第十二話 ヒロインの座を奪いし女との邂逅
乙女ゲームにおける悪役令嬢とはヒロインの敵で、最後には国外追放とか死刑とかとにかく断罪されるもの。
じゃあ、どうしてそんなことになるのか。
決まっている。ヒロインの敵になったからよ。
無知で愛らしいティア=アークビー男爵令嬢が第二王子をはじめとして攻略対象たちとの仲を深めているように『何をするか』でヒロインだの悪役令嬢だのは変わってくるみたい。
乙女ゲームの中の『私』と違って公爵令嬢になった上にうまく立ち回れなかった私がヒロインになれず、乙女ゲームの中の『私』のように男爵令嬢という立場に収まった上にうまく立ち回ったティア=アークビーがヒロインのように振る舞っているように。
だったら、話は簡単よ。
公爵令嬢という立場、そして悪役令嬢のように立ち回ることさえできればシルヴィーナ様ではなくとも悪役令嬢のように振る舞うことはできる。
そもそも『現実の』シルヴィーナ様が乙女ゲームの中の悪役令嬢のようにヒロインに嫌がらせをするとは思えないけど、それもまた受け取り方次第。シルヴィーナ様が貴族としての品格を大事にしているのは乙女ゲームの中でも現実でも一緒なんだし、多少厳しく当たった途端に変なレッテルを貼られかねない。
それに……、
「ティア=アークビー男爵令嬢には『何か』がある」
第二王子たちと仲良くなるだけならまだわかる。希少スキルだろう乙女ゲームの知識によるとヒロインである私とだけしか仲良くならないといった強力な強制力がないのは私が男爵令嬢じゃなくて公爵令嬢になっていることからも明らかなんだから、私以外に好意を向けるのも不思議なことじゃない。
だけど、乙女ゲームの中の『私』──ヒロインそのものの言動や行動をなぞって、乙女ゲームの中のイベントそのものの日常をティア=アークビー男爵令嬢は送っている。
そんなの、警戒しないほうがおかしい。
それこそ私と同じような知識がある……ってのは希少スキル特有の気配がしないらしいからあり得ないんだろうけど、とにかく『何か』があるはず。
希少スキルのような『何か』。
それがヒロインのように振る舞うことと関連性があるとするならば──乙女ゲームをなぞるように悪役令嬢たるシルヴィーナ様を倒してハッピーエンドを掴む、なんてことになるかもしれない。
だとしたら。
同じ公爵令嬢である私が悪役令嬢らしく振る舞ってシルヴィーナ様から悪役令嬢という属性を奪えばシルヴィーナ様を守ることができるし、その上で断罪されないよう立ち回るのは乙女ゲームの知識を持つ私にしかできない。
まだ起こってもいない未来に怯えて、わざわざ自分から罪を背負いにいくのは無意味なことかもしれない。なまじ知識があるがための穿ちすぎた考えであり、放っておいてもシルヴィーナ様は悪役令嬢にならないかもしれない。
だけど、万が一にでも可能性があるなら取り除きたい。後になってシルヴィーナ様が悪役令嬢なんてふざけた枠組みに入れられ、断罪されるのを見ているだけなんて結末は絶対に嫌だ。
ヒロインになるよりも、攻略対象と結ばれるよりも、私はシルヴィーナ様が笑っている未来が欲しい。
乙女ゲームの知識を持つ私にしかできないことがある。その行動が単なる空回りであるならそれでもいい。最終的に望む未来が手に入るのならばなんだって構わないんだから。
だから、『お話』するべきだと私を利用する気満々な、ええと、誰さんだっけ? とにかく何ちゃら令嬢たちに私が呼んでいるとティア=アークビー男爵令嬢に伝えてもらっている(同席するつもりはないってのが本当令嬢ってのはお腹の中真っ暗だよねえ)。
だから、私は放課後に人気のない校舎裏でティア=アークビー男爵令嬢を待っていて。
だから、きめ細かい銀の髪に深緑の瞳の守ってあげたくなるような可愛い令嬢──聞いてはいたけど実物は息が漏れるくらい、それこそ攻略対象たちが骨抜きになるのも納得な少女がやってきた。
瞬間。
ティア=アークビー男爵令嬢の瞳から涙が溢れ出たのよ。
「貴女が最近噂の、ってええ!? いや、あの、なんで泣いちゃっているのお!?」
せっかく悪役令嬢らしく表情つくって、乙女ゲームそのままのセリフを紡ごうとしていたのに全部吹っ飛んじゃったよ!!
「ご、ごめんなさっ、ひくっ、だって、ううっ!」
顔を両手で覆って、私の顔を見た瞬間泣き出した彼女はこう続けたのよ。
「ヒロインには会えないと諦めていたから……っ!!」
「ッ!? 待って、待って待って!! 今なんと言いました!?」
「ひうう、ぐじゅ、うわああああん!!」
「なんと言ったって聞いているのよお!!」
ああもう泣きたいのはこっちのほうよ!
予想外の出来事が連続していてもう訳がわからないよお!!
ーーー☆ーーー
シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢は非の打ち所がない社交場の華である。
優秀なのはもちろん金の縦ロールに赤き瞳の戦女神のごとき凛々しい顔に整ったプロポーション、頭の先から爪先まで優雅な彼女が最近になって宰相の息子との婚約が決まったのは有名な話だった。
婚約者とあまり仲が良くない、と。
有名であるがためにその手の話もすぐに広まるものだったが。
とはいえ当のシルヴィーナは許容範囲だと冷静に受け止めていた。
(アリアネちゃんはどこですかーっと)
というか、頭の中は妹のことでいっぱいだった。
(ああ、幸せです。あんなに可愛い妹ができるだなんてわたくしは恵まれに恵まれています)
シーカフィン公爵家の長女として生を受けて、尊敬する両親や兄に囲まれて何不自由ない生活を送ることができているだけでも十分すぎるというのに、アリアネという心惹かれる妹までできたのだ。
これだけ幸せであれば、多少の不幸は許容するべきだ。好きでもない相手との婚約くらい貴族の責務だと納得しなければ、それこそ贅沢にして横暴だろう。
(……、アリアネちゃんと一緒に暮らすことができるのは残りわずか。だからこそ、悔いのないようやりたいことは全部やってやります!!)
ーーー☆ーーー
真っ赤なドレスを好む活発な令嬢は踊るように歩を進めていた。
スカーレット=ユースキュリア伯爵令嬢。
アリアネ『様』を探して学園内を彷徨う彼女の瞳には蕩けるような熱が浮かんでいた。
(本当は隠すつもりだったでしょうに……)
活発な性格も嘘ではない。
だが、その奥に揺蕩うものもまた紛れもなくスカーレット=ユースキュリア伯爵令嬢の本音だった。
可憐な女の子には乱暴に扱ってほしい、というその本音が一般的なものではなく、忌避されることはわかっていたから隠すつもりだったのだ。
しかし、だ。
(我慢できずに本音が溢れても、アリアネ様は困惑しつつも拒絶はしなかったでしょう。そんなの、ふうぅっ、嬉しいに決まっているでしょう!!)
アリアネ=シーカフィン公爵令嬢を一目見て惹かれた。だからこそ本音を隠してでもそばにいたいと望んでいて、まさか本音を晒しても変わらずそばに置いてもらえるとは思ってなかった。
そんなに寛大だと、勘違いしそうになる。
こんな自分でもアリアネ『様』の近くに、そう、より近くまで歩み寄ってもいいのではと。
(あんなにも愛くるしく、それでいて寛大。あふ、あふあっ、そんなの奇跡でしょう! ぜひっ是非にこれからももっとずっと激しく私を扱ってでしょう!!)
人を好きになるのに外見よりも中身が大事という定説がある。
だが、外見だって大事だろう。
実際に会話を交わす前から顔だけで好ましく思うかどうか判断するのも珍しくはない。
その第一印象が相手の中身を知ることで変化するというだけであって。
「アリアネ様ぁっ! もっと、もっともっと貴女様のことが知りたいでしょうよ!!」
とはいえ──スカーレットは確信していた。
この想いは燃え上がることはあっても鎮火するような変化をすることはないと。




