遊ぶと言う勉強(1/3) 読書編
連載小説で出して連載し無いのは不誠実かと思い、連載の決心をしました。
さて、そんな訳で未だに才の乏しい作家の真似事が辞められない私である。
しかしヒトがこれまでに成長と進化を繰り返したのは、物事を楽しむ心が故である。
コレはホモ・ルーデンスと呼ばれる思想で、なかなかどうして馬鹿に出来ない。母は仕事に追われ愚痴ばかり吐くが、仕事に対し楽しいとは口にしない。
逆に好きな舞台やコンサートライブには嬉々として通うのだ。
そこに疲れは有れど愚痴は無い。寧ろ舞台の原作の予習やらライブの楽曲の静聴は好き好んでする。
私の小説も同じだ。有名な作家の作品を見て嫉妬したり、自分の稚拙な文章を見てメランコリックに苛まれたりするがやはり楽しいからまた書こうと思うのだろう。
とわいえ好きなことと能力は必ずしも比例しない。私が大学の授業で読んでいる小説群は面白いのだが、やはり難しくも感じてしまう。
漢字が読めないだとか言葉を知らないとか、そう言うことがよくあるのだ。それは皆様も同じだろう。
言葉も歳をとる。ラインやツイッターの普及は通信を便利にしたが、早く送る為に若者言葉を急速に増やした。
その反面で、古い言葉を使う人はドンドン減り続けている。しかしながら、今のペースで言葉が世代交代を繰り返していたら、我々の様な物書きに勤しむ人種は山の様な勉学を強いられるだろう。
個人的には、少し落ち着いて欲しいものだ。
ファンタジー風学舎潭の方は週一で投稿予定。
其方も宜しくお願いします。