ゆるゆると手折る
ランチに誘われると、結婚式でした。
翌日、彼の車で新婚旅行へ出掛けたのですが…温泉旅館へ向かいました。
露天風呂付客室で、料理も運ばれるそうですが部屋に娯楽が何も無い!
テレビもない、スマホは没収されてしまいました。
大きなスーツケースが2つ。着替えは彼が準備してくれました。
「10日くらいしかないけど、ゆっくりしようね」
彼が優しく笑いながら頭を撫でながら、一緒に部屋を探検してみた。
客間は広く、フローリングに食事用のテーブルと椅子と別ソファがあって、1段高くなった座敷。縁側から見える日本庭園には東屋もあって、露天風呂は2人では広すぎて泳げそう。
いくらするんだろう…そこに10日も?値段は聞かないでおこう。
ゆっくりって、娯楽もないのに…2人っきりなんて、どうしよう。
ワナワナしてると、彼は縁側のソファで本を読もうとしていた。
「暇すぎる?あっちに置いたよ」
クスっと笑って座敷の方を指指してくれた。
座敷のテーブルには、筆記具にノート、折り紙、スケッチブックに色鉛筆と数冊の本があった。
チェックインしてから夕食まで、まだ時間もたっぷりある。
暇つぶしがてら、すごろくを作る事にした。
外が暗くなる頃、夕食が運ばれてくる。仲居さんが料理と食べ方の説明をしてくれた。並んだ豪華な食事は、偏食な私でも食べれるものばかり。
いつもなら豪華な和食なんて食べられる料理が少ないから苦手だった。
「おいしい?」
「うん」
おいしすぎて、食べすぎてしまった…。
食事を済ませた後、ソファに並んで座ってまったりする。
「そういえば、何作ってるの?」
「すごろく」
「へぇ、楽しみにしてるね」
すごろくはすぐに進めないようにしたり、立体にしたりと凝っていた。
「お風呂行こうか」
えっ?手を繋がれで露天風呂へ向かう。
「一緒に?」
「そのために、部屋に付いてるんだよ?」
ダメだ…拒否権はない。諦めて、服を脱いで体を洗って湯船に浸かった。
星が降ってくるように沢山見えた。
「これじゃ、星座わかんないね」
「えっとね…」
後ろから抱きしめられて、彼に凭れるような体制にされて一緒に星を見ながら星座を説明してくれるけど、この体制が恥ずかしくてせっかくの説明は全く頭に入って来ないんですけどぉ?嬉しそうに話してる横顔を見てると恥ずかしいのが申し訳ない気がしてきた。
「よし、温まったしあがろっか」
そのまま体が浮いて横抱きにされて湯船から出てタオルを渡された。
自分で浴衣を着ようとしても丈が長くてうまく行かない。
「横に手を広げて?」
この人出来ない事ってあるのかな?キレイに浴衣を着せてもらった。
「ありがと」
「頭乾かさないと、風邪引くよ?」
ドライヤーを手に部屋に戻ると、彼の前に座らさられてドライヤーをかけてもらうと気持ち良くて眠くなってくる。
「こっち向いて?」
彼の方へ向かされてウトウトしながらそのままドライヤーの音だけ聞こえてたけど睡魔には勝てなかった。
目が覚めると、寝室のベットに寝かされてるのに、彼は居ない。
そっとカーテンを開けると夜明け前の空が見えた。
客間の戸を開けると彼はパソコンを広げて操作をしてる。
暇な訳がない。本当は忙しいハズなのも知ってる。自分の仕事もキッチリ済ませ睡眠時間まで削ってまで時間を沢山いつも作ってくれる。
一区切りついたらしく、そのまま私の作りかけのすごろくを見つけて
クスクス笑いながら未完成のすごろくを1人で勝手に遊び始めた。
マスに書いてある事を笑いながらもちゃんとやってから進んでくれた。
マスの続きが無くなるまで遊んだ後で、色んな角度から写真を撮って、
仕事道具をしまい始めたので慌てて、ベットに入って寝たフリをしたけど待っても彼は戻って来ない。
気になって客間を覗こうとして寝室の戸を開けようとすると、さっきは軽い力で開いたのに開かない。
「あれ?んんっ」
何度か、開けようとするがびくともしない。
開けるのを諦めると、扉が開いて彼が現れた。
「おはよ」
「おはよ…」
聞いてもはぐらかされる事は聞かない。代わりに笑って返した。
「早起きしたし、温泉といえば、朝風呂でしょ!」
「え?」
結局、一緒にまた風呂へ行く事になってしまった。
いつもお風呂とかとても早くあがってくるのに。
湯船に浸かるとまた捕まえられてしまう。
「ちょっと深いよね」
チビの私には湯船が深くて中腰になってる事に気付いてくれてた。
浮力があるし、いつもの事なので気にしてないんだけど。
ちょっとした事でも困ってないのに気付いてくれる。
「すごろく面白くて…大人しく出来ないマス多くて起こしちゃった?」
「ホント?」
「ティシュ吹いてテーブル1周とか結構しんどいよ?やってみた?」
首を振りながらちゃんとやってくれてたのを思い出して笑ってしまった。
「ホントはね、あんまり眠れなくて…」
「え?寝てないの?大丈夫?どっか辛い?」
「大丈夫」
「それでお仕事してたの?」
「メールは確認しておかないとね…それくらいだよ?」
「でも…」
あのね、と寝れない理由を耳元で言われ恥ずかしさで死ぬかと思った。
風呂上がりに自販機でコーヒー牛乳を買って庭を眺めながら飲んでると仲居さん達がやってきてお膳を持ってきてくれた。
「おはようございます」
「今日は部屋そのままでお願いします」
「畏まりました、ベットだけシーツ変えますね」
新しい浴衣やゴミとか簡単にキレイにしてくれてる間に食事は食べ終わる。
お膳を下げてもらって、また静かになった。
彼を寝かさなきゃと思うけど、どうしたら良いんだろう?
色々考えたけど、寝れないのに寝ろって言われて私なら余計寝れない。
本当は眠いんだし、お腹も満たされてるし静かにしてればきっと眠くなる。
ソファで本を読む彼の横に少し離れてすごろくの続きを作る。
すごろくは完成させて一息いれようとお茶を入れるために顔を上げた。
本を読んでた彼はいつの間にか眠ってる。
ゆっくり近寄って、本人栞を挟んで閉じ、置いてメガネをそっと外してテーブルへ置いたけど起きない。
家から彼が持ってきてくれた膝掛けを掛けて隣にくっついて座った。
思えば…あの日もう一度再会して知らない人の家に着いて行き3日も泊まってる間に、彼と住む事を約束してそこから1ヶ月位で全部片付けて親同士の挨拶も済ませて引越をした。引越てから感謝することばかり。
彼の家族も友達もその彼女さんや奥さんもとっても優しくしてくれる。
こんなに優しくしてもらった事がなくて、最初は戸惑ってばかりだった。
幼い頃から、自分だけ許される事が限られていた。
何かすると指摘されるのでその度に直すのに、真逆に直せと言われたり
八つ当たりも裏切られるのも当たり前。抗う事は許されない。
どうしてされるのかわからないし、知らない人からも理不尽な事をされる。
周りの人にはしないのに、私はそれをされるために存在してる。
萎縮すればイラつかれ、笑顔でいるとムカつくと言われ…
どうしたら良いのかわからないけど痛くても辛くても笑顔でいようとした。
誰に相談しても、私が悪い。努力が足りないと言われた。
努力はした。だけど、貫くだけの気力はなくて、やったら何かまた言われると思うと怖くて何も出来ないのに、やらなきゃいけない。
友達が居ない訳じゃない、そんな人ばかりじゃないのもわかってる。
だけど、怖くて…何もしたくない。
彼と一緒に居るとそんな不安は全く起きなかった。
居心地が良すぎて、いつか裏切られるかもしれない覚悟はあった。
だから、プロポーズを彼がしてくれる度に怖くて逃げた。
十分幸せだから、壊れそうな気がしてどうしても返事が出来なかった。
本当は嬉しくて自分なんかで良いのかと聞きたかったけど、怖かった。
沢山、傷付けたのに…逃げ回ってたら結婚式に連れてこられてた。
それが一昨日の事だ。
あの日…友達があなたを陥れようとしてるのを止めさせたくて呼び出したのに遅かった。
もっと早くしてれば、命を落とす事を選ばなかったかもしれない。
あなたも傷付かず目の前で人の命が消える所を見なくて済んだのに。
あなたは陥れられてても友達を好きだったから止めさせようとしてたよね?
道に迷ってた私を行きたくなかったその場所まで連れてきてくれて、悔しくて悲して…泣いてる私を慰めてくれた時は、あなたが友達の彼だと知ったのは友達のお葬式で友達の親があなたの事を探してて写真を見て気付いた。
謝りたくても、もう逢えないと思った。
それなのに、趣味で始めた生放送をまさか聞いてくれてた。
もう逢えないと思ったのに、また助けて貰った。
ハンカチを返して、お別れするハズだったのに…離れたくなかった。
彼にくっつくのを自分からするのは彼が寝てる時だけ。
時々、熟睡して起きない時にだけこっそり日頃の感謝と懺悔をした。
彼が自分の方へ傾いてきたのでゆっくりと体を横にして頭を膝に乗せた。
あとどれくらい寝るのかわからないけど。
クシャっと髪の毛を触ったら、柔らかくてずっと撫でてたい。
いつもは夜だし、暗いからちゃんと寝顔見たのは初めてだった。
彼から顔が近寄ってきた時は、恥ずかしくて直視した事が余りない。
何故こんなハイスペックな人が自分を選んだんだろう?
彼のお友達もその彼女さんや奥さんもやっぱりスゴい人だらけ。
ここに自分も混ぜて貰ってるのが不思議で、場違いで申し訳ない。
身なりだけじゃなく中身まで素敵な人達だらけ…。
彼の家庭は複雑だけど、仲良しだった。
ただ…口を揃えて『どこが良いの?』って質問を毎度された。
顔も良くて、地位もあって…華やかとしか言いようがないんだからそりゃそれなりに遊んでたんだろうなぁって印象があるとは言えないけど。
きっと歴代の彼女の中で、華もなく残念でしかないんだろうな。
飽きもせず、彼の髪の毛をすきながら頭を頭を撫でてると朝早く起きた自分も眠くなってしまった。
途中ウトウトしたけど、彼はそのまま眠ってるまま。
調子が悪いのかもしれないと思い、額に手を当てたけど熱くない。
きっととっても疲れてるんだろう。そのまま寝かせた。
空が赤くなって来た頃、やっと彼は起きた。
「ずっとしてくれてたの?」
「おはょ…」
「ここ、気持ち良い」
彼の身体の方へ自分の頭を倒してみたら頭を撫でてくれる。
浴衣の間に彼の手が伸びてくるが、もうすぐ夕食なのに。
「仲居さんが…来ちゃ…んっ」
「ちょっとだけ…」
露天風呂まで私を横抱きにして彼は移動して、浴衣を脱がされキレイに身体を洗ってくれたけど、その間にクタクタにさせられて自分で歩けなくされてしまい、そのまま彼にしがみついて客間へ戻ると料理が並んでいた。
「あら、奥様大丈夫ですか?」
「のぼせたみたいで」
歩けないだけで、箸くらい持てる。向かい合って食事を終えた頃、仲居さんがワインとおつまみを用意してくれた。
「今日のお礼」
注がれたワインからは泡が…1口飲んでわかった、これシャンパンだ!
「ワインなら飲めるでしょ?」
「おいしい」
頭をクシャクシャ撫でながら彼はニコッと笑う。
「2人だけで飲んだ事なかったね」
「いつもはお茶かコーヒーだね」
「あ!完成した?」
「したよ?」
ワインを飲みながらすごろくを楽しみながら大笑いしていた。
私は呆気なくゴールしたが、彼はかなり遅れてゴールした。
「あー、やっとだよ」
「全部のマス止まったんじゃない?」
「罰ゲーム的なトコね、全部やったよ」
すごろくを彼が片付けてくれて、そのまま2人で話をしながら飲んだ。
起きたら彼の腕の中に居たが、浴衣も下着も着てない事に気付いて恥ずかしくなってモゾモゾすると余計に彼に触れられてしまう。
「二日酔いなってない?」
「大丈夫」
「はぁ…結構飲ませたのに」
「へ?」
「ごはん食べたら、出掛けるよ」
朝食の後に、身支度を済ませて出掛けた。
「その色も似合う、可愛い」
旅行の着替えは全て彼が準備してくれてたが、どれも自分では選ばない色や形、触感から絶対高いのもわかる。
車で1時間位移動して観光がてらその辺を巡った。
彼が買い物をしてる間に1人でベンチに座ってると知らない男性2人が近寄ってきて話し掛けられた。
「待ち合わせ?」
「は、はぁ…」
「良かったら一緒に観光しない?」
「大丈夫、奢るから。カラオケとか好き?」
「ま、間に合って…」
「あ、いや…用事思い出した。またねっ」
何故か真っ青になって男性2人は居なくなった。
ほどなく、彼が戻ってきて並んで一緒にアイスを食べた。
夕食の時間になっても旅館へ戻らず、車はどこかへ向かっていた。
「ここ、有名なんだって」
ラーメンと餃子を食べて旅館へ戻る車の中は小さめの音で彼の好みの曲が流れてていた。
「今日、何回か声掛けられてたっぽいけど…」
「そう、今まで無かったのに」
思い出すとゾッとしてきた。
「無かったの?」
急に路肩に車を停車させて、聞かれ。彼は大声で驚いた後でホッとした顔をひて頭を撫でてくれた。
「な…ないよ?」
「そっか…後で詳しく聞かせてね?」
停車した車は旅館へ走り出した。
「え?付き合ってた頃の事?」
「うん、俺も言うし…覚えてる範囲で」
買ってきたお酒やツマミが並んで今夜も飲むつもりらしい。
お風呂に入って、ホカホカでお酒を飲むのはとてもおいしい。
「だよねぇ」
「仲良かった男の子とか居た?」
結局、私の事ばかりになってる気がする。
彼と出逢うまでの自分を思い出しながら…昔の嫌な事まで思い出してきた。
騙されたり裏切られたり…暴力的な事もあったり…。
「つまんなくない?」
「どうして?」
「楽しい話じゃないよ?」
「俺の聞いても楽しくないよ?」
出会うまでのお互いの事を話をしながらお酒を飲んだ。
「初めて付き合ったのが、大学生の人だったんだけど…俺がガキだったし、高校生の時の彼女は…なんか違うってフラれたし、大学の時はつまんないって言われたし、社会人になった時は…騙されそうになったり…色々」
「初めて付き合った人が大学生?」
「うん、中2…だったかな…その位から、アイツらとつるんでる」
「ずっと…仲良しなんだね」
他愛ない話をしながら2人きり飲み明かしてしまった。
「ありゃ…朝だ」
「ハァ…お酒強いねぇ」
「そんな事ないよ、ほろ酔い気分だよ?」
いつもより多く飲んでふわふわいい気分だった。
「そろそろ…寝よっか」
彼の首に手を回してみたら、そのまま体は浮いてベットまで移動する。
首に手を回したまま、彼の膝に座らさせられ、唇が重なると、冷たい水が喉を通る。飲みきれきれずつたった水を彼の舌が拭ってく。
「んっ」
「おいしい?」
「…うん」
ペットボトルは渡してくれず、口移しで少しずつ飲まさせてもらう。
火照ってる口内がその時だけ、冷たくて心地よくなる。
ペットボトルを持ってた手で触られると冷たくて気持ち良い。
何度も体制を変えられながら身体中が熱くなってくる。
力が入らなくなるまで弄られ、何も考えられなくなるまで続けられた。
「お水…」
「まだ足らない?」
頷くと口移しで飲ませてくれた。体が重くて怠くて動かないのに彼の手は身体中を這い回って訳もわからず応えては意識が遠くなってく。
「ごめんね…大丈夫?」
「…だいじょ…ぶ」
心配してくれてるけど、なんかスッキリされてますね。
その日、ずっと彼は嬉しそうに世話を焼いてくれた。
優しいのは変わらないけど、私が恥ずかしがろうが止めてくれない。
「甘過ぎて死ぬぅ」
「褒め言葉?」
ギブアップ宣言を何度もしたけど、全く止めなかった。
ふと、何日経ったのかわからなくて彼に聞いてみた。
「2週間位かな?」
「えぇ?そんなに?5日位と思ってた…お仕事は?」
「ここでしてるよ?」
滞在費とか色々全部彼のお金だけど、さすがに贅沢し過ぎだ。
「か、帰ろ?」
「…もう少しこうしてたいなぁ」
「社長さんが、遊んでたらダメでしょ?」
「有給消化って言って?休んでも急ぎはやってるよ?」
働き方について、彼がこれからしたいことを彼が試してるらしい。
「ね?だから…気にしないで?仕事もお金も」
「でも…」
「それとも、帰りたくなった?」
答えにつまったのは、帰ればまた日常が始まる事に不安になる。
「…うん、沢山遊んだもん」
「じゃ…明日、帰ろっか」
翌日、旅館を出て少しドライブがてら観光をしてお土産を買って戻るが道が違う事に気付く。
「前の…賃貸にしたんだ」
新居は彼の職場からも近い場所らしい。前より広いんですけど?
ダンボールもない。すぐに生活が出来るようになってる。
私の部屋まで用意されて、クローゼットには服が増えてる。
「出掛けること増えるだろうから、使ってね」
金銭感覚怖すぎて値段聞けない。
ソファに座ってポカンとしてると彼がスマホを返してくれた。
日付を見ると、結婚式から1ヶ月近い。
「ちょっとじゃないぃ!」
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
自信がない。怖い、不安…彼女に手枷足枷付けた奴等が憎い。
外に出る度にあの怯え方は異様でしかない。
けど、友達やそのパートナーは彼女をそんなことはしない。
恐らく、彼女より自分が劣ってると思った奴等が自分の保身の為に彼女が抗えなくなるまで傷付けたんだろう。
認めるという事を勘違いした奴等にされた傷は未だに癒えない。
どれだけ、安心させても…
つまり、これまで彼女の事を親身になったヤツが居て、彼女が頑張ろうとしたら『誰か』によって頑張れない彼女を攻撃したんだろうな。
攻撃されないようにすればいい?それは失敗した。
『コイツに自分は劣ってるけど、弱そうだから凹ましてやる』って思えなくすりゃ言い訳だろ?
「はぁ?」
「だから、1ヶ月休暇取る。弟にも了承貰ってる」
「そこまでしなきゃいけないのか?」
「ただの有給消化だよ」
そこまで…俺が出来ることなんてかなり限られてるんだよなぁ。
せめて、本人が『そんなのおかしい!』って思ってくれたら…。
俺や周りがやってる事は、優しくしてくれてるって勘違いしてるだろうし。
せっかく、俺と一緒に居る覚悟を決めてくれるんなら…。
期限は1ヶ月。有給消化で試す。あともう1ヶ月分は上手くいけば延ばせる。
今まで捨ててた有給を利用するだけ。
完成に休みって訳にはいかないけど…。
友達に料理を習いに行って、そこで取ってたメモを友達は買ってビジネスにしてしまった。彼女の名前で特許も取って企業してくれたが彼女はそれを全く知らずに稼いでる事になる。運営はアイツが全部やってくれてる。
商品化したのは、アイツだけど発案したのは彼女だ。
うちにも彼女が作ったリモコン置き場や充電ポイントがある。
この順番にこだわりがあるので間違えたら置き直される。
ただ、慣れたら確かに便利に思ってるいつの間にか俺もやってる。
彼女本人は、自分をズボラだからと言うが、そうしておけば間違えない。
自分について無頓着過ぎて、オシャレも比較的地味だけど機能性重視。
どうすれば自分が可愛くなるか?とか追求は全くしない。
自分に興味はないのは、全部今までの周りが悪い。
その割にバックの中身はいつも重いし大体何でも出てくる。
ちょっとした事で躓く彼女は、これまでの経験で怖がってるだけ。
出来ない事にイラついた事もなければ呆れた事もない。
頼って欲しいとか甘えて欲しいって思うけど、彼女にとってそれがどれだけハードルが高い事なのかは何となくわかる。
躓く前に先に回避させても、気にしないで良いのにって思ってるだろう。
外的要因さえなければ…彼女が生きていれば避けられない。
彼女の性格を知ってる上で、理不尽な事をしてスッキリする奴等もいる。
だから、彼女は本来の姿を見せてくれない。
嬉しいと思ってくれたのに瞬間、顔が曇ってしまう。
彼女には色々な制約を付けたのに、自分達には気遣え敬えと強要した。
心の底から、自分を解放して喜怒哀楽見せて欲しいだけなのに。
これまで気付いた奴は、努力してみろとか出来ないか努力が足りないと逆に罵ったりイラついたんだろう。
それが余計邪魔して身動き出来なくなってしまってる。
もし、この計画が失敗すれば余計彼女は閉ざされる事になるかもしれない。
俺の前だけ、しなくなるだろうけど。それならそれでも構わない。
ちょっと魅力的にすれば良いだけだろ?
「お前な…やり方考えろ」
「何が?」
通院日だったらしく、彼女の診察の後で電話がかかってきた。
「目のやり場に困るだろ…」
「意味がわからん」
友達の中ではかなり彼女に慣れてハズなのに。
目のやり場ってなんだ?意味がわからん。
「何したんだって聞いてるだろ?」
「ちょっと本音を聞いて、ゆっくり2人きりで過ごしただけだよ」
「やり方を聞いてるんだよ!」
「ホントはどうしたいか言うまで優しくしてあげただけ」
「軟禁して、訳分からなくなるまで追い込んだんだろ?」
「はぁ?そんな酷い事してたら、今頃俺にだけべったりだろ?」
何ならあの状態のままでいてくれても良かったんだけどなぁ。
「反動で発作出してみろ…肋骨骨折位は覚悟しろよ?」
それだけ言うと通話は切れた。
アイツがあそこまで言うなら成功かな。
約1ヶ月、楽しく新婚旅行を過ごした。
見たり聞いたりして『今』がわかるものは部屋にない状態にした。
食事以外はここには誰も来ない。
最初は戸惑って警戒してたけど、諦めて目の前にあるものだけで彼女はすごろくを作り始めた。
試しに遊んでみたら、これが結構面白かった。
すぐに、写真を撮って彼女を企業してくれたヤツに送っておいた。
『誰も来ない』空間は、彼女にとって不安にもなるけど俺は居る。
露天風呂に一緒に入るのも最初はかなり戸惑って緊張してたけど
慣れてくれば捕まえてもいつも位の照れる程度になった。
仕事が立て込んで徹夜明けで寝てしまった時に彼女が膝枕してくれた。
起きてる時に頼んでも、やってくれないし隣に居ても距離を置かれる。
意外な事に彼女は酒に強くて飲ませても多少じゃ酔わない。
ほろ酔いにさせる間にこっちが潰れるかと思った。
思考をハッキリさせず、彼女にこれまでの事を聞いて話させた。
俺と一緒に居たいけど、自分より素敵な人が居るとか。
「どうして…何にもしてないのに…」
「何もしてないのに?」
「頑張っても足らないって言われて、失敗したら優しくされて…直せっていわれたから直したのに、戻せっていわれたり…」
「うん」
「もう…頑張りたくない」
「ここに居れば、頑張らなくていいよ?」
「そこへ行ったら…なくなっちゃったら…どうしよう」
「なくしたいの?」
「その方が…邪魔にならないし、迷惑もかけない」
「それでも、知りたいのに」
「どうして…来ないでって言ってるのに…来ないでぇ」
「いくらでも、試して良いよ?」
ごめん、こっちへ来ても沢山頑張ってくれてたよね。
そんなになっても、俺と居たい?離れたくない?
「や…やだ…」
「ほら、怖い?」
彼女の手を自分の顔に触らせると、震えが止まった。
さっきまで、捕まえようとしたら拒まれたのに。
よし、1段階クリアしたかな?
抱き締めても、今度は逃げないので、そのまま寝かせた。
少しずつ、ここに居ても良いからここに居たいに変える。
甘え方を知らないし、自分の気持ちを素直に言えるように。
ワガママまで言ってくれると良いのに。
キュッと後ろから抱きつかれた。
「どうしたの?」
「なんでもないよ」
小さな子供がするそれに似てる。甘えたい訳じゃなくて、確かめてる。
彼女自身から俺に触れてくれる回数はすぐに増えてきた。
恥ずかしそうに照れながら、少し不安そうにしながら…。
ただ、彼女は微睡みの中で目覚めればまた離れてしまう。
まだ、怖がるし怯えるけど、不安になると俺に触れる。
いつもなら、こっちから触れるだけでも怯えてしまうのだけでも…帰るまでには無くしたい。
いつもの君とホントの君を混ぜてく。
赤と青を混ぜてるみたいな…紫色が均一に混ざらない。
鮮やかになったり、暗くなったり…淡くなったり。
ちょっと外に出て確認しておくか。
でも、ちょっとぼんやりしたままで試してみるか。
「…」
「かわいいよ?」
スカートを広げたり、背中を確認を何度も姿見の前でしてる。
カジュアルとかラフとかそういう服は詰めてこなかった。
清楚で可愛く見える奴だけ。
「引っ掛けたらどうしよう」
「ん?引っ掛けそうなのは持たなきゃ良いよ?」
ニットを彼女が着ない理由の一つ。
「お腹冷えないかなぁ?」
スカートだと冷え症なのでお腹を壊す。
ひとつずつ、大丈夫だと伝えて納得させてから出掛けた。
いつもなら少し後ろを手を引いて歩くけど、今日は腕にくっついてる。
これならすれ違う人にぶつかる事も回避しやすくなる。
彼女が外を余り怖がってる風には見えない。
いつもの彼女なら顔面蒼白になって人酔いしてる位の往来があるのに。
そこらへんを散歩しただけで疲れる彼女がケロっとしてる。
昼寝をさせて、仕事を片付けてしまう。起きればいつもの彼女に戻る。
繰り返しさせて、慣れさせてく間にいつもの彼女を混ぜて連れて行く。
外出したら翌日はゆっくり休む。
キッチンカーのアイスを買うため、彼女を1人でベンチに座らせて待たせてる間に買って戻ってるとナンパかな?さて、どうするかな?
断れたら褒めてあげなきゃだけど、固まったな。
男2人の内、1人はキョロキョロとしてる。じーっと見てたら逃げてった。
「お待たせ、どうかした?」
アイスを渡しながら話し掛けてるとフリーズが解けたかな?
「ありがと」
ただ、ナンパされたのが人生初だった事を後から知って驚いた。
そりゃ、いつもの彼女の服装と寄ってくるなオーラ全開じゃないだろな。
つまり、外に居ても妙な怯えは出てない。
今までは好意ですら怖がって逃げてたんだもんなぁ。
新婚旅行から戻って、いつもの生活に戻る。
彼女は生放送を仕事へ行って疲れた後から辞めてしまっている。
新居へ引越して、すぐに生活が出来るようにしておいた。
本当は、余り変化がある事は彼女に良くないけど。
医者以外にも、同じこような事を言ってきた、計画は成功かな?
君が萎縮して過ごす必要はないんだよ。
口で説明して、だから大丈夫なんて言っても信じられないよね。
前に彼女が生放送を止めた理由を教えてくれた。
「自己満足みたいな、それを流してただけで…心ないこと言われるの増えてきたから…あそこまで寂しくなるまで嘘をつかないといけないと辛いね」
彼女なりの嫌味にも聞こえた。
「俺は全部録音してるし、いつでも聞けるから気にしてないよ?」
「心ない人は私の中にも居るよ…でも、しないだけ」
「じゃ、しちゃう人は?」
「執着心?でも宗教とか何か支えがないと不安な人も誰かに誹謗中傷してる人も愛されたいとか…寂しいのかなって思う。何かしら満たされてるオタクの人ってそんなことしないでしょ?」
「自家中毒して、消化の仕方が下手くそって事かな?」
「季節や何気ない事の中に、どこかにヒントがあるよって…伝えたかったの」
こうなってしまった場合は止めると決めていたらしい。
「そういう人って何か見えるの?」
「色んな人居るから…」
「ねぇ。外は怖い?」
「前より、怖くないよ。急にされること減ったから」
「そう…良かったね」
どうか…君の笑顔が脅かされず、自由を奪わないでください。
彼女は、危害は加えませんし、大人しいです。
あなたがたがそう思う根拠は何ですか?
彼女が自由を奪われ、怯えながら生活しなければいけない理由は?
彼女が何かしましたか?何をそんなに怯えたんですか?
あなたがたが怖がった正体?教えませんよ。
だって、その正体が彼女の才能で魅力なんですから。
やっと、笑ってくれるようになったんです。
あ、彼女が来たので…失礼します。