大1流 さらば、トイレットワールド
1
排便歴931045年、第千次おしっこ戦争勃発。
血便帝国の独裁者アーシュロッホ・ケツゲー総統が自国自慢の科学力で捻り出した超特大時空巻き込み爆弾“ズーパー・アヌス”により、オシリノセ大陸の約8割が時空の彼方へと消し飛んだ。
血便帝国はオシリノセ大陸の真北に位置するティーレノフタ大陸を最先端の科学技術で軍事支配する、残虐非道のおしっこ中立派国家である。
それに対し、自然豊かなオシリノセ大陸の全域は、大陸の中央に存在する快便王国というおしっこ中座派国家が管理を行っていた。
長きに渡る血便帝国軍と快便王国軍の戦争は、おしっこ中立派である血便帝国軍の勝利に終わった訳であるが、蓋を開けてみれば(トイレの蓋ではない)、この戦争は多くの死者と汚染された自然環境を捻り出しただけであった……。
因みに、おしっこ中立派とは、おしっこ中に立ってする派閥のことであり、おしっこ中座派とは、おしっこ中に座ってする派閥のことだ。社会科の授業でまだ習っていないケツの青い糞ガキは、おしっこ戦争についてお祖父ちゃんかお祖母ちゃんに聞いてみよう。
2
見るも無惨に大地を削られた三日月型のオシリノセ大陸。ズーパー・アヌスの爆心地が大陸の中心よりも南寄りだった為、元々は綺麗な円形であったが現在は便器の蓋のような形となっている。
そして、時空を巻き込んだ影響なのか、爆心地を中心に海は激甚な流れの巨大渦潮を作っていた。
北の楕円型大陸、ティーレノフタ。南の三日月型大陸、オシリノセ。そしてそのオシリノセが包む死の巨大渦潮、トートシュトローム。それがこの物語の舞台、トイレット・ワールドである。
そして、物語のプロローグはオシリノセ大陸に作られた即席の港から始まる。トートシュトロームに向かって作られた、見せしめの処刑場からだ。
そんな悲劇の舞台に立つのは、綺麗に整列する血便帝国軍兵士達と、固唾を飲んで見守る捕虜となった快便王国の民達、そして、その中央で踏ん反り返る軍服の男と、小舟の上で俯いて座る白髪の全身日焼けした男だ。
今正に、快便王国第200代目国王ベンゾイン・ゲイリオの処刑シーンが始まろうとしていた。
「ケツケツケツ! これがおまえの望んだケツ果であるか? 争いの果てに残ったのは、愛する者を失った民と、荒れ果てた大地だけではないか。どうしてこうなると分かっていてワレに歯向かったのだ? 先祖譲りの馬鹿さ故か、それとも王特有の傲慢さ故か。とっとと、降伏していればよかったものを、ケツケツケツ」
軍服を着たお尻頭で二等身のチョビヒゲ男が言った。彼は血便帝国の独裁者、アーシュロッホ・ケツゲー総統だ。
それに対し、船の上に座る初老の男、快便王国200代目国王ベンゾイン・ゲイリオは落ち着いて返答をした。
「我輩達はただ自身の国を防衛しただけである。おしっこ戦争なぞと呼んでいるのは頭のおかしな貴様ら血便帝国軍だけである。それに、我輩は立って催すのも好きであるぞ。この年になると、座りながらでは少々キレが悪くてな」
捕虜となった快便王国の民達もそうだ、そうだ、キレは大切だ、とゲイリオの発言に同調した。
「そうだそうだ! 死にさらせこのポンコツケツ毛野郎が」
お尻頭で二頭身の捕虜の子供も一緒になって白目で叫んでいた。
そして、それをケツゲー総統は聞き逃さなかった。
「コラ! ダメでしょ坊や! 相手を罵倒してはいけません!」
お尻頭で二頭身の母親が子供に注意をするが、もう遅い。ケツゲー総統のお尻頭は既に登った彼のケツ液により赤く染まっていた。
「おい、そこのナイスヘッドなお尻坊や。勿論死ねと宣うからには、自身も死ぬ覚悟があるということで問題ないか?」
「あ? そんな覚悟ねェよ。何言ってんだあのお尻糞じじぃは」
「こ、こら! これ以上喋っちゃダメ! お、お許し下さい! どうか、息子の失礼な発言を、お許しください!」
「やれやれ、子供というのは無知で怖い。やはり、子供には、躾が必要であるなぁ。ケツケツケツ。血便帝国に逆らうということがどういうことか、身を持って、尻たいようであるなぁ。ケケケツケツ」
ニタニタと笑うケツゲー総統に、ゲイリオは叫ぶ。
「よせ、ケツゲー! 民には手を出すな!」
「残念、手は出さないが、手は下す」
そう言うと、ケツゲー総統はタクティカルホルスターから、銃身を粘土でお尻の形にコーティングした一丁の小型拳銃を取り出した。ワルサーPPKならぬ、オシリーPPKだ。
「やめろケツゲー! そんなものを子供に向けるな!」
「うぇーい、殺れるもんなら殺ってみろよ。ほら、死ね死ねお尻糞じじぃ」
お尻頭の子供は白目でケツゲー総統にお尻を向けると、ペインペインとその重厚な双肉をボンゴのように叩いてみせた。
そして、ケツゲー総統は、ピストルを構えると躊躇い無くその引き金を引いた。
「ケツの青い糞ガキがケツ意も無く死ねという言葉を捻り出すな!!!!」
銃声と悲鳴が港に木霊する。
弾丸は、子供の頭のワレメ部分(脳天)を一直線に目指して座薬を撃ち込むように放たれた。が、しかし、その弾丸が目的地まで到達することはなかった。なぜなら……。
「だぁ、痛い!」
「国王様!」
ゲイリオが全速力で船から駆け出し、自ら弾丸の盾になったからだ。
「ケツケツケツ。相変わらずの身体能力だ。一瞬で30m程の距離を移動するとはな」
「く、ぐぅ……」
弾丸はゲイリオの右肩に命中していた。血液が水分の多い下痢の如く大量に噴き出す。
「国王様!? だ、大丈夫ですか!?」
子供の母親が尋ねる。
「だ、大丈夫だ。 下痢が酷い時の肛門の痛さに比べればこのくらいは問題ない。それより、御子さんが無事で本当に良かった」
「ありがとうございます! このご恩は一生忘れません! ほら、あなたもちゃんとお礼を言いなさい!」
「あ、ありがとう王様」
「かまわん。大人しくしていなさい」
「うん、わかったよ!」
ゲイリオが笑顔で左尻(頭)を撫でてあげると、お尻頭の子供はゲイリオの肩から噴射した血液で血塗れになった。
「すまない。快便王国は開放的な教育がモットーでな。ちと元気に育て過ぎたようだ」
「ふん、まぁ、いい。それよりも処刑だ。船出の前に出ケツ多量で死なれても面白くないからなぁ。おいモーコ、こやつをとっととトト……、ゴホン! とっととトートシュトロームに流せっ!」
「ヤヴォール、マインアーシュ!!」
モーコと呼ばれる、ガタイの良い恐ろしく顎の割れた兵士が前に出てゲイリオを担ぐと、乱雑に船へと投げ込んだ。
「痛いっ! 貴様、もっと丁寧に運べんのかっ! 下痢が出たらどうす「ハルツ! マウルッ!! シャイセェッ!!!」」
「ひぇ、す、すまん!」
「ケツケツケツ。では、おワカレの時間だ。モーコ、早くロープを切れ!」
「ヤヴォール、マインアーシュ!!」
モーコは腰から剣を引き抜き、それを天高く翳した。剣の切っ先が太陽に反射して目映く光る。その絶望の光は、最も遠くにいる快便王国の捕虜達でさえも容易に確認することができた。
「やめてくれー!!!」
「王様を殺さないでくれー!!」
「ハルツ! マウル!! シャイセェッ!!!」
「ひぇ、すみません」
「国王様逃げてー!!!」
「ちくしょー、放せっ!」
「ハウツ! マウル!! シャイセェッ!!!」
「ひぇ、ごめんなさい」
民が必死に阻止しようと身を乗り出すが、恐ろしく顎の割れた血便帝国の兵士達がそれを許さない。
「やれ!!!」
ケツゲー総統が叫ぶ。
「ヤヴォール、マインアーシュ!!」
モーコは剣を宙に放り投げ、右回りにくるっと一回転し、左手で剣をキャッチした。
「ヘヤァ!」
そして、ついに、港と小船を繋いでいた命綱とも呼べる太いロープは、モーコの鋭いチョップにより切断されてしまった。
「やーっ! 国王様ぁ!」
「放せぇ!! 国王様を助けにいかせてくれぇ!!」
「剣使えよぉ!!!」
「やめてくれ! お願いだぁ!」
「嘘だ……嘘だぁああ!!!」
民は悲痛な叫びを上げる。
「ケーッツケツケツケツッ!!! あの肩では泳いで戻ってはこれまい。ワレ等の勝利だぁっ!!」
ケツゲー総統は勝利の雄叫びを上げる。
そしてゲイリオは、力強く微笑んだ。
「泣くな、皆のもの!」
ゲイリオの大声に場は静まり返る。
「心に、常に快便魂を忘れるな! さすれば我輩は必ずそこにいる! 一人一人が我輩なのだ! 一人一人が勇気を持って、生きていくのだぞ!」
「あぁ、国王様ぉ……」
「ありがとう国王様ぁ!」
「ありがとう!!!」
ありがとう国王様。大好き国王様。民達は叫ぶ。
国王様がいたから皆、快便で暮らせたのだ。
改めて、噛み締めるように、思いを巡らせて、快便王国の民達は涙を流した。
「泣くなと、言ったのだがな……」
ゲイリオの穴から液体が漏れた。それは自然の摂理。快便魂を持つ民の一人一人がゲイリオだから、ゲイリオもまた涙を流すのだ。
「では、さらばだ!」
ゲイリオを乗せた小舟はトートシュトロームの流れに沿ってゆっくりとオシリノセ大陸の沿岸付近を進んでいく。死の螺旋を描き、やがて渦の中心に呑み込まれるのだ。
「船が陸から十分に離れるまで警戒を怠るな! モーコ班はワレに付いてこい、船を追うぞ! ケツケツケツ」
「「ヤヴォール、マインアーシュ!!」」
こうして、血便歴元年、快便王国200代目国王ベンゾイン・ゲイリオはトートシュトロームに流された。
3ミ☆
ゲイリオを乗せた小舟が港を離れてから一週間が流れようとしていた。
ピストルで撃たれた傷は軽いものではなかったが、持っていた野糞用のトイレットペーパーを包帯代わりに何重にも巻き付けることでどうにか血を止めることは出来ていた。
そして予想外な事に、小舟には最小限ではあるがパンやワイン、モモ等の飲食物が積まれていた。
恐らく船が渦の中心に巻き込まれるまでは生かしておくつもりなのだろう。
ケツゲーらしい残酷な配慮である。
パンを口に運ぶ度に、あの憎たらしい笑い声が脳内再生された。ケツケツケツ。
「我輩も到頭ここまでか」
満身創痍。ゲイリオの体力はもうほとんど残っていなかった。
そして、船は中心地点へと辿り着く。
物凄い爆音が鳴り響いている。
トイレの大を流す時の音を100倍位大きくしたような凄まじい水の音だ。
斜めに傾きながら物凄いスピードで螺旋状に突き進む小舟の上で、ゲイリオは圧倒的な自然の驚異に心が折れそうになる。
「多くの民を失った。守りきれなかった。我輩は地獄に落ちる。当然の報いである」
ゲイリオは十字に腕を掲げ、天を仰いだ。
曇天の曇り空だ。
「生まれ変わるとしたら、トイレの綺麗な世界に生まれたいものである」
足場が揺れる。
もうすぐ中心地点だ。
足元は見ない。
天を仰ぐ。
瞳を閉じて。
神に祈る。
民が。
幸せであれと。
そして、瞳を開ける。
「そういえば、我輩盲目であった」
ゲイリオの体は肩まで海に引き摺り込まれていた。
死にたくない。抗いたい。
しかし、全てを手離して楽にもなりたい。
ゲイリオは葛藤した。
でも、やっぱり死にたくない。民達をケツゲー達に任せることはできない。残された民を救うことが、彼に出来るせめてもの罪滅ぼしなのだ。
「くそ、我輩は死ぬわけには行かないのがばばぁ!!?」
完全に海中に引き摺り込まれた。
絶望が全力で体を沈めてくる。
息が出来ず苦しい。
しかし、最後まで希望を掴もうと、必死で海上に腕を伸ばす。
守りたい。
民達の、便事情を守りたい。
『神でも、悪魔でも何でも良い。我輩に力を貸してくれッ!!』
そんなゲイリオの強い思いが、不思議な奇跡を起こした。
「!?」
突如、世界が酷い悪臭に包まれた。否、人間は水中で臭いを嗅ぐことが出来ない。それはつまり、ゲイリオの脳が誤動作をしていることを示す。
『何だこの匂いは……!? ぐ、頭が痛い』
そして、信じられない事が起こった。
肩に巻いていたトイレットペーパーが、水流に逆らって渦の出口へ勢い良く伸びていくのだ。そもそも、トイレットペーパーは海に溶けていなかった。そして、契れる事無くトイレットペーパーが渦の出口まで伸びると、その先で何かガッチリしたものに巻き付いたような感じがした。
何が起こっているのかはゲイリオ本人にも判らなかった。しかし、そんな事は後で良かった。今はただひたすらに、蜘蛛の糸を手繰るように渦の出口を目指すだけだ。
実際、このトートシュトロームの激甚な水流に抗うことが出来たのは、ゲイリオがトイレット・ワールド最強の肉体を持つ超人だったからだ。これがもしケツゲーであったら頭のワレ目から真っ二つに裂けていたことだろう。
ゲイリオは少しずつ、着実に出口へ向けてトイレットペーパーをよじ登って行く。
ミシン目が1つ。ミシン目が2つ。ミシン目が3つ。ミシン目が4つ。ミシン目が5つ。ミシン目が6つ。
そして、ミシン目が7つ!
やっとの思いで出口まで辿り着くと、ゲイリオはウォシュレットの如く海の上へ飛び出した。
それは奇跡の生還だった。
ゲイリオが生きていたことに民達は喜ぶだろう。
逆にケツゲー総統はとっても悔しがるだろう。
そして、ゲイリオは民が快便で暮らせるように血便帝国と命を掛けて闘うだろう。
飛び出した先が、海の上だったならば。
「げほっ、ごほっ、こ、ここは何処だ!?」
そこは、一面白の世界。
良くみると便座の上だ。
狭い個室。
どうやらトイレのようだ。
「…………」
便器の前ではメイド姿をした一人の金髪女性がトイレットペーパーにより雁字搦めにされていた。よく見ると、ゲイリオが水中から伸ばしたトイレットペーパーである。
「……」
全身がびしゃびしゃである。どうやらゲイリオが飛び出した際に大量の海水を浴びたようだ。いや、濡れている原因はそれだけでは無いようであるが。
「……」
びしゃびしゃの金髪女性は完全に固まっていた。
「うむ、どうやら我輩、お嬢さんに助けられたようであるな。お嬢さんがいなければ我輩、きっと死んでいたであろう。我輩、義理人情に熱い男である。何か欲しいものがあるか? 願いを一つ聞こう」
「……」
「大丈夫であるか?」
「……夢?」
「有名? 我輩これでも一応王様である」
「あぁ、なんだ、夢か。やべー本気あせったわー。どこから夢だろ? そもそもあんな人間いる分けないし」
何だか女性はぶつぶつと呟いている。どうやら夢と勘違いしているようだ。しかし、ゲイリオにもこれが現実であると断言することは出来なかった。寧ろ、本当に夢の中なんじゃないだろうかと、そう思い始めてきた。本当は、トートシュトロームに巻き込まれて死ぬ間際なんじゃないかと。そのくらい、今の状況は良く分からなかった。
「ねぇ、あんたトイレの神様でしょ? 私の願い叶えてくれるの?」
びしゃびしゃの女はにやつきながら言った。
「トイレの神様? なんか臭そうであるなぁ」
「え、貴方、トイレの神様よね?」
「いや、違う。我輩はトイレの神様ではない。快便王国の王である」
「似たようなもんよ」
「て、照れるなぁ」
「うんうん。そんでもって、私の願いは~♪」
びしゃびしゃの女は巻き付いていたトイレットペーパーを強引に引きちぎると、スカートの中から拳銃を取り出し、ゲイリオに向けて構えた。
「目の前の事件の解決一択。何故なら私は名探偵だから。油断したな、このトイレットペーパー泥棒めっ!」
「!?」
「喰らえっ!」
女が拳銃の引き金を引く。そして、弾丸は無情にもゲイリオの腹部に直撃した。良くみると、銃身に少しだけ肌色の粘土がこびりついている。
「まさか、オシリーPPK? 貴様、血便帝国の者であるか!? 」
「何を訳のわからないことを。私はクォーターだけど日本人よ!」
「ニホンジン? 二本芯? 芯一本帝国の者か?」
「悪いけど、取り敢えず眠ってもらうわ」
流石のゲイリオも表情を崩した。しかし、腹から血は出ていない。
「うう、ううう……」
「安心しなさい。麻痺弾よ」
「麻……痺!? く、腹筋に……力が入らぬ……まずい」
ゲイリオはお腹を抑え、女を睨み付ける。
そして、ズボンを下ろし、便座に座った。
「ひゃっ! 見えてる! 乙女になんてもん見せんのよ!」
そんなことを言いつつ、自称名探偵は自身の指で隠しきれていない左目で、チラチラとゲイリオの股間をチラ見する。
そして、ゲイリオはワナワナと体を震えせ、真っ赤な顔で女に怒鳴り付けた。
「我輩はめちゃくちゃ下痢であるっ! フンフン!!」
下痢の王は、フンフン憤怒した。
その後、トイレはゲイリオが解き放ったモザイクの海に飲まれることになる。
それは地獄絵図とも呼べる代物だった。
しかし、この時の心咲には知る由もなかった。
少し先の未来、世界中のトイレがこのような惨劇に見舞われることを。
そして、この謎の男と共に、世界を襲う驚異に立ち向かうことを。