第一章 終業シキがやってくる
「プログラム7番。校長先生からのお話でした。次はプログラム8番、生徒会からの諸注意です。生徒会長お願いします。」
淡々と放送委員が台座から校長が降り職員の席に向かうのに合わせてプログラムの終わりと次のプログラムの始まりをアナウンスした。
今日は7月24日。7月の唯一の祝祭日である海の日が終わり大掃除などの勉強に関係ない学期の終わりの行事を終え、通知表を受け取り夏休みに入る前の終業式だ。
進学校であり世間からその実績を認められ、たくさんの賢い生徒が集まったこの場所でも、やはり皆訪れる夏休みを期待していたようである。それは今、舞台裏で終業式の手伝いをする真面目一辺倒で緩んだ気配などないと言ったような生徒会副会長の氷室深夜も例外ではない。
夏休みは長い。
一か月と十日ほどあるその長い休みの中で真面目に勉強をする者、友達と遊びに暮れるもの、家に引きこもりっきりでゲームや漫画の道楽に時間を潰して行く者、アウトドアに時間を費やして真っ黒の肌で登校して来たり、この学校では珍しいが派手な髪色にして来たりする者もいる。
しかしながら彼は羽目を外すことはあまりなく、この夏休みの日程などほとんど何もなくあるとすれば家で勉強をすることくらいだ。いや、あとあれも…
「…生徒会長?生徒会長、お願いします。…生徒会長―!」
と、などと深夜が夏休みの日程について思案しているところで、放送委員がなかなか出てこない生徒会長を呼んでいるのが挟まって聞こえてきた。
確かに先ほどのプログラムアナウンスから 1 分ほどの時間が経過していた。稀にマイクミスやマイク装着で 30秒ほど出てこない、といったこともあったがけれどこんなにも長い時間来ないといったことはなかっただろう。
…となるとまさか。そう考えた深夜は自分の居る舞台裾を裏から周り、反対側の裾に移動する。
もしかして、もしかして。
そう思いながら十数メートルの舞台裏を走って移動し、上座の舞台裾へ移動したその瞬間、深夜は心の中で深く、そして盛大にため息をついた。
舞台裾にはそこにいるはずの生徒会長はいなかった。しかし、その代わりと言うように二人の生徒会役員が居た。深夜が疲れた顔で二人を見てみると、一人はどうしようといった様子の表情を顔に浮かべており、もう一人は舞台上の音響の所で憤怒の表情を浮かべていた。
…どうやら二人とも自分の持ち場についていたためかどうやら会長がいないことには気が付かなかったようで、この今の状況に関しては大変困っている様子だ。生徒会役員は本来もう一人いるが、もう一人も先ほど袖脇の方で「どうしよう、どうしよう、このままじゃやばい。どうしようどうしよう」と言って尋常じゃないほどの量の汗を流していた。
そんな困惑しきった、どうしようもない状況。…ここにはこの状況を打破して、何とかできる 人なんていない。そう思った深夜はもう何度目かわからない「生徒会長お願いします」のアナウンスに合わせて舞台に立った。
会場はようやく訪れたと思いきや会長ではなく深夜だったことに驚き、少しざわついた。が、「せ、静粛に」とプログラムを読んだ放送委員の女子が言葉に詰まりながら制止させる。
静かに一礼すると、「…終業の言葉を前に先に二つだけ述べさせていただきます。一つは、生徒会長の登場の遅れによりプログラムの進行を妨げてしまったことに対して、謝罪させていただきます。大変申し訳ありませんでした。」と述べると、再び深々と腰を 90 度に曲げて礼をする。
3 秒ほど経ち、再び顔を上げると「二つ目に。本日会長は体調が優れませんので、僭越ながら僕が終業の言葉を述べさせていただきます。」とすらすらと頭の中で言葉を考えながら述べていくと、生徒たちは「やっと始まった。」と言いたげな安堵の表情を浮かべていた。無理もない。「生徒会長お願いします」の最初のアナウンスからは既に五分程の時が経っていたのだから。
深夜はその様子を少し目線を動かして確認すると、すうと静かに口から息を吸って終業の言葉を紡ぎ出した。
「本日は終業式、というわけで明日から皆さん待ち遠しいであろう夏休みに入ります。が、私たち高校生とは、若さゆえに道を外しやすい生き物でもあります。夏休みだからと頭髪の染色や脱色、刺青などの行為は生徒手帳にも記載されている通り校則により取り締まられますので、くれぐれもしないようにお願いいたします。
それから皆さんご存知の通り、各教科ごとに大量の課題が用意されております。学校主催の補習及び補講、夏期講習や、皆さんの習い事や塾等あるとは思いますが、少しずつ出された課題も怠らず行いますように。もし課題の未提出が一つでもあった場合はお分かりの通りこちらも生徒指導の対象に入りますので、お気を付けください。
その他ですと、夏休みということで遊ぶためにお金を稼ぐ。と言った理由で無断でアルバイトをする方も度々おりますが、本校は原則アルバイトの方を禁止しておりますので、もし家庭の事情ですとか、止むを得ない事情でアルバイトをしなければならない、という方は夏休みに入ってからも教務課の方でアルバイト申請手続きの方をしておりますのでそちらにお越しください。
最後に。長々と夏休みの長期休暇に関しまして長々と諸注意を申しましたが、学生らしく節度を持った有意義な休暇を過ごしてください。…では、これにて生徒会からの諸注意を締めさせていただきます。」
頭の中で言わなければならないことを考え、思いついた順番に少しずつ整理しながらつらつらと注意をし終えると、深夜はそう言葉を締めくくった。短く、しかし要点をまとめて伝えるべきことは伝えた。そう思うと静かにまた顔を上げ、そのまま 90 度右に体を移動させると上座の幕へと入る。
…なんとかなっただろうか。いつもは立たない壇上に少しだけ緊張した深夜は幕の中で「…はぁ」と一口だけ息を吐いた。まったく、困ったものだ。いつの間にどこに行ってしまったのだろうか。あの会長が人を困らせることなどこれで何度目かわからないけれど。そんなことを考えながら舞台裏を通り下座の幕へと戻ろうとする。と、柔らかな手が深夜の腕を掴んだ。
「!?」
そう少しだけいつも変わらない無表情を崩して驚くと、その人物は表情をさらに驚きの方向から変えそうになった深夜の唇に人差指を押し当てると、もう一つの人差指を自分の口元に持ってきて静粛に、といったポーズを作る。
正直その行動にイラッとしなかったかと聞かれれば嘘にはなるが、ここが舞台裏と言えど今は式の最中。ここで騒ぐのは良いことではない。そう考えると深夜はまた大きなため息をついた後に「わかりました」と答えた。
その人物はニッコリと微笑んだ後深夜の唇からどかした人差指を親指とくっつけてオーケーサインを示すと、手招きをした。…ついてこいということだろうか。けれど今は式の最中。このまま式に最後まで出席しないでもいいものだろうか?
…いや、今はこの人物についていくことが得策だろう。もし後で咎めを受けたとしても事情を説明すれば理解してくれるだろうし。
そう判断し、深夜が何も言わずに歩き出すと、その人物はついてくることを確認すると、手招きをやめて背中を見せて歩く。舞台裏を抜けて、一番突き当りの左手の扉を開ける。扉を開けて体育館から抜け出すと、青々と葉の生い茂った桜並木を歩いていく。桜並木を歩き、いつも授業で使う新校舎から少し離れた位置にある旧校舎のドアを開ける。そのまま校舎に入り、階段を上った。
手すりのないノンバリアフリーの階段を駆け上がると、すぐそこに現れた教室のドアを開ける。どうやら施錠はせずに来たのだろう。そういえば今日この教室から最後に出たのはこの人物だったなぁ。そう思いながら深夜はドアを閉め、鍵を閉めると今日一番の嘆息をして、目の前の人物に対して呆れた声で悪態をついた。
「…いやあ、終業式に重役出勤した上で式の途中でいなくなり、ご自分の仕事を放置した挙句他の人間にその仕事を押し付けた生徒会長様じゃないですか。式を途中で抜け出させてまでの用事とは、一体どのようなものになりますか?」
無表情をニコニコとした満面の笑みに作り上げてそう疑問調に言うと、その人物、もとい生徒会長は胡散臭い笑顔で「いやぁ、ごめんごめん。」と言ったのちに「ちゃんと理由はあるよ?」とへらへら笑いながら言ってのけた。