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――公立学校の若い高校教員が首を吊った。そのニュースを聞いた時、僕は自分の耳を疑った。
『先月二十八日に、F県K市にあるK高校に務める二壁信二さんが無くなっていることがわかりました。二壁さんの足元には遺書が残されており、ストレスによる自殺とみて、事件性がないか捜査されています』
『いやぁ、ひどい教師もいたものですねぇ』
画面の中の中年のコメンテーターは、辛口できわどい意見を言うことで有名だった。彼は仕立てのいいスーツを着て、訳知り顔で語っている。
『教師と言えば、子どもたちの期待に応え、模範となるべき存在です。ひと昔前まではよく教職は聖職だと言われていましたが、まさしくその通り。その教師が自殺だなんて、嘆かわしい。日本のこれからが不安に思えますよ』
『ですが、同僚教員によると、亡くなった二壁さんは毎日朝早くに来て、学校を出るのはいつも十時過ぎ。部活動の指導で土日も欠かさず出ていたようですし、月の残業時間も百時間を超えていたそうですよ』
『そんなの当たり前ですよ。当たり前。教師は他の公務員よりも高い給料をもらっているんだから、人よりも働くのは当然です。それにブラック企業だなんだと言われているサラリーマンは、子どもたちからも慕われず、毎日罵声を上司から浴びるような、もっと過酷な環境の中で生きているんだから、仕事がきついから自殺、なんて甘っちょろい考えですよ。いかに教師が甘い世界の中で生きているのかがよくわかる。聖職と呼ばれていたあの頃の教師たちはどこへ行ってしまったんでしょう』
コメンテーターの言葉に、アナウンサーは苦笑をもらす。きわどいを通り越して、人としてどうかと思う発言だ。しかし当のコメンテーターは自分に酔ったようにぺらぺらと理不尽に聞こえることを言い続けている。
僕は震える手でテーブルのリモコンを探す。何度も手間取りながらテレビを消した。画面が真っ暗になると、部屋の中に静寂が訪れる。
「……」
僕は黙ったまま、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、プルタブを引いた。小気味いい音とともに、開いた口から白い湯気が昇る。
僕は缶ビールを一息に飲み干した。三百五十ミリリットルのビールに体が驚いたのか、体が火照り、酩酊感が僕を包み込んでくれた。
でも胸に宿った驚きは消えてくれなかった。驚きは時間とともに悲しみと疑問に変わっていき、僕の口から言葉になってこぼれた。
同姓同名の偶然であってほしい。しかし報道された名前は全く同じで、画面の左下に映っていた顔写真は僕がよく知っているものだった。
「どうしてだ。二壁」
二壁信二は以前職場の後輩として、僕が面倒を見ていた若者だった。彼はN大学を卒業してから僕が務めるN県桜ノ宮学園高等学校に教員として採用され、その後地元の自治体の採用試験に受かって僕の元を去った。
それから二年間はメールやラインでのやり取りが続いていたが、ここ一年はばったりと連絡が途絶えていた。てっきり新しい環境の中で頑張っているものだと思っていたのに。
『俺、秋先生みたいになりたいんです』
そう言っていた彼の顔が思い浮かぶ。僕が二壁と机を隣にしていたのは、たったの二年。一年目は自分の無力さを嘆き、思春期の気難しい生徒の心をつかもうと悪戦苦闘して、誰にも見えないように放課後の教室で一人涙を流していた。
二壁は誰にも知られていないと思っていたが、実は同僚教師のほとんどが知っていたことだ。
二年目にもなれば、仕事にも慣れ、見るからに生き生きしていることが、傍目に分かった。生徒のくだらない冗談に笑って返し、授業が上手くいった、失敗したとよく僕に報告した。
地元に彼女を残しているからと採用試験を受け、受かった時には仲のいい同僚と夜の町に繰り出して、朝日が昇るまで飲み続けた。
二壁は生徒のことを何より大事にする男だった。たしかに仕事のために遅くまで残って僕と二人で授業の研究をしていたが、ガス抜きの方法は上手かったはずだ。
繊細だったが、同じくらい図太く、諦めが悪かったはずだ。同僚からも可愛がられて、おおよそ自ら死を選ぶ男ではなかった。
「なぜ死んだ。二壁」
口からこぼれた二度目のつぶやきに応えてくれる者はいなかった。知らなければいけない。なぜ二壁が死んだのか。何が二壁を死に追いやったのか。
二壁がいたのはF県のK高校。僕は空っぽになった缶ビールを握りつぶし、スマートフォンを手に取った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次話もよろしくお願いします。




