第十話 アークビー男爵令嬢
ティア=アークビー男爵令嬢。
きめ細かい銀の髪に深緑の瞳の守ってあげたくなるような可愛い令嬢らしい。
乙女ゲームにおける『私』を引き取ったアークビー男爵家にはゲーム内でもそこまで焦点が当たっていないから詳しいことはわからない。
わかっているのは乙女ゲームにおいて子供に恵まれなかったこと、そして希少スキル持ちだった『私』を養子として迎え入れたということだけ。
ティア=アークビー男爵令嬢の場合は希少スキル持ちではないらしく、それでも乙女ゲームと同じく子供に恵まれなかったアークビー男爵家はティアを養子として迎え入れて──本来『私』が入るはずだった枠に入ったという。
それだけなら別にいい。私はアークビー男爵家の養子になりたかったわけではないのだから、その枠に他の誰かが収まることを糾弾するつもりはない。
だけど。
アークビー男爵令嬢という立場、そして平民として育ったから無知なのは当然だと言わんばかりに第二王子へと遠慮なく接するという『攻略』。
そう、気がつけば乙女ゲームの中の『私』のようにティア=アークビー男爵令嬢が第二王子との仲を深めていた。それこそヒロインのように。
「はっ、はひっ、はふう」
ちなみにティア=アークビー男爵令嬢に関しての情報はスカーレットに──つまりはユースキュリア伯爵家に調べてもらった結果だったりする。
シーカフィン公爵家の力を借りたほうが効果的だったんだろうけど、下手にアークビー男爵令嬢と関わりができるきっかけを与えたくなかった。
だけど、本当にこれでいいのかな?
わからない。乙女ゲームの知識という未来予知からは逸れまくっている以上、私の頭じゃ最善なんてわからない。
どうすれば。
なんでこんなことになっているのよ。
「もっと、アリアネ様ぁっ。もっと体重をかけてでしょう!!」
「…………、」
無視するのにも限度はあるよね、うん。
私は答えなんて出るわけもない問題からひとまず逃避するように首を横に振って、無視してきた声に意識を向ける。
音源は下、正確にはお尻の下から。
誰の声だって? アークビー男爵令嬢周りを調べる報酬として『こうして欲しい』と頼んだスカーレットのものよ。
四つん這いになったスカーレットの上に私が腰掛けている形ね。……人気のない校舎裏とはいえ、私はなんで友達の上に腰掛けているんだろう?
「はひっ、はふっ、はぁうあっ!! アリアネ様ぁっ!!」
ああもう。
ほんの少し前までは『平民だったくせに公爵家の養子になった』悪い意味で目立つ存在だった私に損得勘定関係なしに話しかけてくれる活発令嬢さんだったはずなのに、気がついたら尻に敷かれて喜ぶ変態令嬢さんに早変わりしちゃっているよお!!
「はぁ」
いやまあスカーレットがこれでいいってんなら別にいいんだけど、公爵家の関係者以外で素を出せる唯一の友人が責められて喜ぶ変態さんってちょっとばかり高度過ぎないかなぁ?
「ああっ、アリアネ様今のいいでしょうっ。ため息、はうあっ、是非に私を蔑んでくださいでしょう!!」
「もお! なんでこんなことになっているのよお!!」
うがーっと頭を抱えた時に体重がかかったのか、お尻の下のスカーレットはなんか喜んでいた。友達が喜んでくれるならまあいい……いい、うん、いいんだよね?
うおう。
頭がこんがらがってきた。
ーーー☆ーーー
『お前は僕と同じ領域で世界を見ることができているか?』
それはまだギリス=シーカフィンが学園に通っていた頃の話である。
騎士団長の息子には剣の腕で、第二王子には魔法で及ばないにしても、総合的な『戦力』で言えば学園始まって以来の神童とまで呼ばれていたギリスへと宰相の息子はそう声をかけてきたのだ。
魔法学を飛躍的に発展させた天才でありながら、自身は魔力をほとんど持ち合わせていないあべこべなその男は魔法学に限った話でなく、理論を見極める点において破格の天才だった。
例えば希少スキル。
魔力の波動を計測する道具を組み上げた宰相の息子は魔力の源が人間の臓器や血といった現実的に観測可能なところにではなく、薄皮一枚挟んだ『向こう側』にあることを発見。そこから魔力の源を魂魄や精神のような何か──便宜上、魂と仮定した。
そこから希少スキル持ちの魔力には普通の人間と違って濁りがあること、その濁りが異なる魔力が混ざる反発から発せられる気配であることを証明し、希少スキル持ちとは魂(と便宜上呼んでいる魔力の源)が何らかの原因で混ざり、普通の人間では持ち得ない力を発現させたことを仮説と立てていた。
未だ不透明な部分があるからと世間に発表せず、世間話で口にする話題でさえも世界の常識を一変させかねないものなのだ。
自分と他の人間では見ている世界が違うと言わんばかりの態度も当然のことなのかもしれない。
「魔力が混ざると、か」
ふと学園に在学中に語らった希代の天才のことを思い出したギリスはそう呟いていた。
希少スキル、その『根幹』。
魔法とはまるで異なる力について、ギリスは思考を巡らせる。




