第九話 友達
学園に編入して一ヶ月。
攻略対象との仲に特に進展はなかった。
「……、あっれー?」
あれよあれよという間にシルヴィーナ様の膝の上に乗せられ、クッキーを食べさせてもらっている私は首を傾げていた。
第二王子とは顔を合わせた。元平民らしく気さくに接してフラグを立てるつもりだったんだけど、公爵家の養子として引き取られた私に向こうから第二王子だと自己紹介してきたのよね。
もうバグにもほどがある。
第二王子の正体を知るという終盤の展開を雑に処理されてしまったせいで、ルートも何もあったものじゃなくなっていた。
だって、これじゃあ無知ゆえに気さくに接していましたってのが使えなくなる。
無知ゆえにってところが攻略の要になっていて、展開にも大きく関わっているってのに。
初っ端から躓いたせいでどう軌道修正すればいいかわからなくなって、気がつけば一ヶ月が経っていたのよ。
うーむ、乙女ゲームの舞台である学園に通っているのにシルヴィーナ様との日々しか記憶に残っていない。攻略がこれっぽっちも進んでないよう!!
「アリアネちゃん、どうかしましたか?」
「ええと……とりあえずなんで私はシルヴィーナ様の膝の上で餌付けのようにクッキー食べさせられているの?」
「わたくしがそうしたいからです!!」
「ちょっとは誤魔化す努力をしても良くない!?」
まあ最初からして『おねえちゃん』と呼んで云々と言ってきたくらいだしね。うん、シルヴィーナ様は最初から欲望に忠実だった。
「嫌、ですか?」
ふと。
弱々しくそう言われては、困ってしまう。
「べっ、別に嫌ってわけじゃないけど」
「そうですかっ。でしたら構わないですよね!?」
まったく、さっきの弱々しい声音は演技だったんじゃないかと思うくらいコロッと元気になっちゃってさ。まあシルヴィーナ様が喜んでいるなら何でもいいんだけど。
「アリアネちゃん、はいあーんっ!」
「はいはい、あーん」
もぐもぐ。
くそう、シルヴィーナ様から食べさせてもらったほうが美味しく感じるなんて、私も毒されているなぁ。
ーーー☆ーーー
社交場の縮図とも呼ばれているだけだって学園での生活は笑顔で互いに探り合うのが日常だった。
自分にとって利益になるかどうかで人付き合いが決まり、どこもかしこも『貴族の作法』が飛び交う息苦しいものだったのよ。
──乙女ゲームの知識の中の『私』視点だと全体的にのほほんとしていたけど、まあ現実的に考えて社交場の縮図がのほほんとしているわけないものね! しかも私は『一年前まで平民だった公爵家の養子』というある意味注目されちゃう立場だしね!!
だけど、
「アリアネ様、ご機嫌ようでしょう!!」
「ご機嫌よう」
そんな中でも彼女だけは元気いっぱいで、少なくとも笑顔で取り入って私を利用しようとする気には見えなかった。
いつも真っ赤なドレスを着ている、ツインテールの活発な彼女の名はスカーレット=ユースキュリア伯爵令嬢。
シルヴィーナ様からも安全だというお墨付きをもらっているので、学園では大体彼女と話すことが多い。
まあ周囲の目もあるし、公爵家に迷惑かけたくないのでスカーレットの前でも素を出すのは控えているけど。
ちなみにスカーレットと仲良くなったのは筆記の試験で上位に食い込んだ私にご教授願いたいと声をかけてきたのがきっかけだった。
魔法学の実技で私の魔法を見て『初級、それも詠唱破棄であれほどの威力でしょうか!?』と令嬢にしては元気いっぱいに驚いている人がいるなぁって思ってはいたんだけど、まさか私に教えを請う人が現れるとは思ってもみなかった。
筆記においては学園での試験くらい満点を取らないと話にならないと家庭教師の人たちに言われていたし、魔法学の実技に関しては一般的な話であれば凄いほうなんだろうけどシルヴィーナ様やギリス様の足元にも及ばないから貴族ならこれくらい当然なんだろうと思っていたしね。
……そういえば知識にしろ技術にしろここ一年で身についたものって言ったらえらく驚いて、天才だの尊敬するだの隷属したいだの大袈裟に反応していたっけ。シルヴィーナ様に比べたら私なんて全然なのにさ。
とにかく、あれよ。
頼られるのは悪い気がしなかったから家庭教師の人たちを真似てスカーレットの勉強を見てあげているうちに仲を深めていったってわけ。それこそ自己紹介しただけの第二王子よりも仲良くなっちゃっているんだよね。
あれえ?
これじゃスカーレットを攻略しているみたいじゃん。
いやまあ女同士で攻略も何もあったものじゃないけどねっ。
「そうそう、聞いたでしょうかアリアネ様っ。最近、男爵令嬢が第二王子相手に馴れ馴れしく話しかけているのが問題になっているみたいでしょう」
…………。
…………、ん?
あれ、今、え!?
「スカーレットっ。今なんと言いました!?」
「はっはひゅ!?」
「なんと言ったって聞いているのよ!!」
思わずスカーレットの両肩を掴んで、素を丸出しにして声を荒げていた。
幸運なことに周囲には誰もいなかったとはいえ、頭の片隅でやっちゃったという気持ちがなかったわけじゃない。だけどそれ以上に焦りがあった。
第二王子の攻略法は、だって、そんなの!
「そ、その、男爵令嬢でありながら第二王子に馴れ馴れしく話しかけている人がいるのでしょう。確か、ティア=アークビー男爵令嬢という方だったでしょうか」
「……ッ!?」
ティアという名に覚えはない。
だけど、アークビー男爵令嬢? それは本来乙女ゲームにおいて子供に恵まれないからと希少スキル持ちのヒロインである『私』を引き取った家だったはずよ。
「あ、アリアネ様、肩……」
「あ、ごめんねスカーレットっ」
「ちが……はっ、ひぅ、ハァハァ……」
どことなくスカーレットの息が荒くて顔が赤かった。
いきなり声を荒げてきたのに怒っているんだろう、と思っていたんだけど、
「もっと、強くでしょう……」
「え?」
「もっと強く、激しく、なんなら罵ってくれてもいいでしょう!!」
「あれ、あれれ!?」
どうしたのスカーレット!?
貴女そんな性格だったっけ!?
「ああ、ああっ。アリアネ様に迫られるなんて、はっ、あふう。普段のアリアネ様もいいけど強引なのもいい、いいでしょう!! アリアネ様っ。是非、是非に私を熱く、強引に、責めてくださいでしょう!!」
「いや、あの、スカーレット!?」
元気いっぱいなご令嬢がどこか甘く表情を蕩けさせていた。だけど、どこにそんな表情するようなことがあったのかな!? 待って待ってちょっと待って!
なんで。
なんでそんなに喜んでいるんだよう!!
「アリアネ様ぁーっ!!」
「うわあんスカーレットがバグったよお!!」
学園に編入して一ヶ月。
心許せる友達は素顔を晒しても気にしないどころか喜んでくれる人だった。
ものは言いようだねっ。




