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異世界神様の文明開化計画〈アナザードライブ〉  作者: 記角麒麟
序章 進撃のマーシェ帝国
9/18

天使(?)と酢豚

 円形闘技場の中を進んでいくと、何やらグチャっグチャっと、何かを咀嚼するような水っぽい音が、守護者たちの鼓膜に伝えられた。


「全員、銃弾を装填して。

 いつでも撃てるように準備を」


 俺はそんな音に何か嫌な予感を感じて、背後に指示を飛ばした。


 俺は音魔法を使って遮音結界を張り直すと、隊列を率いて奥へと進んだ。


 暫くすると、広大な部屋に出た。

 訓練場内に造った、闘技場の一つである。


 外の穴からここまで、廊下を横切って一直線にここまで続いていたのだ。


 闘技場にたどり着くと、そこは真っ赤に染まっていた。


「……」


 鉄臭く生臭い匂いが、ツンと鼻をつく。

 間違いない。

 これは血の海だ。


 俺は顔を顰めると、その中心にあるものへと視線を向けた。


 するとそこには、切り刻まれた何かの肉と、その前で膝をついている一人の女性(しかし腰からは翼のようなものが生えている)がいた。


 女性は、俺達の気配に気がついたのか、すっくと立ち上がると、頭を反らしながら、流し目にこちらを視界に映した。


 ひらり、と金色の豊かな髪が、その背中に流れ、頭上に見える光の輪のようなものが、その頭の動きに連動して動く。


「なんじゃ、貴様らは。

 淑女の食事を邪魔するでない」


 鋭い眼光とともに、異常なまでの殺気を込めて、その女性は守護者たちを咎める。


(やばい、声が出ない……!)


 対して俺は、その圧倒的なまでの圧力に耐えきれず、失神寸前であった。


 彼女はそんな様子の俺を見つけると、「ん?」と一言唸って、こちらへとつかつかと歩み寄った。


(こ、殺される……!)


 とっさにそう思った俺は、しかし蛇に睨まれたカエルのように動けないでいた。

 しかし、そうしているうちに女性はこちらへとたどり着いてしまう。


 女性は血の付いた長手袋を捨てると、ガッシと俺の肩を掴んだ。


 絶体絶命!

 そう、俺は覚悟してぎゅっと目を瞑る。


 しかし、どれほど待っても、俺を襲う痛みはやって来なかった。

 もしや痛みも感じないままに殺されたのでは?


 そう、思った時だった。


「かわいいのぅ!」


 そんな猫なで声とともに、俺は彼女の豊満な胸に抱き寄せられるのだった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 血でべっとりと濡れて若干気持ち悪いが、悪くない弾力に包まれ、お陰で窒息しそうになった頃。


 金髪の天使のような翼と輪を持つそれは、ようやく俺をそのメロン――もとい、体から引き剥がした。


「うぅ……」


 なんか、くらくらする……。

 あと、なんか生臭い……。


 俺は目眩に耐えながら、何とか霞む視界で彼女に視線を合わせる。


 そこにはかつての獰猛さは何処にもなく、凛とした面持ちが貼り付けてあった。

 貼り付けてあった、と言うのはもちろん、あの映像が頭の片隅にこびりついているからである。


 だから余計、そんな笑顔を向けられると恐ろしく思えてくる。


「ふぅ、久しぶりに堪能したのぅ」


 彼女は満足げにちろりと唇を舐めると、自分の有様を見て顔を顰めた。


「大丈夫か、神様よ?」


「ああ、大丈夫……」


 俺は駆け寄ってきたトンビにそう返すと、彼に支えられながら立ち上がる。


「ところで、お嬢さん一体何モンだ?」


 心底面倒なことになったと心の底から嘆きながら、トンビはそんな彼女へ問いかける。

 すると金髪のそれは、トンビをちらりと見据えると、一瞬だけ驚いたような表情を作り、そして俺の方を向いて「そういうことじゃったか」と一人納得顔をする。


「その手に持ってる物。

 それから先程から鳴り響いていた破裂音。

 さっきからワイバーンを屠っていたのは、もしや貴様らじゃな?」


 女性は確信を得たりと言う風に、トンビの質問には答えず逆に質問を返した。


「だったら何だ?」


「だったら、わしが何者かを教えるわけにはいかぬな。

 特に、そこのかわいい坊やには」


 意味深な言葉を呟く彼女は、言いながらニヤリと微笑みをたたえた。

 しかし、そんな彼女の意味不明な台詞に、トンビは目を細めて問い返す。


「どういうことだ?」


「いずれ分かる」


 彼女はそんなトンビの反応に、どこ吹く風とやり過ごし、そのまま守護者たちの横を通り抜けようとする。


 そして、何かを思い出したかのように、ふと立ち止まり振り返ると、彼女は最後にこう付け足した。


「中世まで待つ」


 彼女はそう言い残すと、ツカツカとその場から去っていった。


「なんだ、アイツ……?」


⚪⚫○●⚪⚫○●


 それから俺達は、飛竜の死骸を回収し、そのまま訓練場で血抜き、解体作業を開始する。


 五頭中一頭は、あの金髪の天使(それにしてはいささか獰猛すぎるような気もするが)が食い散らかしていたので、そちらは俺が焼却処分することにした。


「裂傷……?」


 食い散らかされた生肉の方へと歩んでいくと、グチャグチャになりながらも、いくつか原型をとどめている物の中に、筋を断つように鋭く斬られた刀傷のような裂傷を発見する。


(俺が見たとき、あの人は武器の類を携帯していなかった……)


 俺は記憶を遡らせると、確かに刀剣の類は近くに見えなかった事を思い出す。


 もし、刀剣でないなら、残る可能性は一つだ。


「もしかして、彼女も魔法が……」


 咒にはそこまで攻撃的な威力を持つものは少ない。

 形から見て風属性と考えるべきだろう。


 俺はワイバーンの鱗を突きながら、そう思考する。


(やっぱり、咒で切れるほど柔くはないな……)


 何者なんだ、アイツ……?

 それに、中世まで待つって……。


「考えてもわからないなら、考えないでいいって事にしておこう」


 俺は言い聞かせるように呟きながら、思考を放棄してその肉を焼くことにした。

 ちょっと香ばしい匂いがして、そういえばもうすぐ昼食頃だと思い出す。


「ワイバーンって、美味しいのかな……?」


 俺はそんなことを考えながら、燃え盛る肉片に視線を落とす。


 でも、焼肉するならタレがほしいよなぁ……。

 甘じょっぱくて、ちょっとだけピリッとしてる、焼肉のタレ……。


 ……なんか、ここのご飯味気ないんだよなぁ。

 塩と砂糖はなんとかなったけど、他の調味料がまだなぁ……。


 お酢があったら、マヨネーズができるし、あ、酢豚とかいいかもしれない。

 でも、醤油がまだないなぁ……。

 料理酒もないし、ていうか、お酒見たことないな。

 この世界にお酒ってあるのか?

 あ、そうだ。

 みりんも無いや。

 そういえばみりんってどうやって作るんだろう?

 江戸時代にはお酒の代わりとして、下戸の人がよく飲んでたってテレビで聞いたことあるけど……。


「んなぁ〜……。

 酢豚食いたくなってきた……。

 お野菜ゴロゴロ、お肉たっぷり……」


 創造魔法で作れないかな、みりん。

 お酒なら、生物学で発酵の仕組み習ったしできそうだけど、なんか時間掛かりそうだなぁ……。


 醤油もそういえば作り方わかんないな……。


 大豆は……。

 似たようなのあるし、それでいいかな?


 あ、大豆といえば納豆ご飯も食べたいな……。

 藁があったら、熱湯で納豆菌以外を殺して、その中に大豆入れて放置したらできるし……。


 でもお米がないな。

 酢豚食うんだったら白米が欠かせない。


 大陸に行ったらあるかな?


 白米と、酢豚と、あと味噌汁もほしい。

 味噌汁なら何が合うかな?

 豚汁か?

 同じ豚使うし。


 あー、お肉焼いてたら食べ物のことしか考えられなくなってくる……。


 この世界の食事事情、恐るべしかな……。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 やがて肉片は灰になり、土魔法の錬成・変形によって、地面に流れた血液は鉄塊となり、灰は肥料となった。


 時を同じくして、守護者たちの方も解体と分別を終えたようで、それぞれ俺が用意した容器に分けていく。

 そして、それぞれに平仮名で書いたラベルを貼って、それを俺が風魔法で浮かしながら集落へと帰還する。


 あとのことは全部トンビに丸投げすると、俺はそそくさと神殿へと帰宅した。

 ちなみに、今後のライフルの扱いに関しては、全て神殿の倉庫に格納してあるので、使うときは俺に申請してから出ないと使えないようにした。


 だって、あんなのが普通に使えたら、治安とか維持するの面倒じゃん。


「ふぅ……」


 俺は一息つくなり、ベッドの上にダイブする。

 今日はもうなんか疲れた。


 メイドがご飯持ってきたら、それ食って風呂入って寝よう。


 俺はそう考えると、紙に「ご飯ができたら起こして」という旨の置き手紙を扉に貼って、眠ることにした。

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