第四話 夢の中、悪役令嬢の末路
それは私が公爵家に引き取られて三ヶ月が経ったある日のこと。
成長している実感はあるから楽しくはあったけど、それはそれとして大変な『授業』の後、シルヴィーナ様と中庭の花壇近くのベンチでお話ししていた時のことよ。
コクッ、コクン、と頭が上下に動く。
頭が靄に包まれたように重かった。
「アリアネちゃん、眠いのですか?」
「そんにゃことは……にゃいよ」
「どう見ても眠そうではないですか。そうです、はいどうぞ」
そっと。
導かれるようにシルヴィーナ様の膝の上に私の頭が乗せられていた。
「あの……シルヴィーナ様?」
「ごめんなさいね、お疲れのところに話しかけてしまって」
「ううん……。私も、シルヴィーナ様とお話し……したかった、から……」
「っ……! まったくアリアネちゃんは可愛いですねっ」
優しく頭を撫でられる。
揺り籠のような心地に今更のように眠気を自覚する。
気がつけば私の意識は遥か闇の底に沈んでいた。
ーーー☆ーーー
ザッザザッ!
『アリアネ=アークビー男爵令嬢っ。平民上がりの偽物が栄光ある王立魔法学園に通っているなど不愉快以外の何物でもありませんわ!!』
ザザザッ!!
『「あの方」の婚約者にふさわしいのは平民上がりの売女ではなくシーカフィン公爵家の血を継ぐわたくしに決まっています!!』
ザザザッ、ザザザザザザ!!
『あら、申し訳ありません。学園にふさわしくない紛い物に気づかず、結果として突き飛ばすことになりましたわね』
ザザザッ、ジジッ、ザザザ!!
『どう、して……何故わたくしではなく平民上がりの女を選ぶというのですか!? そんなのおかしいです!!』
ザッザザ、ザザザザザザザザザ!!
『このわたくしが、国外追放されるですって……? 悪行、何をっ、平民上がりの女に対する嫌がらせ程度で何故このわたくしが裁かれなくてはならないのですか!?』
乙女ゲームの知識における悪役令嬢はヒロインの敵であり、攻略対象の婚約者の座を奪い合う関係であった。
ハッピーエンドでは悪役令嬢は国外追放された後に変死体として発見される、公爵家の没落からの敵対してきた貴族の嫌がらせによってまともな職につけずに衰弱死、決闘の果てに魔力の使いすぎで死ぬこともある。
だから。
だけど。
すでに乙女ゲームの知識にある悪役令嬢・シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢の姿はどこにもない。アリアネが知っているシルヴィーナは、妹のことを愛してくれている一人の姉でしかない。
ならば、これからどうするのが正解だ?
ーーー☆ーーー
「う、むぅ……あれ、私、いつの間に寝てて……」
目が覚めると、シルヴィーナ様の顔が視界いっぱいに広がっていた。そうか、シルヴィーナ様の膝の上で寝ちゃっていたんだね。
「ごめん、シルヴィーナ様。重かったよね、今どけるから」
「ねえアリアネちゃん」
その顔にも、声音にも、心配そうな色が乗っていた。
「『授業』は大変ですか? それとも公爵家での生活には慣れませんか? ……随分とうなされていましたが、悩みがあるなら言ってください。わたくしであれば、いくらでも力になりますので」
「……、大丈夫。ちょっと夢見が悪かっただけだよ」
言えるわけがなかった。
悪役令嬢の末路を夢に見たからだ、なんて。
「大丈夫、大丈夫だから」
果たしてそれは。
誰に向けての言葉だったのかな。