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第二話 公爵家での生活

 

 公爵家での生活は大変の一言に尽きた。

 何せつい最近まで両親からは怒鳴られたり殴られたりしていただけの私には一般的な知識を学ぶ機会がなくて、それを公爵令嬢として相応しいところまで引き上げるための『授業』の毎日だったからよ。


『授業』は礼儀作法から一般教養、魔法学に経済学、その他にも人の上に立つ貴族としては当然の知識を得るために様々な分野のことを学ぶ必要があった。


 どれもこれも厳しく、大変で、だけど理不尽ではない。ストレス発散のために殴られることはなく、理不尽に怒鳴られることもない。いやまあ普通に泣くくらいには厳しいっちゃ厳しいんだけど、それも私が公爵令嬢として最低限の能力を身につけるためだってことは伝わってきている。



「だあーっ!! つっかれたーっ!!」



 だからといって大変なものは大変で、それはもう疲れまくっているんだけどねっ。


 私は中庭のベンチに腰掛け、ゴギゴギ背中から音を鳴らすくらいに伸びをして思わず叫んでいた。礼儀作法の家庭教師に見つかったらしこたまお説教されそうだけど、今は休憩時間だものこれくらいは許して欲しい。


 私は貴族らしい高そうな純白のドレスの裾を摘み、ひらひらしながら、


「気がつけばこんなの着るような御身分になっちゃった。まだ攻略対象の誰かと結婚したわけでもないのにさ」


 いずれはこーゆーご大層なドレスを身につけて、誰もが羨むハッピーエンドを迎えるつもりではあった。だけど、うーむ。まさか悪役令嬢の妹となって、こーゆードレスを身につけられる御身分になるとは。


「私はどうなりたいんだろう……」


 両親に売り捨てられるまでは、とにかく怒鳴られて殴られるだけの毎日から解放されるなら何でもよかった。その逃避の先として乙女ゲームにおける攻略対象とのハッピーエンドってのがあっただけ。


 だから、『誰と』なんて考えてもいなかった。攻略対象の『誰かと』ハッピーエンドを迎えられるのならばなんだって良かったのよ。


 それが、なんだかんだとシーカフィン公爵家に養子として引き取られて……そう、私は怒鳴られて殴られるだけの毎日から解放された。


 だったら、これでいいのかな。

 ううん、駄目だ。


「人間って強欲だよね。最低でもそれだけはって望んでいたはずなのに、いざ手に入ったら新たな望みが湧いてくるんだから」


 幸せになりたい。

 まだ幸せってのがどんなものを指すのか、具体的に言えないくらいあやふやだけど、それでも私は幸せだと思える何かを掴みたい。


 幸せってヤツを知らないからこそ、欲しい。乙女ゲームにおけるハッピーエンド。幸せそうに笑っているゲームの中の『私』のように。


「攻略対象の誰かと結ばれたら、私も幸せになれるかな?」


 こんな私でも。

 息をしているだけで死んでいたも同然だった私だって、生きていて良かったと思えるようになるのかな。


「アリアネちゃん」


「うひゃあ!?」


 びくっと私の肩が跳ね上がる。

 いつの間にかシルヴィーナ様が私の後ろから声をかけてきたのよ。


「し、シルヴィーナ様、どうかしましたか?」


「むう。無理して敬語で話す必要はないと言っておりますのに」


「いくらシーカフィン公爵家に養子として引き取られたとはいえ、正当な公爵家の娘であるシルヴィーナ様に馴れ馴れしく接するわけにはいきませんので。ほら、当主様や教育係の人に怒られてしまいますから」


「それなら問題ありませんわ! 公的な場でない限りは好きにしてよいとお父様に許可はとっております!! ですから、ねっ!?」


 きらっきらと目を輝かせていた。

 冷徹に、それでいて高貴なる風格を発しながら奴隷商人をやっつけた御令嬢の姿はどこへやら、うっきうきな年相応の女の子にしか見えなかった。


 やりにくい。

 むずむずする。


 それが素直な感想だった。


「わかったわよ。それじゃあこれからは普段通りに話そうかな」


 と、ぱぁっとシルヴィーナ様の表情が輝く。本当に、心の底から嬉しそうに。


 そこに、嘘はないんだろう。

 だからこそ……。


「そ、それでは、おねえちゃんと呼んでくれますか!?」


「それはちょっと遠慮しようかな」


「なぜですか!?」


 シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢。

 乙女ゲームにおける悪役令嬢。



 つまりはヒロインが攻略対象と結ばれる際に敵として立ち塞がり、ヒロインのハッピーエンドと共にやっつけられる存在なのよ。



 ルートによっては悪役令嬢と敵対しない場合もある。だけど、それは絶対じゃない。特にこうしてヒロインである私が悪役令嬢の妹になっているような現状においては『今後』なんて読めるわけもない。


 だって、半端だから。


 もしも現実が完全に乙女ゲームそのものであれば、悪役令嬢と敵対せずにハッピーエンドを迎えられるルートだって選べただろう。


 もしも現実が完全に乙女ゲームとは異なるのであれば、こんな知識単なる妄想なのだから『今後』なんて気にする必要もないだろう。


 半端だからこそ、蝕んでくる。

 ヒロインである私が辿るルートが乙女ゲームにはないものであっても、悪役令嬢であるシルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢は現実として存在しているのであれば──乙女ゲームの知識が半端に現実と似通った結果として悪役令嬢を不幸のどん底に突き落とすという部分が現実に反映される可能性はゼロじゃない。


 ルートを選んでシルヴィーナ様と敵対しないよう調整することは難しく、つまり『今後』を読むことはできない以上、今の関係だってどうなるかわからない。


 そう考えたら。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、多少の差異はあっても大枠では似たような展開になるかもしれない。


 ……この知識が希少スキルである場合、未来を知るだけでなく、何かしら現実に干渉する力があっても不思議じゃないんだしね。


 つまり、こんなにも私に親身になってくれているシルヴィーナ様をこの手で断罪する未来だって十分にあり得るということよ。


「ねえシルヴィーナ様」


「シルヴィーナ様、ですか。いえ、強制するものでもありませんものね。それでアリアネちゃん、なんですか?」


「……、ううん。なんでもない」


 私は、『私』が羨ましくて。

 幸せになりたくて。


 だけど……。



 ーーー☆ーーー



 乙女ゲームにおいてヒロインと悪役令嬢は顔を合わせればぶつかってばかりだった。ルートによっては魔法を使った決闘にまで発展するほどに。


 だけど現実はゲームとは違う。

 違わなくて、良かったのに。


「『授業』、頑張っているようですわね」


「怒られてばかりだけどね」


「早く貴女に成長して欲しいと思ってのことですよ。現に家庭教師の皆様は貴女のことをよく頑張っていると褒めていましたから」


「そう? だったらいいけど」


 そういえば、と私はふと思い出したことを口にしていた。


「社交場で淑女の鏡だとか至高の令嬢だとか称賛されているシルヴィーナ様に私の『授業』の先生をやってもらったほうが早く成長できるんじゃないって話もあったみたいだね」


「ええ。ですが断らせてもらいました。なぜならわたくしはアリアネちゃんに厳しく教えられるとは思えませんもの!!」


「私としては優しい『授業』も大歓迎なんだけど」


「いいえ、いいえ! はっきり言いましょう。わたくし、アリアネちゃんの『授業』の様子を覗いたことがあるのですが、失敗している様も可愛くてアリだと思ってしまったんです!! そんなわたくしが先生などやった日にはアリアネちゃんの成長の妨げになってしまいます!!」


 もしかして『授業』中に聞こえていた『必死なアリアネちゃん最高ですう!!』とか『たどたどしく頑張っているから百点満点です!!』といった声はシルヴィーナ様のもの? ほぼ毎日聞こえてきた気がするんだけど。


 ……まあ、うん。


「そうなんだね」


 特にコメントはしない。

 しないったらしないんだから!!

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