ようやく始まる物語
家の外の怪しい人の気配で目が覚めた。
ゆっくり寝かせてほしいものだ。
気配は人が10人分だが、それほど強そうではない。
入り口は1つだ。強行突破してもいいが、事は荒だてたくない。
特に迷うこともなく隠れる事に決めた。
ドンッ、という音とともにドアが蹴破られ、警戒した様子で何人かが入ってくると家の中を捜索しだした。
「カイザーと名乗ったあの男はいるか!?」
「それがリーダー、先ほどまで人がいた気配がしますが、どこにもいる気配がありません」
「こちらも人体探知の魔法で調べていますが、特に反応はありません」
「チッ、逃げられたか!周辺を捜索するぞ!」
そう言って家から出ていく音が上から聞こえてきた。
こんなこともあろうかと、カーペットの下に人一人が入れるだけの空間を設けておいたのだ。
人体探知の魔法は予想外であったが、それほど精度が良くなかったのだろうか。
真上に人がいたのも幸いしたのかもしれない。よかった。
用心するに越したことはない。明日の朝までここで寝ていることにした。
◇
翌朝、図書館に行こうと思って家を出た。
「いい天気だな……」
大きく伸びをして、息を吸う。空気がうまい。
目線を正面に戻すと、そこにいた人たち皆が俺に視線を集中させていた。
「ねえ、あれ……」「やっぱり、そうじゃない?でも……」
これはヤバい雰囲気だ。でも何故だ?
よくよく見ると手に紙を持っている人がちらほらいる。
遠目に内容を読んでみる。
なになに……?この近辺で目撃情報、生死問わず、捕まえた人には賞金が用意されている、と。
そしてど真ん中に俺の顔が大きく載っていたのだ。
「まさか指名手配されるとは……」
とりあえずその気まずい目線から逃げることにした。
街中を走っているだけで、こちらに視線が集中するのがわかった。
注目されるのは嫌いなんだがな……。
俺の顔は完全に知れ渡っているようだ。このままではまずい。
しばらく街中を走り抜け、人がいないところにたどり着いた。
城壁に囲まれた街だから探すのに苦労。
川は流れているが、開発が難しそうな荒れ地である。
いつ人が来るかもわからない。手早に済ますか。
顔に手を当てるとベリッと変装を剥がす。
俺は普段から顔を偽っている。
これを剥がすのは最終手段の一つ。こんなところで使うのはもったいないが、仕方ない。
変装用の顔は、あと一つしかない。デリケートな作業、ミスしたら終わりだ。
慎重に顔に張り付けていく。
5分ほどかけて、新しい顔を取り付けた。
「よし……と。これで大丈夫だな」
川で確認するが違和感はない。大丈夫だ。
これで指名手配の件は問題ないだろう。
そうと決まればさっそく図書館に向かうか……!と体を起こす。
そしてしばらく歩き、道に出たところで。
パタッ。
何かが倒れる音がした。
それが自分の体だと気づくのに数秒かかった。
指先一つ動かない。
そういえばここしばらく何も食べてなかったな。
エネルギーが全く足りていない。
この状態になるまで全く気付かなかったのは我ながら愚かだ。
「ひもじい……」
そして冒頭に戻る。
このまま死ぬのだろうか。
結局、異世界に来ても何もできなかったな。
面白くない人生であった。
ああ、それにしても。
運命の出会いとやらがしてみたかったなあ…………。
そして意識が途絶えた。
数時間経過したとき。
「おじさん、大丈夫ですか?生きてますか?」
そんな、かわいらしい声が聞こえてきた。
そう、俺が生涯仕えることになる、彼女の声が。
ついに登場。




