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第一話 悪役令嬢のおねえちゃん

 


 私、アリアネは『ヒロイン』である。


 なのに、なぜ奴隷として両親に売り払われているのだろうか。



 非合法の奴隷商人の馬車に揺られながら、一般的な外見の両親と違って薄い赤髪に黄金の瞳の珍しい色合いの私の脳裏に浮かぶのは自分がヒロインであるという知識だった。


 乙女ゲームという、この世界と酷似した娯楽の知識。未来予知にも似たこれは希少スキルの一種なのかも。


 だけど、もう、どうでもいい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから。


 十三年もの間、私はいつかヒーローと結ばれて人生一発逆転するのだと、そのことだけを頼りに事故死するはずの両親から怒鳴られ、殴られるのも耐えてきたのよ。


 だけど、現実はゲームとは違った。

 こんな知識、何の頼りにもならなかった。


 ……あるいは希少スキルでも何でもなく、悲惨な現実から目を逸らすための願望だったのかもしれない。


 だとしたら、はは。なんて無様なんだろう。自分はヒロインなのだと、ヒーローに選ばれて薔薇色のハッピーエンドを迎えられるのだと、とんだお花畑な考えだよ。


 だから。

 だから。

 だから。



 ゴッッッ!!!! と。

 奴隷となった私を運んでいた馬車が凄まじい轟音と共に粉砕されたのよ。



 器用に私のような奴隷扱いの商品を避けて、私を買った奴隷商人がいた場所だけが綺麗に吹き飛んでいた。


 代わりというように現れた漆黒のドレス姿の女の人に奴隷商人の仲間であるゴロツキたちが襲いかかるが、腕の一振りで炸裂した魔法の烈風で纏めて薙ぎ払われる。


 ゴロツキたちだってこのような商売を続けてこられたくらいにはそれなりの場数を踏んでいるだろうに、お構いなしなほどに圧倒的に。


 じろり、と。

 真っ赤に染まって呻く奴隷商人を冷たく見据えて、女の人はこう言い放った。


「シーカフィン公爵家が王より賜った領内において随分と好き勝手やってくれたようですわね」


 戦女神、という単語が浮かぶ。

 それくらい格好いい女の人だった。


 金色の縦ロールを靡かせ、赤き瞳で冷徹に奴隷商人を見据える彼女からは風格というものが滲み出ていた。それこそ思わず畏まってしまうような、そう、従うのが当然だと思わせるほどに。


 私は、知っている。

 見たことないのに、彼女のことを知識として知っているのよ。


「が、ばう……ッ!? て、てめえ、何者だ!?」


 奴隷商人の問いに。

 金の縦ロールに赤き瞳の女の人はこう答えた。



「シルヴィーナ=シーカフィン。王より賜りしこの地を管理するシーカフィン公爵家の人間ですわよ」



 そして、乙女ゲームにおいてヒロインの障害となる悪役令嬢。それがシルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢なのよ。



 ーーー☆ーーー



 私はだらだらと額に脂汗を滲ませていた。


 乙女ゲームの知識とやらでは男爵家に拾われて、そのまま貴族が通う学園に放り込まれて、なんだかんだあって王子様や騎士団長の息子といった攻略対象と仲を深める……らしい。


 奴隷商人に売られるだの、知識にはないことが起こったからもしかして希少スキルでも何でもなく単なる妄想だったのかも? と思っていた時にまさかの悪役令嬢そのままの女の人が現れた。


 シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢。

 直接見たこともない女の人の顔だの名前だのが知識として頭の中にある以上、少なくとも単なる妄想ではあり得ず、つまりは一発逆転の人生薔薇色ハッピーエンドを迎えられる可能性だってまだ残されている! ……んだけど、さ。


『この魔力反応、希少スキル持ちか。これも天命かもしれんな。アリアネ、貴様を我がシーカフィン家の養子として迎えてやろうぞ』という厳つい当主様の決定で今日からシーカフィン公爵家の養子になっちゃいました☆


 ……、なんでそうなった!?


 あ、あれ、両親が事故で死んだ後ヒロインが子宝に恵まれなかった男爵家の養子として引き取られて、男爵令嬢として学園に通うってのはどのルートでも共通で、だけど私が拾われたのは公爵家で、あれえ?


 ちょっとどうなっているのよ私の知識!? シルヴィーナ=シーカフィン公爵令嬢という悪役令嬢そのものの女の人が存在する以上、全くの出鱈目ってわけではないんだろうけど、色々とバグりすぎじゃない!?


 いや、それもだけど、それよりも、よ!


「…………、」


 今私の目の前にはシルヴィーナ様がいます。真っ向から見つめ合っちゃってます。自己紹介終えてからずっと無言でね!


 しかも二人きりだよ超気まずいっ!!


「え、えーっと、シルヴィーナ様……」


「は?」


 ひゅっ、と喉が鳴る。

 冷徹な、反射的にひれ伏しちゃうほどの圧が噴き出したからよ。


 そ、そうよね。

 シルヴィーナ様からしたら、奴隷として売られそうになっていた薄汚い平民がいきなり公爵家の一員になったのよ。年齢的に向こうのほうが一つ上だから、形式上私は妹なのだろうけど、こんな何の学もない妹がぽっと湧いてきたって不愉快に決まっている。


 乙女ゲームにおいても彼女は貴族としての品位を大切にしていて、だからこそ元平民にして男爵家に拾われただけの貴族らしくない女を敵視していたみたいだしね。


 ああ、参った。

 学園に通う前から、そう、攻略対象という味方がいないうちから悪役令嬢に虐げられ──



「貴女は公爵家の養子として迎えられたのでしょう? ならばわたくしのことは『おねえちゃん』と呼んでもよろしくてよ!!」



 …………。

 …………。

 …………、ハッ!? え、あの、なんだって?


「お、ねえ……ちゃん、ですか?」


「そう畏まることはありません。貴女らしく話してくれて構いませんよ」


 いや、だって、その、悪役令嬢さん!?


「そうは言われましても……」


「アリアネちゃん。いきなりの環境の変化に戸惑うのは当然でしょう。ですが、ですがですよっ。正直に言って、わたくし妹というものが欲しかったのです!!」


「は、はあ」


「ですから、アリアネちゃんさえよろしければわたくしのことは是非に『おねえちゃん』と呼んでほしいのです!!」


 うん、私は確信した。

 やっぱり現実はゲームとは違うね!!

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