あの国が滅んだあと、新政府の長は
『花の乙女の成長日記』の大改修に飽きて短編を書いてしまった星降をお許しください。
短編シリーズ、『ひとつの国から繋がるお話』の最新作です。宜しくお願いします。
「何であいつは教会に処刑されてんだよ。」
革命の主導者が悪魔とか本当に洒落にならない。
あの革命が終った後暴走した革命派の奴等をどうにか止めて、後始末をして、いやぁ我ながら頑張ったと思いたい。
アルティゴス王国の政府が崩壊、再構築された政府の俺の執務室で、独りごちる。
「ナシアミイ。手が止まってる。」
「わかってる。しっかし、面倒くさいもんだな。国の運営つーもんは。」
「そんなの最初からわかりきってたことだ。」
両親を先代の大臣ザイジスとその一派に暗殺された琥珀色の少年は、バッサリと俺の愚痴を切り捨てた。
「ルーツェが酷い。俺は泣きそうだよ。」
「別に酷くない。泣いてもいいが、その仕事が終わってからにしろ。」
「えー。あ、そー言えばお前の妹、元気か?」
確かこいつには三歳下の妹が居たはずだ。
「ルーニャか?レイシスとかいう魔術師のところで修行してる。ときどき手紙も来る。」
「ひょっとしてそこってあいつの兄貴が居るイチリア村ってとこじゃないか?」
ルーツェは頷き呟いた。
「確かリカルトとかいう奴が来たらしい。」
「おー。リカルトとかめっちゃ懐かしいんだけど。」
「知り合いなのか?」
ルーツェには話したつもりでいたから驚いたが、そう言えば話してなかったなぁと思い簡潔に説明した。
「ああ。レティエとリカルトとは幼馴染みなんだ。」
「…そうか。」
俺は平民上がりだ。別に自分の事を卑下しているわけではないが。それでも貴族共は平民は自分達に媚を売って、自分達のお情けで生きていられるんだと思っている。
でも、あいつらは違った。あいつらだけは俺が平民だと知ってからも遊びに来てくれた。一昨年、親に気づかれたらしく来る回数が減ったが、それでも半年に一回は必ず来てくれていた。そう、いた、のだ。
いまは、もう………あいつは居ないしリカルトは山奥の村の中だ。
俺とルーツェは黙々と執務を続けた。
その沈黙をルーツェがふと口にした言葉が破った。
「……多分レティエは、ナシアミイと会えて良かったと思ってる。」
「…………同情とか慰めとかはいらないぞ。」
「レティエは誰も………リカルト以外は信じてなかったが。それでもナシアミイと話してるときは楽しそうだった。」
「………………もし、本当にそうだったら良かったのにな。」
あいつが俺と話してるときは楽しそうだったなら。少しでもあいつの助けになっていたのなら、それでもいいか。
「そうか。」
その言葉の響きこそ先程の言葉と同じだが、そう言ったルーツェの表情は全く違った。労るような労うような。そんな優しい顔をしているルーツェを見るのは久しぶりで、俺は嬉しくなった。顔が綻ぶ。
「………ニコニコしているがナシアミイ、その仕事は終ったのか?」
「当然だろ?俺を誰だと思ってるんだ。」
「そうか。なら、治水工事と水路設備と例の関税とあと、就労率のやつを今日中に終わらせてくれ。ああ、それから予算案の内見も今日までに終わらせた方がいい。きっと改善点が沢山有るだろう。あと………」
「わ、分かった。やる。やればいいんだろ?」
「ああ、是非ともそうしてくれ。」
「しょーがない。さっさと終わらせて、酒でも飲むか。そー言えばこないだ。貴族の屋敷で押収したうまいワインが有るんだ。一緒にどうだ?」
ルーツェはワインに目がない。そして酒豪だ。俺もだが。まぁ、俺はウィスキーの方が好きだがな。
「飲む。俺の仕事は終った。早くしろ。」
「早いな!そんだけ早いなら手伝ってくれよ。」
「無理だな。ナシアミイのサインが必要なやつしかナシアミイには廻してない。」
「ルーツェ、俺のサインを覚えろ。」
「嫌だ。面倒くさい。」
「シャンパーニュ公国のシャンパンというワインなんだが。そうか。遅くなっても構わないのか……。」
「………………………駄目。」
「そんだけ悩んだんだったら、頷いてくれても良くないか?」
「後が面倒くさい。」
俺だって面倒くさいんだが。しかし、手伝って貰ってる手前そんなことは口に出来ない。
ルーツェは本を読み始めたし、俺も頑張るか。
その日の夕刻、俺とルーツェはワインを片手に話し込んだ。ルーニャのことやあいつのこと、リカルトのこと………とにかく語り込んだ。
「あいつ………レティエさえ生きていてくれたら………俺はそれで良かったんだ。」
「ナシアミイはレティエのことが好きだったのか?」
「今でも好きだ。超好きだ。誰になんと言われようと俺はレティエが好きだ。だから、だからこそあいつに託された新政府は腐らせないし、崩させない。」
「俺はなんとなく………もしかしたら、ナシアミイはレティエを追いかけて死んでしまうかもしれないと思った。レティエが処刑された後、ナシアミイの存在が凄く希薄になった気がした。」
ルーツェに言われてそう言えばそうだったかもしれないと思った。あいつを追いかけて死のうと少しでも考えなかったかと言われれば、確かに俺は死のうと考えた。けど、結局あいつの為には俺が新政府を立ち上げて頑張るしかないと思ったから。今、此処に、新政府の俺の執務室にいる。
その夜、俺達はシャンパンだけでは足りず、シャーブルという街のシャーブルも空けてしまった。その後ウィスキーまで開封して、語り耽っていたら、翌朝執務室に来た部下に怒られてしまった。
もし、生まれ変われたなら。きっとあいつとこの国で、笑い合いたい。
これが俺と、この国の物語だ。
シャンパーニュ公国………そのままフランスのシャンパーニュ地方がモチーフです。
シャーブルという街………同じくフランスのシャブリ村がモチーフです。