第十三話 まるで配役を定めるがごとき
ティア=アークビー男爵令嬢は乙女ゲームの中の『私』と同じ行動を繰り返すことで攻略対象たちと仲を深めている。
だけど希少スキル持ち特有の気配がないことから少なくとも希少スキルは持っていないはず。
偶然なのか、『何か』があるのか、とにかくティア=アークビー男爵令嬢はヒロインとしての立ち位置を確立してはいるんだけど、それはそれとして希少スキルとしての知識は持っていないはずなのに……ッ!!
「ひっく、ぐすっ!」
ヒロインには会えないと諦めていた、と彼女は言った。そう、アリアネ=シーカフィン公爵令嬢という人間をヒロインとして認識しているのよ。
そんなの乙女ゲームの知識なしにはあり得ない。でも、なんで? 希少スキルなしでどうしてそんな知識を持っているのよ!?
「ティア=アークビー男爵令嬢、落ち着いた?」
「う、うん。ごめんね、急に泣いたりして」
「それは構わないわよ。そんなことより! さっきのヒロイン云々ってどういうこと!? 乙女ゲームの知識を持っていないと私のことをヒロインだなんて呼はないと思うんだけど!?」
公爵令嬢としての体裁をかなぐり捨ててしまっていることにようやく気づいた私は、しかしより重大なことに思い至って目を見開いていた。
乙女ゲーム、そしてヒロイン。
乙女ゲームの知識をシルヴィーナ様には話せなかったのに、今は何の妨害もなく話すことができているのよ。
でも、どうして?
「それはわたしに古代の……って、あれ? アリアネさんも全能なる御方の未来視にて広められた乙女ゲームについて知っているの?」
「古代? 全能なる御方???」
未来視ってのは乙女ゲームのアレソレがそれっぽいことからなんだろうけど、ティア=アークビーってば何の話をしているわけ?
とにかく彼女が色々知っているのは確定よね。シルヴィーナ様を守るためにも知っていること全部吐き出してもらわないと!!
と、そんな風に決意を固めた時だった。
「アリアネちゃん?」
「アリアネ様っ!!」
前後から挟み込むように、シルヴィーナ様とスカーレットが顔を覗かせたのよ。
「これはどういう状況ですか? いかにアリアネちゃんでも怒るべき時には怒る必要がありますが」
「怒るって、あっ!? もしかして誤解されている? だよねなんかティア=アークビー男爵令嬢ってば泣いちゃっているもんねっ。でもシルヴィーナ様が考えているようなことはなくて、その、えっと、これはだねっ」
「むう。アリアネ様っ。泣かせるのは私にして欲しいでしょうっ。私だってまだそんなご褒美もらったことないのにずるいでしょうよ!!」
「話がこじれるからスカーレットはちょっと黙ってて!!」
「ひゃっひゃいいいっ!!」
ぞくぞくと背筋を震わせてハァハァうるさいスカーレットはひとまず置いておくとして、私はシルヴィーナ様と真っ向から向かい合う。
さて、どうしよう。
乙女ゲーム云々は……やっぱり『力』が言葉を封殺してくるわね。ちえ。今ならティア=アークビー相手の時みたいに勢いでいけるかもと思ったけど、そこまで都合良くはないわよね。
『相手』によるってことかな。そうなると、事情の説明ができないから顔を合わせたら急に泣き出したとしか言いようがないんだよね。信じてもらえるといいけど。
「何があったか話を──」
「出たわねシルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢!!」
絶対に勘違いしているシルヴィーナ様にどう答えるべきか悩んでいると、バッ!! と私を庇うようにティア=アークビー男爵令嬢が前に飛び出した。
しかも、なんか敵意が溢れ出ているんだけど、いや待って待って! こっちもこっちで勘違いしてそうなんだけどっ。
「アリアネさんを虐めるならわたしが相手になります!!」
「?」
ほらシルヴィーナ様不思議そうに首傾げちゃっているじゃん! シルヴィーナ様は私がティア=アークビーに何かして泣かせたんじゃないかって思っていたっぽいのに、泣いていたはずの相手から責められたら不思議に思うよね、うん!!
なぜか私と同じく知識を持っているっぽいティア=アークビーのほうは悪役令嬢からヒロインを守るつもりなんじゃないかな? 勘違いが重なりすぎだよう!!
「待って待って本当待ってよ!! ちょっと話を聞いて──」
「騒がしいな」
と。
割り込むようにその声は響いた。
今度は誰よ!? といった心地で振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
「げっ!?」
腰まで伸びた茶色の髪に思慮深さが滲む瞳を自作の視力増幅魔法道具である眼鏡で覆ったその男は、
「ジュリアンさまっ」
ジュリアン=ゾーンデッド。
宰相の息子、つまりはシルヴィーナ様の婚約者にして攻略対象の一人よ。
「随分と不穏な雰囲気だが、これはどういった状況だ? なぜティアが涙を流している? シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢よ、よもや僕の愛しいティアに手を出したというわけではないよな?」
「まったくの誤解ですが、それよりも──わたくしやアリアネちゃんであればまだなんとでもなりますが、スカーレット=ユースキュリア伯爵令嬢の目があるところで失言はやめてください。貴族としての責務をお忘れなきよう」
「これはこれは。シーカフィン公爵家の血を継ぐだけで僕と同じ領域で世界を見ることもできないくせに不相応にも婚約を結んできた女が偉そうに説教でもするつもりか?」
「当たり前のことを当たり前のように指摘しただけです。貴方の気持ちはどうであれ、婚約はすでに結ばれています。せめて人の目がある場所では取り繕うのも貴族の責務ですわよ」
「くだらない。僕は僕と同じ領域で世界を見ることができる相手しか認めはしない。シルヴィーナよ、どうせ僕の寵愛を受けるティアに嫉妬でもしているのだろうが、ティアに八つ当たりをするのは無様にもほどがあるだろうということにするのが適切か」
険悪にもほどがあるし、噛み合っていないにもほどがある。
真なる天才。
学問の分野であれば宰相の息子は他の追随を許さないのかもしれないけど、それ以外に関してはからっきしなんだから。
己が好いた相手以外には辛辣、ってのは、好かれているヒロイン目線であれば好ましく見えるのかもしれないけど、それ以外の目線から見ると『偏屈で厄介な変人』でしかない。まあ天才ってのはそういうものなのかもしれないけどさ。
「しかし、くっくっ。どうしたものかと考えていたが、やはり天才は世界に祝福されているようだ」
そこで。
宰相の息子はティア=アークビーを守るように移動してから、こう言い放ったのよ。
「シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢。とりあえずこの場は立ち去るがいい。これ以上の問答は不毛だろうからな」
「……そうですね」
そう言って、シルヴィーナ様は踵を返してその場を去っていった。
私は──本当は色々知っているティア=アークビーと話をするべきなんだろうけど、
「ごめん、また明日話を聞かせて!!」
「アリアネさん!?」
正しいことを言っているのに逃げるように立ち去るしかなかったシルヴィーナ様を放っておけず、追いかけるように走っていた。
ああもう。
なんで私はもっとうまく立ち回れなかったのよっ。そのせいでシルヴィーナ様を傷つけちゃったじゃん!!




