追放の日
ここは無念を遺したまま死んだ人間の魂を浄化する場所。その名もプリーストギルド。俺はその末端にいる、平凡なプリーストだ。
魂の浄化とは具体的に何をするかと言えば、プリーストの聖魔法を使って霊魂を綺麗な状態にして転生させるというもの。
病に倒れたり魔物に殺されたりした霊相手だと、未練が強すぎて時には戦闘になったりもするが……そんな事態になるのはプリーストが未熟だからだと言われている。自分達は殺す冒険者ではなく鎮める聖職者なのだから、と。
よっぽど悪質な霊体魔物ならその限りではないが……霊魂管理のプリーストがヘマをしない限り、そんなものが紛れ込むことはないはずだ。
だから……二度、三度と振るわれる大剣を持った霊魂と対面している俺の現状は、無様としか言いようが無い。霊であるが故に傷つくことを恐れない……あまりに狂気溢れる動きに俺はどうしても儀式の場から離れてしまう。
「っ……! あ、またやっちまった……」
俺はプリーストとしての適性はあったはずなのに、どうにもこの聖魔法の扱いというものが苦手だった。今もおぞましいほどの殺気を持った男の霊魂を手放してしまったところだ。
「ゴラァ! ロクト、てめえまた逃がしやがったな!? ったく、いつになったらまともな話し合いができるんだぁ!?」
そんな俺に叱咤の声が飛んでくる。ここの支部長であるグースさんだ。頭髪はやや寂しく中肉中背。だが、聖魔法の腕はピカイチだと普段から自慢しているからそうなのだろう……実際にやっている所を見たわけではないが。
「悪い……だけど、対面した瞬間、問答無用で殺しに来る勢いで襲いかかってくるんだ。俺も対処せざるを得ないだろう」
「そりゃ、てめえの腕が悪いんだよ。他のプリーストに聞いてみろ、そんなすぐ荒事になる浄化なんざねえって誰もが言うだろうぜ!」
「それが不思議なんだ……あんなに凶暴な霊をどうやって皆落ち着かせているのか……あれじゃあまるで魔物じゃないか。もっと学ばないとな……」
しかし、そう呟く俺に向かってグースさんは嫌味な笑みを浮かべて書類を俺の頬に叩きつけてきた。
「そんなに悩む必要はない……てめえは『ゴミ掃除』に任命してやる。不浄が極まってアンデッドになっちまった奴の処理をしてもらう。浄化じゃ全く役に立たねえてめえに唯一できることだ。感謝しろよ?」
「……ゴミ掃除って事はないだろう。アンデッドを処理するのは必要な仕事だ」
「おーおー、そんだけ誇りを持ってるならいいじゃねえか。冒険者に任せればいいのに、自分からアンデッドの相手をするなんざ、まさに最底辺プリーストだがな。とにかく……てめえはもうここにゃ必要ねえ。クビだ」
クビ、か……。俺だって立派なプリーストになろうと必死だったんだけどな……。
「ちょ、ちょっと待って。グースさん! 今ロクトに抜けられたら、万が一暴れる魂が出たら対処できるプリーストがいなくなっちゃうわ! 戦闘実技の成績はロクトがダントツなのよ!?」
話を聞いていたらしい俺の同期……薄桃色の髪をした強気そうな顔立ちの少女、リリックがそう進言した。だが、それはただのお情けに聞こえたのだろう。グースさんは鼻で笑うだけだった。
「そもそも、こいつがいなけりゃ平和な浄化活動ができんだよ。この十年間、プリーストギルドで戦闘が起こるなんて事態、ロクト以外にゃ起こらなかったろ! こいつさえ追い出せば全部解決すんだよ!」
「でも……だけどっ」
ありがたい話だ……だが、それ以上はまずい。俺は肩を怒らせるリリックを手で制した。
「リリック、お前はスーパーエリートのプリーストだ。俺なんかのためにその経歴にケチがつくのは嫌だ……だけど、ありがとう」
「ロクト……」
「俺が居なくなれば、ここはもっと上手くいく……そう思うことにしたんだ」
リリックは最後まで……街門まで付き添ってくれたが、特に会話を交わす事はなかった。これから左遷されようとしている俺にかける言葉が無かったのだろう。
「……じゃあな、リリック。お前は立派なプリーストになれよ」
「あんたも、そうなるはずだったじゃない……」
「『ゴミ掃除』だって、立派な仕事だ。俺は俺で頑張るから……見送り、ありがとな」
俺は踵を返して、プリーストの街から出る門へ脚を踏み込んだ……背後から聞こえる鼻をすする音は、聞こえなかったことにした。
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