少女との出会い
「おじさん、大丈夫ですか?生きてますか?」
そんな声がして、意識が少しだけ戻った。
首を曲げて声の主の方を向こうとするが、途中で力尽きる。
「あ、よかった!生きてるんですね!」
そして呪文のようなものを詠唱しだした。
とても早く、何を言っているかは全く聞こえない。
しばらくすると詠唱が終わった気配がした。
その途端、体がふわふわしたものに包まれるような感覚におそわれた。
とても心地よい。まるで母親に抱かれる赤子のような……。
数分間ほど心地よい感覚に浸っていたが、やがて魔法の効果が途切れたようだ。
意識もはっきりと戻り、先ほどの力尽きるかという感じも完全になくなった。
首をゴキゴキ鳴らし、腕を軽く回してみる。すっかり元通りのようだ。
「助かった。治してくれてありが…………」
感謝の言葉を告げようと振り向くと、そこには元の世界では到底見たことがないほどのかわいらしい少女が立っていた。絶句。
年は15、6歳ほどだろうか。薄く青みがかかり、銀色とも白とも見える美しいロングヘアに、この世界のデザインだろうか、変わった形の髪飾りを差している。顔はどちらかといえば丸顔で、肌はきめが細かくとてもなめらかそうだ。瞳は透き通るような水色をしている。体はとても華奢で、はかなげな雰囲気をかもしだしている。
こういうのを何というのだろうか。いとをかし?
心臓がかつてないほど、それこそ危険な暗殺任務のときよりも断然大きく、バクバクとなるのが聞こえる。
なんということだ、一目で恋に落ちてしまった。
正直、全然人と関りがなくて人恋しくなっていたのもあるかもしれないが。
「いえいえ、構いませんよ。元気そうでよかったです!」
そう言ってうっすらとうれしそうな表情を浮かべた。かわいい。
「すごい変というか、奇妙な顔してますけど大丈夫ですか?」
どうやら俺はにやけていたらしい。
生まれてこの方、表情を作ったことなんてほとんどなかったものだから、変な顔になってしまったようだ。
このままでは不審に思われてしまう。取り繕わねば!
「だ、だいひょうぶだ!」
かんだ。くすくすと笑われてしまった。恥ずかしい。
この俺が緊張しているだと……?なんてことだ。
「ところでおじさん、体中から魔素が漏れ出てますね。もしかしてイセカイジンの方ですか?」
ん?今、衝撃発言が聞こえた気が。
魔素がどうとか聞こえたが、そんなことよりも異世界人であることがバレている。
この少女はどうやら魔法に精通していそうだ。この前の奴らと同じように俺を捕まえようと思えば、為す術はないかもしれない。
「あ、私にどうこうしようという気はないですよ!安心してください」
少し身を強ばらせたことからことから察知したのか、あたふたしたように手を振って否定する。
天使か。とりあえずよかった。
「話を戻しますが、今は魔素を補充したので一時的に大丈夫です。でも、このままだとまた倒れてしまいますよ?とりあえず私の家に来ませんか?」
「な……いいのか?」
「はい。ここにいるのも危険ですし、いろいろと説明したいこともあります。是非おいでください」
どうやって付いていこうか考えていたところだ。これ以上ない魅力的な提案だ。
「断る理由などない。もちろんついて行かせてもらおう」
下手な対応をして不審がられたり、危険に思われたら終わりだ。
普段通りの態度を貫くことにした。
◇
「ところで魔素ってなんだ?」
道中で、会話のネタも思いつかなかったので気になっていたことを聞いた。
俺たちは、どうやら街の反対側に向かっているようだ。
「この世界の生き物、つまり植物とか動物ですね。それらは魔素とよばれるものを体内に持っているのです。魔素を消費すると魔法が使えます。大気中にもわりと充満してますけど、一部の魔物をのぞいて私たちはそれらを吸収することはできませんし、それどころか放置しているとあふれ出ていってしまいます。魔素が尽きると、体力が切れたかのように何もできなくなります。さっきおじさんはその状態でしたね。寝れば回復するんですけど」
「それだと皆が魔素切れになるのでは?」
「いえ、この世界の動植物は魔素の流出を防ぐように、表面に魔素の膜を張っています。これはほとんど生来的、それこそ赤ちゃんでもできるので、できない人はほとんどイセカイジン確定です」
「それでは、自分は異世界人だと言って回っているようなものではないか……」
「魔素の流れを感じることができる人はほとんどいないので大丈夫ですよ!こう見えても私は割と優秀な魔法師なのです。おじさんを見ただけでイセカイジンとわかる人はこの街にはあと一人しか心当たりがないので大丈夫です」
「ほう……」
魔素とはなかなかに重要な存在だな。
存在抹消装置が使えなかったのは、魔素の障壁に阻まれた可能性がとても高そうだ。
どうやら、動植物だけでなくこの街もほとんど魔素に覆われているようなものらしい。
道理で牢獄には通用しなかったわけか。
後から、そこらへんに転がっている石にでも試してみるか……。
どうでもいいが、一つ気になっていることがある。
「ところで、俺はおじさんというという年ではない。別の呼び方を考えてくれないか?」
20代だしな。オジサンと呼ばれるのはショックだ。
「それでは、お名前はなんですか?」
「名前はあまり好きではない。別のを考えてくれ」
偽名を教えるのもためらわれるしな。
「そうですね…………」
少女は首をちょこんと傾けるとしばらく考えるそぶりを見せ、思いついたように手をポンと打った。
「お兄ちゃん、というのはどうですか?」
「…………却下だ!!!」
やばい、何か良からぬ感情が込み上げてきた。
危ない危ない。
「……では、お兄さん、でいいですか?」
「お兄さん……、か。それでいいだろう。」
「そうですか。ところでお兄さん、私の家に着きましたよ?」
そんなこんなしているうちに着いたようだ。
視線を正面に戻す。
「……は???????」
そこには、屋敷とも呼ぶべき大きな家が建っていた。




