ」
「そうなんだろうな……だけど、気張れる限界までは気張るのが男ってもんだろ」
トルシャはそんな俺の話を聞いて、「下らぬ生き物じゃのう」と溜息を一つ。
「なら、友人の手くらいは借りるんじゃの。ほれ、あそこのはお主の後輩じゃろう?」
そして彼女は立ち上がり、店の扉を開けて入ってきたのは確かにモカだった。よく分かったな……。
「モカは有名なのか?」
「さあの。己の目と耳で判断するんじゃな。まあ、あやつがセンパイとやらをひどく慕っておるのはフラれた男共の愚痴から聞こえたわ」
去って行くトルシャの代わりに、モカが不思議そうな顔をしながら俺達の席へとやってくる。
「先輩、トルシャさんと知り合いだったんですか?」
「ちょっとした縁でな」
「すごー……あの人、ああ見えて帝都で五本の指に入るお店の社長さんなんですよ。帝都に来てすぐだなんて……」
「たまたまだろ。それよりお前……モテるんだな」
そんな俺の言葉に、モカはぽかんと。そして、どこか猫を思わせる笑みですり寄ってくる。
「何すかー? あたしの撃墜人数聞いちゃいました? でも、あたしはずっと付き合うなら先輩みたいな人って決めてたんすよ。ふふーん、嬉しいっすかー?」
「いや、困るが」
「つれないなー……あたしも一応傷つくんですよ? 今大分体張ったんですよ? 方乳銀貨三百枚ですよ?」
「売ってるのか?」
「値札付いてるだけの非売品すけどね。こーゆー感じでいると果物まけてくれるんで、使えるものは使わないとっすよ」
使えるものは使う……なるほど、少しは見習ってみようか。そう思っていると、さっきまで口の中を一杯にしてまともに喋れなかったトゥイリーが、ごくりと喉を鳴らして口を出す。
「モカ、さん……はロクト様と知り合いなのですよね?」
「呼び捨てでいいよー。ま、そのはずだったのに、想ってるのはあたしだけったみたい」
「ロクト様ぁ~……」
トゥイリーが叱るような目つきで俺を見る……が、本当に覚えが無いんだ。そんな俺の困った様もモカは可笑しそうに見て、席を立つよう促した。
「ここ、広すぎるっしょ。場所移しましょうよ。言ったじゃないすかー、案内するって。ほら、トゥイリーちゃんも先輩も立って立って!」
「は、はい……そこは、ここよりも美味しいお店なんですか?」
「そりゃもう! 新鮮さも味付けも段違いだよ。ちょっと変な店だけどねー」
それは興味があるが……その前にモカの事を忘れっぱなしというわけにはいかないだろう。帝都で噂になるくらいなら、尚更だ。
「だけど……お前みたいな美人を見たら覚えてそうなものだけどな」
「んふふ、どーもどーも。ま、実は覚えて無くてもしゃーないっすよ。当時のあたしは眼鏡でダサい髪で顔もろくに見えなかったでしょうから」
「……急に俺は悪くないんじゃないかと感じたんだが」
「その辺もコミコミで話しましょーよ」
そして、俺達は酒場に金を払い……「酒場で金貨なんか渡したら店によっては釣り銭に困るよ」と叱られながら……モカおすすめの店へ行くのだった。
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