マーキュリースライム
「金が無い」
帝都に入って、俺はそう告げる。それにはトゥイリーも頷いていた。
場は帝都の広場。様々な人種が入り乱れる活気溢れる場所で、俺達二人だけが沈んだような顔をしている。
「困りましたね……人間は物々交換ではなく貨幣でやりとりをするのを忘れていました」
「いや、むしろ俺が気付くべきだった。今まで買い物の一つもしたことがないからな……必要なものはギルド頼りだったしな……」
だが、もう俺達を庇護してくれるものはない。自分の力で生活していかなければならないのだ。
「さっきのスライムの破片……一応集めておきましたけど、いくばくかのお金にはならないでしょうか?」
「どこまでいってもスライムだからな。硬いだけなら金属を使うだろうし、気軽に使うなら革を使うだろう。ぶよぶよした粘液を買ってくれる奴なんて――」
と、バケツ一杯に詰め込まれたスライムの素材を見つめながら言いかけたところで、元気の良い声が聞こえてきた。
「いいや、俺が買うぜ!」
そこにいたのは、藍色の髪をした背の高い青年だった。人好きのする笑みを浮かべて、だけど間抜けにも前歯が欠けた男はずんずんと近づいてきてスライムの素材を見る。
「こりゃ、銀色のスライムの肉体だろう? まー、便利っちゃ便利だが買い手がいねえ奴だな。職人すらも得手不得手がある素材だ。だけど、俺の伝手を使えば銀貨三枚……三日は暮らせる程度の金にはできるぜ?」
「……本当か。それは助かる。今日を凌ぐ金もなくて困ってたんだ」
「だろうな。とりあえず帝都に来るって奴は多いが、実際に暮らすとなると考えなしの連中も多いんだ。俺はカスト。鍛冶屋見習いだ、よろしくな」
「俺はロクト、こっちはトゥイリーだ。帝都に来てすぐにこんな親切な奴に出会えるとは……」
「まあまあ、困った時はお互い様さ! じゃ、ちょっと査定していいか?」
と、バケツを手に取った所を鋭い声が割って入ってくる。
「待つのじゃ! その査定……待った。お主、魔力だけを抜き取る気じゃろう?」
「ぐっ……な、何だ!? 誰だよ!?」
「ほう? トルシャ大魔道具店のオーナー、このトルシャを知らぬとは本当にお主、職人か?」
「と、トルシャ……!? そ、そんな大物が何でこんな所に……」
「あれだけの魔力反応を見過ごす馬鹿がどこにおるか。その根源が広場でとどまっているから、まさかと思って見に来たのじゃ」
それは、白髪をツインテールにした幼く見える少女だった。片目を覆う黒い眼帯がよく映えている。名をトルシャというらしいが……。
「これが銀貨三枚というのがおかしいのか?」
「いいや、間違ってはおらんよ。鍛冶屋に持ち込めば確かにその程度が妥当じゃろう。しかし……妾のような魔道具屋に持ち込めば話は違う。金貨二枚にはなるじゃろうな。もしそのバケツ一杯をまとめて売ってくれるなら三枚におまけしよう。銀貨三枚の千倍じゃ」
「せ、千倍……!?」
ええと、三日暮らすのに銀貨三枚……一日に銀貨一枚として、普通に暮らして千日、三年は暮らせるってことか?
「しかし、このスライムはそこまで強くなかったぞ。大きくはあったが……何かの間違いじゃないのか?」
「ほっほう、マーキュリースライムが強くなかったと……面白い男じゃのう。まあ良いわ。妾には冒険者の善し悪しは分からん。重要なのは、その素材に込められた魔力じゃ。常人が取り入れても力が漲るし、魔道具として加工すれば半永久的な『生ける薬』にできる。魔力と一言に括っても様々な役目があるのじゃよ。このマーキュリースライムの場合は『別たれても同じ魔力を擁する』という特性があるのじゃ……それがどれほどの価値か、知っておるからそのカストとやらも目を付けたのじゃろう」
……話が長くてよく分からなかったが、要はぼったくられそうだったという話か?
「……カスト」
「ま、待ってくれ……俺はそこまで知らなかった! ただ、すげえ魔力を感じたのは間違いねえよ。うちにもマーキュリースライムの素材は置いてあるが、本当に銀貨三枚の代物だったんだ!」
「そうらしいな。本心としては、真っ先に声をかけてくれたお前に託したい……だが、俺の財布は自分一人のものじゃない。また、別の素材を持ってくるから、その時は買ってくれないか?」
「お、怒ってねえのか……?」
そう言われても。売る場所によって相場が違うなんて当たり前だと思う。それを判断するのは俺だ。なら、この場で誰が悪いかと言えば俺でしかないだろう。
「そら、寛大な冒険者に免じて見逃してやるから、とっとと去るが良いわ」
「トルシャ。その言い方はないだろう。確かにお前には感謝しているけど、彼は自分の仕事をしただけだ」
「本当に妙な奴じゃの……それで、その素材はうちに持ち込むんじゃろうな? これは妾の誇りにかけて誓うが、金貨三枚。それ以上にはならんよ?」
どうやらそのようだな……まあ、金貨なんてものをもらえるだけありがたい。
「よくやったな、トゥイリー」
「へっ……? 私は別に何も……」
「俺はあの死者達に気を取られて素材なんて気にしていなかった。代わりに集めておいてくれたお前のおかげだ。今日はとびきり良い物を食べよう。トゥイリーも飯が美味くないわけじゃないだろう?」
「それはそうですけど……もっと、貯金とかしなくていいんですか?」
「帝都に入った祝いだ。今日だけだよ」
そんな会話を打ち切るように、トルシャがパン、と手を合わせてニッコリと笑った。
「商談成立、じゃな。良き出会いに感謝するぞ」
こうして、俺達は帝都に入ってすぐに小金持ちになったのだった。
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