閑話 その一
・後天的に鍛えることのできる魔法と違い、先天的に授かる力を希少スキルと呼ぶ。
・炎水風土雷を操るだけの単調で効力も弱い魔法と違い、希少スキルは広く強く作用するものが多い。
・希少スキルは強力ゆえに制御できない場合も多く、無自覚であっても周囲に影響を与えることもある。それでも損害よりも利益のほうが大きいので、差別よりも崇拝されるよう国家規模で国民感情は誘導されている。逆に言えば、それだけの誘導力を使って個別の希少スキル持ちが差別されるよう誘導することも可能だろう。つまり国家に都合の悪い希少スキル持ちを脅迫するために国民感情操作の技術が使われることもあるということだ(この情報はシーカフィン公爵家当主より直々に教えられたことであり、一般には出回っていない)。
・また、王家は希少スキルを無効化する宝剣を所持しているので、いかに希少スキルがあろうとも目立つ真似をしては末路は言うまでもない。
・ここ千年の間、空間を連結して惑星内のどこにでも瞬時に移動する『転移』、異性に擬似的な恋心を埋め込むことで自在に操る『魅了』、地殻変動や竜巻や津波など自然災害を発生させる『天変地異』など、使いようによっては単騎で軍勢さえも相手にできる強力な希少スキルが確認されている。
──そんな風に『授業』の内容をまとめながら、アリアネは口の中でこう呟いていた。
「やっぱり私の知識も希少スキルなんだろうけど、知識以外に何かないのかな?」
それは両親に奴隷として売られたアリアネがシルヴィーナに助けられ、シーカフィン公爵家の養子として引き取られた翌日のこと。
『身辺整理』のために動いていたシーカフィン公爵家が長男、つまりは次期当主であるギリス=シーカフィンは惨状を前に赤い瞳を細めていた。
「ハッ」
アリアネの実の両親。
容赦をする必要のない者たちであるのは調査済みだったため、多少強引にでも『身辺整理』のために話をつける予定だった。簡単に言えば公爵家に、そしてアリアネに関わることがないよう『お話』するというものだ。……非合法の奴隷商人と関わっている以上罪は免れないとはいえ、変に引っ掻き回されないよう事前に対応しておこうということだ。
その両親が事故死していた。出来るだけ情報の拡散を防ぎたいからとギリス本人が『身辺整理』のために足を運んだ時には馬車に轢かれて死んでいたのだ。
「あくまで偶然にしか見えない、か」
金の髪をかき上げ、端正な顔に不敵な笑みを浮かべて、ギリス=シーカフィンは言う。
「だが、希少スキル持ちのアリアネ関連である以上偶然で片付けるのは危険だよな」
多くの騎士が地に伏していた。
誰もが真剣を用いて一人に斬りかかったというのに、そのことごとくが木剣の一太刀で返り討ちにされたのだ。
王都守護を担う騎士が、たった一人の令息によって。
「ハッハァ!! 情けないぞ、おいっ。それでも親父直属の騎士なのかァ!? これでは訓練にすらならんぞ!!」
鍛え上げられた身体に右目を黒の眼帯で覆った学園の生徒。
すなわち騎士団長の息子にして乙女ゲームの攻略対象の一人である。
この世界の魔法学はその男によって革新的に進歩していた。
腰まで伸びた茶色の髪に思慮深さが滲む瞳を自作の視力増幅魔法道具である眼鏡で覆った学園の生徒。
真なる天才にして宰相の息子。
つまりは彼もまた攻略対象の一人である。
「この世に僕と同じ目線で物事を観測できる人間はいないのか?」
ギリスからの報告を受けたシーカフィン公爵家当主は一つ息を吐く。
「アリアネの希少スキルは何なのだろうな」
厳つい顔をさらに歪め、彼は吐き捨てる。
「まあそれがなんであれ、もう二度と持って生まれた才能を国家が寄ってたかって奪い合い、一人の人間を貪るような展開にはさせない。絶対にだ」
そしてこの国の王族の一角にして攻略対象の一人たる第二王子グウェン=フォースガーデンは煌めく星空を掴まんと手を伸ばしながら口を開く。
「許されるのならば、燃えるような恋がしたいものである」
さあ始めよう。
ハッピーエンドを掴むための攻略を。