第21話 〜絆の儀〜
吐く息は白く、身体の芯を冷やすような冷気が容赦なく体温を奪っていく。
勇理は逃げ出したい気持ちを奮い立たせ、一歩づつ、魔法陣の中心を目指して歩みを進める。
視界に骸と化した騎士の姿が入る──初めて見る人間の頭蓋骨は想像以上の生々しさを放っていた。
少女まであと数歩のところで、勇理は立ち止まった。
少女は未だに顔を伏せたまま動かない。
──生きてるのか……?
勇理が再び近づこうとしたとき──少女がゆっくりと顔を上げた。
顔を覆っていた髪がサラサラと横に流れ、雪のような白い素肌が露わになる。
長い白銀の睫毛の下で、憂いを帯びた大きな銀色の瞳がこちらを一点に見つめている。
少女はそのまま動かなかった──まるで魂を覗かれているかのような、どこまでも澄んだ瞳を前に勇理は掛ける言葉を失う。
「ユウリ──ですね。ずっとあなたがくるのを待ってました」
少女の透き通った声が勇理の心を揺さぶる。
「待ってたってどういう……」
「ゴーレムは聖痕者の魂の声が聞こえます。あなたの魂は悲鳴を上げていた──誰かを守りたいのに守れない。弱くも優しい魂──」
少女は音も立てずに立ち上がると、白く細い手を勇理の胸に当てた。
「多くの者たちが契約の儀に挑み、その命を散らしました……あなたはそれでも試練に身を投じますか?」
少女の手が少し震えた気がした。
勇理は無念の末に朽ち果て、骨となった騎士と自分の姿を重ねる──。
──失敗したらおれもああなるのか……。
怖く無いと言ったら嘘になる。
しかし──それでもここでやらければきっと後悔する。それだけは確かだ。
「あります──。絶対に試練を乗り越えて契約を成功させる」
勇理の強い眼差しに、少女は微笑んだ。
「その覚悟、しかと受け取りました──。では、腕輪を胸にかざしてください」
勇理は言われた通りに、右腕にはめた腕輪を胸元に当てた。
腕輪の中心にはめ込まれた黒い石のなかで、一粒の光が生まれる──それはまるで呼吸するかのように、膨張と収縮を繰り返している。
「では、これより契約の儀を開始します。ユウリ──強く叫んでください『兵装転化』と」
「兵装転化!!」
視界が遮られるほどの爆風が辺りを包み込んだ──。
発せられた叫び声に共鳴するかのように、胸に刻まれた聖痕が燃えるような熱を帯びていく──。
とてつもない質量の光のなかを、身体がもの凄いスピードで疾走する──。
やがてその速度は光速に達し、眩い光となって勇理の意識を飲み込んだ──。
「ユウリ──目を開けてください」
頭のなかに直接──少女の声が語りかける。
「う……うう……」
混濁した意識のなか、勇理はゆっくりと目を開けた──。
身体がまるで水中にいるかのように、重力を感じせない。
自分の身体であって、そうでないような、不思議な感覚すら覚える。
目に映る景色はまるでフィルターを通したかのように青みがかり、バイザー越しに世界を見ているかのようだ。
視界の隅に、いくつかの文字が浮かび上がって点滅している。
「こ、これは──」
「あなたは今──アーマード化した状態です。イニシャライズを開始するので、少しそのままでいてください」
──イニシャライズってなんだ? とりあえずこのままでいればいいのか……?
『セイコンシャ──カミジョウ ユウリ ト ニンシキシマシタ』
突然、AIのような無機質な音声が流れると同時に、視界の中央に文字が浮かび上がる。
『ゲンゴ セッテイ──ダイ ナナ ゲカイ チキュウ ニホンゴ』
勇理にとって意味を為してなかった文字列が、馴染みのある日本語へと変換された──そこには、『初期設定を完了しました』と書かれている。
「日本語!?」
テロスアスティアに転生して以来、もう日本語を目にすることは無いと思っていた勇理は、どこかホッとした気持ちになる。
日本語を目にするだけで、こんなに気持ちになるなんて、日本にいたときは思いもしなかったが……。
「イニシャライズが完了しました。では、ユウリ──ここからが本番です」
無機質なAIから再び少女の声へと戻る。
──ゴーレムって高性能なロボットかなにかなのか……?
「バトルモード施行──戦闘準備に入ります」
全身を覆っていた水のような感覚が急激に引いていき、身体に重力が戻ってくる。
勇理は自分の手元を確認した──薄く青みがかった視界を通して、頑丈そうな手袋状の防具が映り込む。
同時に、視界の左上に、数字とゲージのようなバーがいくつか出現した。
「このゲージのようなものは……?」
「これはあなたのステータスを現しています。一番上の数字がレベル、その下のゲージがAPポイント──兵装の耐久度を表します。その下のゲージがHP──体力です。さらにMP──魔力。最後にLG──リミッターゲージです」
──いや、なんのRPGだよ!
この手のゲームをそこそこやり込んできた勇理にとって、些か馴染みのある単語に思わずつっこまざるを得ない。
そして、レベルだと言われた数字に思わず愕然とする──そこには、5という表記が控えめに表示されている。
いつ上がったのかは定かではないが、恐らくハサミで闇憑きに攻撃したときだろうか……。
「ユウリ──間もなく戦闘になります。私があなたの戦闘をサポートしますが、あくまでも戦うのはあなた自身です。くれぐれも気をつけてください」
まだ聞きたいことは色々とあったが、どうやらそんな時間は無いようだ。
「ありがとう……。きみのことはなんて呼べばいい?」
頭の中の声に話すのは、なんとも不思議な感じがする……。
側から見たら、一人で話しているヤバいやつ確定だろう。
「私のことはシヴァと呼んでください。さあ、そろそろです──」
シヴァの声に導かれるように、勇理は前方へと視線を向けた──。
魔法陣が描かれた床に、黒い染みが五つ……。
──!?
「あれは……」
勇理の脳内に忌まわしい記憶が蘇る。
泥沼のような染みから、粘り気のある液体を滴らせ、黒い球体がゆっくりと浮上する。
「スキャンを開始します──」
シヴァの声と共に、視界に小さい枠が出現し、球体を次々とロックオンする──。
視界に球体の全貌が3Dで投影された。
────────────────────────────────
名称:デビルズアイ
種族:悪魔
レベル:20
特技:精神攻撃
弱点:光属性・炎属性・打属性
特徴:悪魔族の眷属。悪魔の目による精神攻撃を得意とする。生物が発する恐怖心に反応し、俊敏に襲いかかってくる。個体で出現することは滅多になく、複数で群をなすことが多い。
────────────────────────────────
勇理はつらつらと表示される敵の情報を確認する。
「デビルズアイ……そんな名前だったのか」
しかし、レベル5と20では差があり過ぎではないだろうか……ゲームによっては一発アウトなレベル差だ。
「ユウリ──来ます!」
一番近くにいた一体が、大きく横に裂けた口を開きながら、勇理を目掛けて飛びかかってきた。
「くそ──!!」
咄嗟に左腕で攻撃をガードする──デビルズアイが思いっきり腕にかじりついた。
ガキン──と甲高い金属音に続いて、ガリガリと腕の防具を擦る音──。
痛みは無いが、左上のAPがみるみると削られていく。
「う、うわーーー!!!」
近くで見るデビルズアイは想像以上に大きく感じられた──それが猛獣のごとく自分の腕に食らいつく様は、恐怖そのものだ。
「ユウリ──落ち着いてください」
「くそ!! やめろーーーー!!!」
シヴァの声はパニックで勇理の耳に届かない──勇理は噛みつかれた腕をなんとか抜こうと躍起になる。
「──左前腕装甲をパージ!!」
シヴァの鋭い声と共に、左腕が爆風を上げながら弾け飛ぶ──。
食らいついていたデビルズアイは、口に爆風を浴びて吹き飛ぶと、そのまま床にぶつかり動かなくなった。
黒い煙が丸い身体から立ち上がり──灰になって消えていく。
「あ、ありがとうシヴァ──」
勇理は肩で息をしながら、爆発した左腕を確認した──。
腕の鎧は剥がれ落ち、黒い皮膚のような素体が剥き出しになっている。
同時にAPのゲージが6割くらいまでに減っていた。
「これは……」
「兵装の一部をパージさせました。兵装が剥がれた箇所は、ダイレクトにHPダメージへと繋がるので気をつけてください」
APの減り具合から考えて、一箇所に受けたダメージは鎧に全体的な影響があるようだ。
それはパージして一気にAPが減ったところからしても明らかだった。
──ってなんでおれはこんなに冷静なんだ……。
さっきまで恐怖でパニックになっていた頭が、やけにクリアに感じられる。
バクバクと弾けそうだった心臓の音も今はやけに落ち着いていた。
「シヴァ、おれになにかした?」
「はい──トランキライザーを兵装内に注入しました」
「……それって安定剤みたいなもの?」
「はい──ですが脳に負荷がかかるため、多用は禁物です」
脳が壊れるのが先か、それとも心が折れるが先か……いずれにしても、シヴァが注入してくれた安定剤のおかげで勇理は落ち着きを取り戻した。
残りのデビルズアイは吹っ飛んだ仲間を警戒してか、じわじわと距離を詰めている。
「シヴァ──やつらになにか有効な手段はある?」
「ユウリの今のステータスでは、デビルズアイに致命的なダメージを与える攻撃手段はありません──」
「剣とか武器を使ってもダメってこと?」
「ええ──元々、デビルズアイに斬属性の攻撃は通りにくく、打属性が有効となりますが……ユウリのレベルではダメージが通りません」
やはりレベル差による問題は大きいようだ。
「じゃあ、どうすれば……」
「方法ならあります──LGを使えばやつらを一掃できるかもしれません。ただ……」
LGとは一番下に表示されているゲージのことだろうか……今はメーターが0となっている。
「LGはゴーレムの力を解放して放つ必殺技です。そしてLGの使用は行使する聖痕者に甚大な負荷が掛かります」
「た、例えば……?」
「LGは全5段階あります──段階が上がるごとに威力と負荷が増します。負荷はゴーレムによって異なりますが……私の場合──段階1で左腕の消失、段階2で両腕の消失、段階3で両腕・左脚、段階4で四肢、段階5──即ちリミッター全解除で存在の消滅」
勇理は淡々と話すシヴァの解説を聴きながら、その代償の大きさに唖然となる。
「──切り札とも呼べる技ではありますが、決しておすすめできるものではありません。かつて契約の儀に挑んだ聖痕者たちもLGの使用に耐え切れず散っていかれました……」
LGを使用するごとに身体が消失し、最後は消えて無くなる──まさに諸刃の剣……。
しかし、勇理はLGを使用する上で大きなアドバンテージがある。
他の聖痕者たちには持ち得なかったかも知れない能力が──。
「やろうシヴァ──」
「──いいのですか?」
「ああ──どうやらおれは簡単には死なない身体らしいから……」
「再生の能力──それがあなたの力でしたね。わかりました……その能力に賭けてみましょう」
どうせここでLGを使わなければ詰みなわけだ──今は自分の能力を信じるしかない。
「LGの使用には武器を介する必要があります。ユウリ──あなたに適正があるのは打属性の武器です。サーチモードを展開するので、打属性の武器を探してください」
視界に先ほどデビルズアイをスキャンした枠が、ありとあらゆる物に反応して忙しく動き始める──。
件のモンスターたちは、何故か動きを止めて禍々しい瞳でこちらを凝視している。
理由は不明だが動かないなら好都合だ──勇理はデビルズアイを無視して、必死に打属性の武器を探す──。
床には、かつて契約の儀に挑んだ者たちの装備が散らばっている。
ただ、その多くは斬属性や突属性と表示される剣や槍の類ばかりだ。
「──くそ、打属性の武器なんてないぞ……」
諦めかけたとき──モンスターたちの向こう側でスキャンが反応を示した──。
表示が自動でフォーカスし、ターゲットを拡大する。
そこには、錆びついた全身鎧の騎士が座り込んだ状態で、見えない魔法陣の壁に背を付け沈黙している。
「──ユウリ!! 気をつけてください!!」
シヴァの警告にハッとなり敵を確認する──デビルズアイの目から黄色い光が放たれ目が眩む。
「な、なんだ──!?」
考える間もなく、恐怖が津波のようになって襲ってきた──心が蝕まれ精神が崩壊していく。
勇理は全身の震えに耐えきれず、膝から床に崩れ落ちた──。
「精神攻撃です!! ユウリ──しっかりしてください!!」
見たくもない映像が勝手に脳内で再生される──サーシャとリルが小さな身体を引き裂かれ、リズがデビルズアイにより食い殺される。
「──やめろーーーーーー!!!!!」
耐え難い恐怖の中で、勇理の心に燃えるような感情が湧き起こる。
──おまえら……いい加減にしろ……。
「シヴァ──!! トランキライザーを限界まで投与してくれ!!」
「──しかし、そんなことをしたらあなたの脳は……」
「いいから早く!!」
崩壊しつつある精神と、沸々と湧き上がる憎しみと悔しさ──その狭間で勇理は必死に足掻き続ける。
「──わかりました……トランキライザーを限界投与!!」
勇理の思考が瞬時に止まる──同時に心臓がドクンと大きく波打つ。
「か……あが……」
声にならない嗚咽が口から漏れる。
呼吸が止まり、意識が持っていかれそうになる。
狭まりゆく視界に、「ALERT」の赤い文字が毒々しく点滅している。
「──ユウリ!? 大丈夫ですか!? ユウリ!!」
シヴァの声が遠ざかる──あらゆるイメージがかき消され、混沌と渦巻く自我のなかで、勇理は一条の光を見た──。
それはやがて鳥の姿となり、燃え盛る翼を広げ空へと舞い上がる。
誰かの手がそっと勇理の背中に触れた──。
「生きて──」
そう聞こえたような気がした……。
静寂のなかで、勇理はゆっくりと顔を上げた──。
「──ユウリ!!」
「……大丈夫だシヴァ」
勇理は拳を握りしめ、未だ微かに震える脚に力を込めて立ち上がる──。
効かないと判断したかのか、デビルズアイが精神攻撃を止め、一斉にこちらを睨みつけた。
横に大きく裂かれた口から、禍々しい血の色を覗かせる──。
勇理は一つの策を思いついた──この場を切り抜けるための唯一の策を。
「シヴァ──おれがパージと言ったら迷わずそうしてくれ」
「──!? ユウリ──もしAPが0になったらあなたは……」
「大丈夫だ──頼むよ」
APが0になったら恐らくゲームセットだ。
ただ、ここで勝負をしなくてはどちらにせよ後はない。
「いくぞ──!!」
勇理は全身の筋肉を一点に集中させ、全力で地面を蹴り上げた──。
アーマード化した肉体は、想像を絶する駆動力で、デビルズアイの群れに向かって突進する──。
スレスレの位置で勇理は大きく飛躍──一体、二体とデビルズアイの横を飛び抜ける。
だが、三体目が左脚に食らいついた──立て続けに四体目も右脚に食らいつく。
まるでドルリで鉄を削るような、けたたましい金属音が響き渡る。
「シヴァ──両脚をパージ!!」
「──両腕装甲パージ!!」
両太腿の鎧が爆風と共に飛び散った──。
かじりついていた二体のデビルズアイは、口から煙を上げて吹き飛ぶ──。
勇理はそのまま空中で身を翻すと、魔法陣の壁に背中を激突させた。
「ぐっ──」
「──ユウリ! APが……」
衝撃で朦朧とする頭を左右に振る──。
APは残りのメモリが十分の一を切り、3%と出ている。
ALERTの文字は依然と点滅している。
「ギリギリだな……」
残ったデビルズアイは二体──。
勝利を確信したのか、醜い口が嫌らしくもおぞましい笑みを浮かべる。
両脚からは黒い素体が露わになっている──。
もう自力で立ち上がることは難しいだろう……。
だが、本番はここからだ──。
「お借りします──」
勇理は隣に転がる騎士の残骸に手を伸ばし、両手にはまっていた武器を外した──。
手の甲に鋼鉄のプレートがはめ込まれた拳を強化する武器のようだ。
「──ユウリ!! 来ます!」
デビルズアイはヘドロのような黒い液体を撒き散らし、襲いかかってきた──。
勇理は素早くグローブのような武器を両手にはめる──。
「シヴァ──武器は手に入れた。次はどうすれば……」
「──武器の装着を確認しました。ユウリ、あとは視界に表示される指示に従ってください!」
シヴァに言われた通り、勇理は画面を直視し固唾を呑んだ。
「LG解放──リミッター・セカンド解除!!」
視界にノイズが走った──。
画面が赤色に染まり、LGのゲージが点滅する。
勇理の両手に細かな粒子が集まり始めた──。
見えない気流の波に乗るように、粒子は両手を周りながら集まっていく──。
キーンという甲高い耳鳴り──。
粒子の渦はスピードを増し、もはや目で捉えきれない。
アーマー越しでもわかるほど、両手の体温が急低下し、氷水に手をつけているような感覚になる──。
まるで小さな嵐が両手に生まれたかのように、バチバチと小さな稲妻が迸った──。
異常を察知したのか、襲い掛かろうとしていたデビルズアイたちの動きが、あと数歩のところで止まる。
「──ユウリ。身体のコントロールは私の方でやります。あなたはLGが溜まったら技を発動させてください──」
「技の発動ってどうやれば……」
「簡単です──私のタイミングに合わせて、画面に表示される言葉を強く叫んでください」
勇理の身体が自分の意思とは関係なく動き出す──。
「うっ──!!」
強制的に立たされた両脚に尋常ではない痛みが走る。
両腕がシヴァのコントロールによって左右に大きく開かれる──。
その隙を見計らってか、二体のデビルズアイは飛ぶようにして高度を上げると、頭上から大きな口を開けて飛びかかってきた──。
画面に「2nd LIMIT GAUGE READY」の表示──。
「ユウリ──今です!!」
勇理は次に表示された技の名前を叫んだ──。
叫び声は咆哮のごとく辺りに響き渡る。
「フォトンウェーブ──────!!!!」
左右に大きく広げられた両腕に力が加わり、そのまま目の前の空間を切り裂くかのように、勢いよく閉じられた──。
そこから生じた凄まじい衝撃波が扇状の刃となり空を切り、部屋を横断する──。
衝撃波の刃は魔法陣の見えない壁に激突した──。
大きな爆発音と同時に空気圧による突風が吹き荒れる。
「デビルズアイは……」
ノイズと危険信号の文字が乱れる視界の先で、二体のデビルズアイが円形の身体を真っ二つにされて浮遊していた──。
その躯体は瞬く間に黒煙を上げながらサラサラと灰になって散り失せた。
「──ユウリ。あなたの勝利です」
「マジか……」
勇理はそのまま地面にへたり込む──。
攻撃に耐えられなかったのだろうか──装備していたグローブが砂のように崩れ落ちる。
今になって気を失いそうなほどの痛みが襲ってきた──。
上腕から先の感覚が全く感じられない……。
「アーマード化を解く前に鎮痛剤を投与しました──これで少しはマシかと……」
シヴァの言う通り、痛みが少し引いた気がした。
「兵装強制解除──」
視界に「DISARMED」の表記が浮かび上がる──勇理の身体から鎧が粒子となり剥がれ落ち、少女の姿を形どっていく。
カランと音を立て、契約の腕輪が地面に転がった──。
そのとき、勇理は自分の両腕が無いことに気づいた──ただ、両腕は既に再生を始めている──。
骨が徐々に作られ、そこから血管や細胞組織が魔法のように組み上げられていく。
「まさに怪物だな……」
斬り落とされても、消滅しても生えてくる。
もう人間とは呼べないだろう……。
「いえ──あなたは怪物ではありません」
顔を上げると、そこにはあどけない顔をしたシヴァの姿があった。
腰まである長く美しい銀色の髪が静かに揺れる。
「あなたは勇者ですユウリ──」
シヴァが両手で大事そうに、腕輪をそっと拾い上げた。
「外れちゃったから契約は無効かな……」
「いえ──見てください」
シヴァの視線を追うと、腕輪の黒い石の中で無数の光の粒が舞っていた。
それはまるで、あのとき、送り火の儀で見た満点の星空のように眩い輝きに満ちていた。
「契約は成立です──ユウリ。私は今このときを以て、あなたの武器となり盾となります」
「いや──そうじゃないよ……」
勇理は最後の力を振り絞って立ち上がった。
「きみはおれのパートナーだ──おれもきみの武器となり盾となるよ……」
勇理は再生されたばかりの右手を差し出した。
「だから……よろしくシヴァ」
シヴァは驚きの表情を浮かべると、白銀の瞳から生まれた涙が、白い頬を伝ってこぼれ落ちた。
「──!? えっ、あっ! えっとごめん……なんかおれ変なこと言ったかな……」
慌てふためく勇理に、シヴァは女神のような微笑みを返した。
「いえ──それを言われたのはあなたが二人目です。こちらこそユウリ」
シヴァは差し出されたユウリの手を優しく握り返す。
その瞬間──勇理は契約ではなく、絆でシヴァと繋がりあえた気がした。