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第十四話 嵐の前の

 


 家に帰る馬車の中、私はシルヴィーナ様の膝の上に乗せられ、抱きしめられていた。



 あっれえ?

 なんでこんなことになっているの!?


「何があったんですか?」


「何がって、あっ、ティア=アークビー男爵令嬢とのこと? それなら私は何もしてなくて、なぜか急に泣き出したって感じなんだよね」


「そうですか。アリアネちゃんがそう言うのならば信じます。とはいえ、変に噂になっては真偽はどうあれ利用しようと企む者もいます。揉み消すのが大変ですので不要な騒ぎは起こさないよう気をつけてくださいね」


 ぎゅう!! と。

 強く、強く私を抱きしめるシルヴィーナ様の声はどこか弱々しかった。それは、続く言葉も同じで、


「婚約者との仲を取り繕うこともできず、あのような醜態を晒したわたくしに言われたくないかもしれませんが、貴族としては最低限の責務ですので心に留めておいてください」


「そんなっ、そんなこと言わないでよっ。さっきのは完全に向こうが悪くて、ううん。そもそも私がもっと早く勘違いを解いていれば変に拗れることもなくて、だから、だから!!」


 顔を見られたくないのだろうと察しはついていた。だから私は首に回されたシルヴィーナ様の両手に手を置き、心のままにこう言ったのよ。


「シルヴィーナ様は間違っていない。絶対に!!」


 多分、私が見ていないところでもあんなにも貴族の常識に疎くて面倒くさい天才野郎との仲を取り繕うために頑張っているシルヴィーナ様が見せた弱音をなんとかしたかった。


 あの時のシルヴィーナ様は何も間違っていない。責められる理由はなくて、落ち込む必要はなくて、本当はもっとずっと認められるべきで!!


「だから、だからさ。そんなに自分を責めなくていいんだよ?」


 しばらく何も返ってこなかった。

 やがて、『うん』と一言だけが返ってきた。


 私を売り捌こうとしていた奴隷商人やその護衛たちを前にしても堂々としていて、そう、どんな状況でも凛々しさを溢れさせていたシルヴィーナ様のものとは思えないくらい弱い一言だけが。


 それだけ追い詰められていたんだろう。

 私が知らないところで、天才なだけで偏屈で面倒くさいクソ野郎の相手をはじめとして色んな苦労があったんだろう。


 あくまで養子で、どこまでいってもシーカフィン公爵家の奥深くにまでは関われない私と違って、シルヴィーナ様は()()()()()()()()()()()()()()()()頑張っていたんだよ。


 他者に貴族としての品格を求めるように、自分にはより厳しく『それ』を求めるのがシルヴィーナ様だから。


 私、頑張るから。

 シルヴィーナ様がこれ以上苦しまないよう、なんだってやるから。


 まずは、そう、ティア=アークビー男爵令嬢。

 シルヴィーナ様にあれだけ敵意丸出しだったってことはおそらくだけど悪役令嬢云々をそのまま受け取っているってことだよね。


 あの認識をどうにかしないと面倒なことになるのは見えている。


 だから、うん。

 その辺をなんとかして、ついでにティア=アークビーが知っている情報をしこたま引き出して『今後』の方針を考えるとしよう!!


 ようし、やってやるぞぉーっ!!



 ーーー☆ーーー



 アリアネやシルヴィーナ、ティアに宰相の息子が立ち去った後、校舎裏に残されたスカーレットは『はふう』と吐息を漏らしていた。


「まさか放置されたままとは、これはこれでいいでしょう!!」


 一通りぞくぞく背筋を震わせた彼女は切り替えるように目を細めて、


「しかし」


 脳裏に浮かぶは婚約者がいる身ながらティア=アークビーの肩に手を回しながら立ち去っていった宰相の息子の姿だった。


「ジュリアン=デッドゾーン。文明水準の進退を左右するほどの『頭脳の価値』でもって変に権力を持ちつつあるあの男が余計なことをしなければよろしいでしょうが」


 少なくともアリアネ『様』に手出しすることはなさそうだし、自らの家や勢力に影響はなさそうだからと静観を選択する彼女は、やはり貴族らしくはあるのかもしれない。



 ーーー☆ーーー



 やはり今日のシルヴィーナ様は弱っていたのかもしれない。


 なんたって令嬢として完璧にもほどがあるあのシルヴィーナ様が涙目でガクブル震えて私の腰にしがみついているんだから。


「大丈夫、シルヴィーナ様?」


 問いかけに私のお腹に顔をくっつけてふるふると首を横に振るシルヴィーナ様。


 きっかけは噂好きな侍女だった。屋敷に帰った私は元気のないシルヴィーナ様を励まそうと色々試していた。その中で噂好きの侍女に何か面白い話はないかと話題を振った結果がこの有様よ。


 噂好きの侍女の面白い話は怪談だった。

 ありきたりで詳しい内容までは覚えていないけど、幽霊がどうのこうのってヤツだったと思う。で、どうやらシルヴィーナ様は怖い話が苦手だったみたい。


 侍女の目があるところでは我慢していたけど、半ば強引にシルヴィーナ様の部屋に引っ張り込まれたと思ったら涙目ガクブルってわけ。


 うーむ。

 本気で怖がっているシルヴィーナ様には悪いけど、ちょっとかわいいって思っちゃってる。


「シルヴィーナ様、幽霊なんてのは生物が生きた『痕跡』だってのは知っているよね? 炎が燃え盛った後に炭が残るように、強烈な想いが世界に刻まれたのが幽霊だって。炎が燃え盛った後に残った炭が炎として振る舞うことがないように、幽霊もまた生前の人間のように振る舞うことはないのよ。生前、強く刻んだ想いを出力することはあっても、自我をもって祟りを振り撒いたりはできないってことだね」


 まあ大抵の死者は幽霊となることなく消失、あるいは成仏するし、幽霊という『痕跡』が残ったとしても単語や一文を口にするのが精一杯で、それだって一日もすればやっぱり消失する。


 昔ならまだしも、今はもう幽霊の正体さえも明らかにされているんだから、どこまでいっても『痕跡』でしかないものにそんなに怯えることもないと思うんだけどな。


「わかってはいるのです。ですが、怪談特有の雰囲気が苦手でして……。情けないですよね」


「そんなことはないよ! 人間、苦手なものの一つや二つくらいあるもんだし。大体シルヴィーナ様は魔法に勉学にもう色々と出来過ぎなくらいだもん!! 苦手なものもあるんだって、私でもシルヴィーナ様の助けになれるんだって嬉しいくらいだよ」


「アリアネちゃん……」


「だから、もっと私を頼ってよ。()()()()()()()()()()()


 対して。

 シルヴィーナ様は小さく笑って、


「ええ。頼りにさせていただきますね」


「うん、うんっ! じゃんじゃん頼ってよ!!」

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