小さな先生と大きな生徒
衝動に駆られ過ぎて。
「ゆかりー、ちょっと降りてきなさーい」
日曜日の昼下がり。貴重な休日の一幕は、階下から投げかけられた母親の一声で破られた。
めんどくさいなあと思いながらも、特に反抗期でも無い私は素直に言葉に従って階段を降りていく。
居間への扉を開くと、其処には母親と談笑している小さな女の子の姿があった。真っ白いワンピースを着た少女は、とても可愛らしい容姿をしている。
「お母さん、来たよ」
そう言って居間へ入ると、談笑していた二人の視線が向けられた。
「ああ、ゆかり。こちら、家庭教師の御代あずささん。今日からゆかりの先生よ」
言って、示したのはワンピースの少女。
何処からどう見ても小学生にしか見えない少女が、家庭教師? 一体何の冗談なのだろうか。
これでも私は中学生。ほんの半年後には高校受験を迎え、受験戦争を戦い抜かなければいけない使命を帯びているのだ。
それが、小学生から教えを受けるなんて。
「えっと。ゆかりちゃん。御代あずさです。よろしくね」
にこりと笑って握手を求めて来る少女。
「あ、どうも。柊木ゆかりです」
その手を握り返して、小さな手だなと素直に思った。
私とは大違いの、小さな手。間近で見れば、少女の小ささが嫌でも理解できてしまう。身長は、たぶん百四十センチに届くか届かないかと言った所であろう。
対して、私は長身だ。同年代の男子よりも高かったりする百七十七センチの高身長。中学生とは見えないね、何てセクハラまがいの言葉を掛けられたりするのは日常茶飯事だった。
「いやあ、おっきいねゆかりちゃん」
見上げる様にして顔を覗き込んでくる少女。その表情は何処か楽しげだ。
「そうですか。あまり、好きではないんですよ。この身長」
対照的に、きっと嫌な表情を浮かべた私は辛らつにそう答えた。
すると、顔を青くして少女が弁解する。
「え、あ。ごめんね、そう言うつもりじゃなくてね。嫌だよね、身長の事言われるの」
頭を深々と下げる少女。
やってしまったなあ、と小さく呟く少女。
「ごめんね。私も、この身長の事言われるとすごく嫌なのに、考え無しだったね」
それは、どういう意味なのだろう。
小学生であれば、百四十センチ程ならまあ悲観するほどの事でも無いだろうに。
「じゃ、あずささん。ゆかりの事、お願いしますね」
母親はそう言うと、買い物へ行ってしまった。数時間は帰ってこないだろう。
残された私たちは、とりあえず私の部屋へと移動した。
小さな卓を挟んで向かい合って座る。
その体躯に似合わない大きなリュックサックから次々と教本を取り出す少女。
「さ、お勉強しようね」
小学生に教わる事なんてあるのだろうか。
正直私は、勉強は苦手、と言うより大嫌いである。テストでも悲惨な点数を叩きだすことはよくあることだった。
そんなだから、小学生でも家庭教師が務まる何て思ったのだろうか。だとしたら、それは馬鹿にされ過ぎている。
「ゆかりちゃん、苦手な科目は?」
「……ぶ」
「え?」
「ぜんぶ、全部苦手」
半ば自棄になって、言ってしまった。
屈辱だった。小学生相手に私は何を言っているのだろう。
「うん、大丈夫。私に任せてっ」
少女は、自信をみなぎらせて、そう宣言した。
初日は、私にとっては驚愕の結果に終わった。
とんでもなく頭が良い小学生だったのだ。私が解けない難問でも、その答えを完璧に理解していて、しかも。それをただ教えるのではなく解き方を理解させる様な教育の仕方。
あれが小学生だとしたら、中学生の私はミジンコだ。
勉強が嫌いで、いっつも漫画やゲームに逃げ込んでいる。
どうやら、家庭教師は週に四回やって来る事になっているらしい。
日、火、木、そして土曜日。
私は、初日を終えて早々に少しブルーになっている。
劣等感に苛まれるのだった。
二回目と、三回目。これは少女の頭の良さを再確認するとともに、新たな一面を垣間見せる物だった。
「いやあ、あっついねー」
などと言いながら、小さな団扇で自信を仰ぐ少女。少しサイズの大き目なシャツからはちらりと綺麗な肌が見えていた。
「ゆかりちゃん。ちゃんとご飯食べてる? 夏バテにはきをつけよーね」
挙句の果てにはおへそまで見えてしまって、私にとっては目の保養、もとい毒でしかなかった。
この少女に対して、劣等感と、そしてもう一つの感情が芽生え始めていた。
そして四回目。それももう終わろうとしていた。
今日も少女の教え方は上手かったし、何より可愛らしかった。
私なんか足元にも及ばないほど、勉強が出来るし、可愛いし、教え方も上手。
悔しいが、完敗だった。
いや、そもそも勝負自体が成立していなかったかも。
「すごいね、あずさちゃん」
「そう? ありがとうゆかりちゃん。でも、とっても教えがいがあるよっ。ゆかりちゃんすぐ理解してくれるから」
なんて利口な子なんだろう。
小学生ながらにして、私なんかよりも数段、数百段も上を行っているようにしか思えない。
「小学生なのに、すごいね」
ぽつりと、漏らした言葉に少女は目を点にして固まってしまった。
「ど、どうしたのあずさちゃん」
「わ……、わたし」
ふるふると震える少女。
「私はっ、大学生だよーっ!」
「えええええっ!」
それから、暴れる少女を取り押さえるのに数分かかって、ベッドの上で押さえつけた。覆いかぶさるようにして、両腕を掴んでいる。
「ゆかりちゃん……?」
どこからどう見ても小学生にしか思えない体つき。胸もくびれもないフラットな体躯。幼さを感じさせる服装に、髪留め。
これが、これが。
「へえ、大学生なんだ」
ぺろりと、思わず舌なめずりしてしまう。私の様子にびくりと肩を震わせた少女。
あどけない顔立ちに、困惑の面持ち。見れば見るほど可愛らしい少女にしか思えない。
長いまつ毛が愛らしさを増している様だ。
「あずささんって、呼んだ方が良い?」
「べ、別に今まで通りで、良いよ」
困惑と、怯えに耐えながら答える少女。私の半分も無いんじゃないかと思える位に小さい体はとても脆いガラス細工に思えた。
「大学生なのに、こんなに小っちゃいんだ」
思わず出た言葉に一転、少女はむすっとして怒った様に言う。
「悪い? でもしょうがないでしょ。育たなかったんだから」
ああ、何ていじらしいんだろう。
大学生で、小学生並みの身長。どれだけの偏見の目に晒されてきたのか、同じようで、でも正反対の境遇の私には察することくらいは出来た。
なんとなく、親近感。今まで抱いていた劣等感は、何故だか消えてしまっている。
「ううん。可愛いよ、あずさちゃん」
耳元で、ささやく。
くすぐったそうに身を捩らせる少女。
潤んだ瞳をこちらに向けて、掴まれた腕を離そうともしない。私は、どうしようもなくこの可愛い生き物を自分だけの物にしたくなった。
「ゆかり、ちゃん?」
「可愛すぎ、もう我慢できないかも」
衝動のままに、口づけ。
目を見開き、成されるがままになる少女。
「んんっ。んんん」
固く結ばれた唇をこじ開けて舌を滑り込ませた。
「んーっ。んー」
両腕は、もう離した。少女の頬を抑えて居るからだ。フリーになった少女の腕が私の体を押し返そうと、胸を押す。でも、体格差はどうにもならない。少女の腕は私の胸をふにふにと歪ませるだけでしか無かった。
数分、舌を絡ませ続けて私は顔を離す。
「はーっ。はー」
頬を真っ赤に染めて、瞳に涙を浮かべた少女の姿が、私の目前にあった。決して汚してはいけない無垢な存在を、汚してしまった罪悪感。背徳感。
言葉に出来ない様な悦楽が私の全身を焦がしていく。
「もっと、してもいい?」
その言葉に、少女は小さく頷いて。
「先生だから……、もっと教えてあげる」
恥じらいながらそう答えたのだった。




