第七話 決意
私がシーカフィン公爵家の養子になって半年が経った。
まだ拙いながらも貴族らしい振る舞いや知識が身についてきたなぁって思えてきたある日のことよ。
「アリアネちゃんっ。お誕生日おめでとうございますっ!!」
私が大広間に入ったと同時にシルヴィーナ様の声がしたかと思えば、パンパパンッ! と魔法の閃光が炸裂した。
閃光に合わせて花吹雪が舞い、集まった侍女や執事の人たちが笑顔で『おめでとうございますっ』と声をかけてくる。
さらには厳つい顔の当主様に『おめでとう』と言われ、公爵夫人様からは抱きしめられて、長男のギリス様は腕を組みながらも右の人差し指と中指を立てて不敵に笑っていて、いや、あの、なにこれ!?
「アリアネちゃん」
「しっしるっシルヴィーナ様、これは一体何事なの!?」
「何事って、もちろんアリアネちゃんの誕生日を祝う会ですわ」
そ、そういえばお誕生日おめでとうなんて言っていたっけ。誕生日に関してはお茶している時にシルヴィーナ様から聞かれたから乙女ゲームの知識にあるヒロインの『設定』を頼りに答えてはいたけど、だからって、え? 私が生まれてきたことを祝ってくれている?
だって、それは、なんで?
私は『設定』を頼りにしないと自分の誕生日がわからないくらいに一度も祝われたことも実の両親から教えてもらったことすらなくて、誕生日を祝ってもらえるのは幸せなことのはずで、私はまだ攻略対象の誰かとハッピーエンドを迎えてないから幸せを手にできていないはずで、そもそもシルヴィーナ様は私と敵対する悪役令嬢で、だから!!
「アリアネちゃん、生まれてきてくれてありがとうございます」
「……っっっ!?」
なのに、なんで。
こんなの、困っちゃうよ。
「う、ぁ……」
「あ、あれ、アリアネちゃん!? どうして泣いて、わたくし何か傷つけるようなこと言ってしまいましたか!?」
「ち、違う、そうじゃなくて……嬉しくて、だから、私っ、だって、こんな風にしてもらえるような人間じゃなっ、なくて、だから!!」
「アリアネちゃん」
ぎゅっと。
優しく、ゆっくりと、私を抱き寄せるシルヴィーナ様。
後頭部を優しく撫でながら、悪役令嬢はヒロインにこう言ったのよ。
「アリアネちゃんが自分のことをどう思おうとも、わたくしにとってアリアネちゃんは誕生日を祝いたいと思えるくらいに大切な存在なんです」
「しる、ゔぃーな……さま」
「大好きですよ、アリアネちゃん」
ああ、こんなの反則だよ。
「……うん。ありがとう、シルヴィーナ様」
──シルヴィーナ様を悪役令嬢にはしない。
ハッピーエンドにだって種類はある。
ルートによっては悪役令嬢と敵対しないものだってある。
大多数において悪役令嬢と敵対し、撃破することがハッピーエンドの条件となっているだけで全部が全部そうであるわけではないんだから。
だけど、よ。
そもそも乙女ゲームと現実にはすでに乖離があるから私の知識もどこまで使えるかさえも不透明だけど、これが希少スキルであるのならば全くの無意味というわけでもないはず。
つまり、流れに身を任せればある種の強制力から『大多数』を占める悪役令嬢との敵対というルートを辿る可能性は高いと考えていい。
私は幸せになりたい。だからといって率先してシルヴィーナ様を破滅に追い込みたいわけではない。
だったら、頑張ろう。
攻略対象の誰かとのハッピーエンドを迎えて幸せを掴みながらも、シルヴィーナ様との仲を自分で引き裂くことがないように。
私はヒロインなのかもしれない。
だけど、シルヴィーナ様を傷つける存在には絶対にならないんだから。
ーーー☆ーーー
その日はベッドに横になったって眠れる気がしなかった。
豪華な食事に使用人たちや家庭教師、それに当主様や公爵夫人様、兄であるギリス様、そしてもちろんシルヴィーナ様から暖かく祝われたことが頭から離れない。
それに。
ベッドに横になって、熱が全然抜けない中、私はその手にあるものを目の前に持ってきていた。
赤い花を模したブローチ。
キラキラと輝いているのは宝石を使っているからだろう。
『アリアネちゃん、プレゼントです!』とシルヴィーナ様から贈られたものよ。
「ふ、ふふっ」
熱い。
むずむずする。
「あは、ははははは!!」
ばたばたと両足がベッドの上を跳ねる。
ゴロゴロと転がって、両手を振り回して、それでも全身を走り抜けるむず痒さに笑みがこぼれる。
ああ駄目だ、眠れるわけがない。
こんなにも『……』な心地なんだもの。眠ってしまったらもったいない。
「私、こんな、ははっ、ははは!!」
どうして、と脳裏をよぎる。
でも、それ以上に『……』だった。
今でさえもこんなにも満たされているなら、攻略対象の誰かと結ばれてハッピーエンドとやらを掴んだらどうなるんだろう。
予想がつかない。
現実味がない。
「これなら、今のままでも……だけど、これ以上だっていうなら」
私は恵まれている。
だからこそ、幸せというヤツを掴みたい。
知らないからこそ、わからないからこそ、乙女ゲームの中の『私』のように笑える未来を実現したい。
そうすれば。
私にも生まれてきた意味ができるはずだから。