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初めての生物

 目が覚めると、辺りは一面草原であった。

 遠くの方に山や川が見える。人の手が一切加えられていないような美しい自然の中であった。


 さすがに街の中で行き倒れていたら、いろんな人に不審な目を向けられていただろう。

 その程度は気を配ってくれたのかもしれない。


 さて、とりあえず何を持っているか確認する。

 服装はジャージにスウェット、その上から白衣を着ている。

 これは、作業着というやつである。

 タイムマシンが完成してすぐに飛び出てきてしまったので、このような服装をしている。

 白衣とかどれだけ汚してもまったく気にならないし、とても楽である、うん。


 所持品を確認する。

 暗殺者としての特性というか、身軽であるのを好むため、あまり物は持ち歩いていない。

 胸ポケットに刺さっていたお気に入りの万年筆、さまざまなものを採集しておくのに使う試験管セット20本。

 財布も持ち歩いてるが、小銭がいくらか入ってるだけだし、そもそもこの世界では使えないだろう。

 

 あと、恥ずかしながら花粉症にかかってのでハンカチとティッシュとか。


 残るは、過去の自分に使うために持っていった存在抹消マシン。

 軽く仕組みを話すと、単に対象を安定な分子レベルで崩壊させるマシンである。

 概念的な存在抹消ではなく、物理的な存在抹消だ。

 使用後に水びだしになるが、それが元人であったことはだれにもわからない。

 我ながらえげつないマシンである。 


 あれ、よく考えたらこのマシン最強じゃないだろうか?

 いるのか知らないけが、例えばこの世界に人類に悪さをするドラゴンがいたとしても、これ起動すれば一瞬で倒せる。

 どんな強敵であっても消し去れるし、、人生イージーモードでは……?

 ……想像しただけで楽勝な気がしてきた。 

 

 後から考えると、この時点で一度確認すべきであった。

 しかし、異世界転移という初めての経験をし、いくら自分の感情をコントロールすることに長けている俺でさえ、とても浮かれてしまったのだ。仕方ないだろう。

 

 補足しておくと、俺は人の身を超えているわけではない。

 当然首を切られれば死ぬし、丸裸で空を飛べるわけでもない。

 タイムマシンを造ったといったが、何を作るにしても理論を構築し、ちゃんとした環境や工作機械をもってしてでないと生み出せないのだ。

 簡単なものだったら作れるだろうが、タイムマシン級になると、この世界の技術で造れるかすら怪しいし、仮にそんな技術があったとしてもしばらくは無理だろう。


 状況は理解できた。とりあえず街を目指すべきだろう。

 そういえばあの男がスキルがなんとかとか言ってたけど使い方わからないな。気にはなるが今はいいだろう。


 とりあえず水を確保しておくか……。

 鍛えてあるので食事はしばらくは我慢することができるが、水は必須だからな。

 というわけで、歩いて川まで。

 祖国の汚れてしまった水とは違い、透き通っていて、とても美味そうだ。

 ちょっと飲んでみるか。


 試験管にすくって、ごくごく飲んでみる。

「うっま!!!」

 あまりの美味さに柄にもなく大声を上げてしまった。

 なんという透き通って洗練された味、なんというなめらかな喉越し!

 心なしか体力がみなぎってくる気分までする。


 -身体能力、向上。身体能力、向上。大事なことでも三回は言いませんー


 えい、やかましいな!俺は水を飲むのに忙しいんだ。黙っててくれ!

 今なら空も飛べそうだ!

 そして川に顔を突っ込み、持っていた試験管セットに水を蓄えておくのもしっかり忘れないで、ろくに息をつく間もなくがぶがぶと水を飲んでいた俺がその生物に気づいたのは、本当にギリギリのことだった。

 仕事柄、何かに夢中になりすぎて周りを見られなくなるなんてことはなかった。

 まあそれだけ水がうまかったのかもしれない。


 バシャバシャバシャッ!

 変な音がして川上を見ると、巨大な牙がずらりと並んだ大きな口がぱっくり空いているのが見えた。

 慌てて頭を引き戻すことに全神経を向ける。

 俺の頭があったところを、大きな口がバキュリと異様な音を立てて閉じた。

 かなり間一髪だった。本当に。

 実際髪の毛が数本ヒラヒラと舞ったからな!?


 急いで20メートルほど距離を取り、そいつの姿を見る。

 俺のいた世界の生物で例えるならワニが一番近いだろう。

 しかし、その背中には大きなトゲが連なっており、牙も口から飛び出すほど大きく、顎も金属柱ですら余裕で噛み切れるほど大きくて頑丈そうだ。

 何より、全長が路線バス並みにある。

 とりあえずこいつの名前を個体名Aと名付けておこう。

 こんなのが近づいてきてたのに気づかなかった俺。さすがにやばくないか?!


 個体名Aは目を赤く光らせてこちらを睨みつけてきた。とても怖い。

 おそらくはこの川の主で、勝手に水を飲んでいた俺を排除しにきたのだろうか。

 まあ気持ちはわかるよ、うん。水めっちゃ美味かったし。


 とにかく慌てる必要は何もない。俺にはこの存在抹消マシンがあるのだ!

 どんな生物であろうと恐れる必要はない。

「勝手に水飲んで悪かったけど、消えておしまい!」

 そう言いはなって、ボタンを押す。

 カチッ。

 何も起きない。

 カチッ、カチッカチッ、カチッ。

 静寂が場を支配する。

 俺の頬を、冷たい汗がつたう。

 心なしか、奴がニヤッと笑った気がする。

「アー…………。すいませんでした……」

 当然許してくれるはずもなく、その大きな口をパカっと開けた。

 そして小さな火の玉が生まれたかと思うと、みるみる大きくなっていき、やがて大型自動車1台分ぐらいはありそうなサイズになった。

 なんだそれは!?めっちゃかっこいいが反則だろ!?

 膨張が収まると、おもむろにそれを放ってきた。

 ものすごい速さで草を焼き払いつつ迫ってくる。避けるのは困難だろう。

 死を覚悟して横に飛ぶ。


 どうなったか。

 球は俺に当たることなく、遥か後方まで飛んで行った後、ドカーン!!と大爆発を起こした。

 どうやら回避に成功したようだ。

 それにしてもすごいジャンプができたな。これが火事場の馬鹿力というやつか。なにせもう10秒以上も飛び続けている。

 ……いや、いくら体を鍛えているとはいえ、飛びすぎじゃないか?

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああブヘッ」

 さすがに速度が衰えてきた。受け身は取ったが、速度がすさまじかったせいか、首がぽっきり井木曽応な勢いで頭から大岩に激突した。

「イッタッタッタ…………くない?!」

 わりとすごい速度で突っ込んだつもりだったが、かすり傷一つ負わなかった。

 俺の体はいつからこんな強靱になったのか。心当たりは一つだけある。

「さっき飲んだ水?!」

 心なしか体力がみなぎってくる気がしていたが、本当に体が強化されたようだ。

 試しにその大岩をつかんでみると、片手で軽々と持ち上がった。

 しかも岩に指が食い込んで亀裂が走っている。 

 

 ありがとう、水。お前は命の恩人だ!

 なお、その水には催眠効果があり、そのせいでここまで危機的状況となったのは後から知ったことである。


 振り返ると、個体名Aが少し驚いたようにこちらを見ていた。

 今の俺なら倒せるんじゃないか?と思う。

 そして俺は手に持っていた岩を投げつけ、足を踏み出した。奴と反対側に。


「あばよ!!!もう会うこともないだろう!」

 一体戦って何のメリットがあるのか。幸い今の状態ならかなりの速度で走れそうだ、あんなトロそうな奴から逃げ切るのは容易だろう。

 昔の人は言っていた。逃げるが勝ちだと!

 幸い、暗殺業の見習い期間はわりと失敗もあり、逃げ足は鍛えられたつもりだ。

 見習い期間のエピソードには語って聞かせたいものもたくさんあるのだが、それもまたいつか。

 一歩踏み占めるごとに、周りの景色が後ろへ流れていく。

 今ならオリンピック短距離走最速選手より断然早いんじゃないだろうか?風がとても気持ちがいい。

 ほとんど飛ぶように走りながら考える。とりあえず魔法のことをもっとよく知らなければならない。街を目指すのは正しいだろう。


 そんなことを考えながら少し楽しい気分になっていると、急に視界が暗くなった。

「雲でもかかったか……?」

 ふと上を見上げると、そこには個体名Aが空を飛んでいた。

 なんだそれは!?またもや反則だろ!?

 見たところ、羽もないのに空を飛んでいるようだ。魔法でも使っているのだろうか?

 訳の分からないことばかりで混乱しそうだが、それよりも今は生命の危機だ。


 とりあえず、どのような状況も華麗に打開してきたこの頭脳をフル活用して、策を練る。

 結論は1秒以内に出た。


「うん、どうしようもないな……」

 今の俺が出しているのは最高速度だし、人相手には致命的となる技も奴には効かないだろう。

 ナムサン……。

 苦し紛れにポケットに入っていたハンカチとティッシュを、目くらましになればと投げつけといた。それで何かなるわけではないが…………。


 ここで奇跡が起きた。個体名Aがティッシュに興味を持ったのだ。

 急に方向を転換してティッシュを食べたかと思うと、何やら衝撃を受けたように体をくねらせて、地上に墜落した。


 ようわからんが助かった!

 今度はティッシュに助けられるとは……。異世界とは訳が分からないものだ。

 もちろんこの機会を逃がすはずもなく、全速力で逃走を開始した。

 

 途中背筋にさむけが走り、そっと後ろを振り返る。

 奴はにやりと笑っているように見えた。

 目が「絶対に逃がさないぞ」と語っている。

 怖い。これは早急に逃げねば。

 

 それからは振り返ることもなく、全力疾走した。

また出てきます。

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