飛竜戦
それから俺は、トンビに出撃時間を教えてもらうと、守護者全員を集めて、ライフルについて説明を行うことにした。
説明は、集落から少し離れた森の中。
俺が風魔法で木を切り倒し、火魔法で乾燥させて風魔法で形を整える。この工程を繰り返して、即席の射撃場を作ったのだ。
「これから君たちに、ライフルについて教える」
俺は、少し高くなった台の上で、風魔法から分化して編み出した音魔法によって音量を上げた声で、守護者たちに話しかけた。
「ライフルとは、いま俺が手に持っている、この棒状の武器である。
使い方は、簡単。
銃口を敵に向けてこの引き金を引く」
俺は高台から降りながらそう言うと、予め設置しておいた木製の的の前に立った。
的と俺の距離は、だいたい五十メートルほど。
本来の射程距離がどの程度か分からないが、ライフルな余裕で届くだろう。
でも、外れたらちょっと情けないよなぁ……。
(よし)
俺は銃口を的に向けると、銃身に左手を添えて支えるように、脇を締めて狙いすますように構えた。
(風属性魔法で弾道を誘導。
衝撃を風属性魔法で体外へ流す。
最後に火属性魔法による強化で、銃を手放さないように全身の筋力を上げて、土属性魔法の硬化で体幹を補強……!)
口には出さず、頭の中で術の内容を唱えながら、イメージを構築する。
「すぅ……っ!」
息を吐き、意識を集中させると、俺はすぐさまに魔法を発動させ、銃の引き金を引いた。
――パァン!
直後、鋭い破裂音と共に弾丸がバレルを通過した。
そして、それとほぼ同時に、的は木っ端微塵となる。
「「おお……!!」」
どこからともなく聞こえてくる歓声に満足しながら、俺はライフルのセーフティをオンにする。
「と、まあこんな感じだ」
俺はそう締めくくると、さてとこれから全員にライフルを提供し、訓練させることにした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
訓練が一段落する頃。
俺は前段命中の成績を出したトンビに、ワイバーンの件を尋ねることにした。
「出発は、明朝だっけ?」
「神様か。
そうだな、今からだと日が暮れて危険だしな」
トンビは溜息をつくようにそう言うと、最後に「準備にこんなに時間がかかるとは思ってなかったしなぁ……」と付け足した。
守護者たちのライフルの命中率は、最初の頃は反動に驚いて変なところへ断簡を飛ばしていた。
これは完全に俺のミスだ。
実演のときに完全に反動を消さなければ、彼らは銃を放つときに衝撃が走ることを前もって理解できただろう。
だけど、そんなことしたら俺の肩が外れそうになりそうで怖かったし、許してほしいな。
守護者たちの適応力は、俺の想像を上回る上達速度であった。
反動が出ることを理解した彼らは、数回の射撃で直ぐにその反動を押さえ込む方法を見出す。
試射回数が三十に届く頃には、百発百中を出すものが次々と現れ始めていた。
(何で、こんなに上達が早いんだ……?)
眉をしかめながら、そんな様子の彼らを半分の期待と、半分の疑問を心に浮かべながら観察していた。
そういうわけで、現在の彼らの命中率は九十パーセント前後となっている。
中心に当てるというところにまで絞れば、まだ六十パーセント前後だが、それでもかなりの命中率と言えるだろう。
三発中心二回は当たる計算だしなぁ……。
俺はトンビから離れると、防具の作成を始めていった。
今回相手にするのは、飛竜だ。
尻尾による攻撃、炎によるブレスを警戒しなければならないだろう。
なら、材質にダイヤモンドは使えない。
そんなことをすれば、すぐに酸化して二酸化炭素になってしまう。
だから、今回の防具もウルツァイト窒化ホウ素製にしようと思う。
形状は長方形。
陣形はファランクスを想定して、人一人が隠れられる程の大きさにする。
圧縮すればするほど、質量は上がる。
大きければ持ち運びも不便になるだろうが、そうでもしないと吹き飛ばされそうで怖い。
俺はそんなことを考えながら、大盾を創造した。
「こんなものかな」
出来栄えを確認して、俺は壁に立てかけられるようにして現れたそれに、満足そうに頷いた。
それからトンビと、副隊長であるキツネを呼んで、盾の出来栄えを確認した。
「……でか過ぎねぇか?」
盾を見て開口一番に、トンビはそう言葉を零した。
「そうですね。
対ワイバーン戦は、機動力を重視した戦法が一般的ですが、これではうまく動き回れません」
続いて、そうコメントするキツネ。
俺はといえば、完全に織田信長の鉄砲三段撃ちとファランクスを組み合わせようと考えていただけに、彼のその発言は驚きのものだった。
俺はそんな二人に、俺が考えたわけではないが、その二つの戦法を組み合わせた戦術を提案すると、二人はかなり驚いていた。
「なるほど。
確かにそうすれば、かなり簡単にワイバーンを倒せるかもしれませんね」
作戦を聞いた二人は、これならばと頷いていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
二人が離れた後、俺は同じものを守護者と同じ数だけ誂えた。
集落に住む人口は、貿易のおかげか、徐々に増えていた。
そのため、こちらの守護者の数も、少しだが増えている。
ライフルによる飛竜討伐戦には、その上移住計画の七十人の内、移住希望民の守護者の二十人が加わることで、合計して四十人ほどが参加することとなった。
射撃訓練の休憩時間の終了を告げると、今度はさきほど俺が創造した大盾を持っての陣形を組む訓練を開始する。
大盾で、前後左右、更に頭上をカバーすることによって、まるで一つの大きな紅い箱のようになった密集陣形。
その前面から半身を覗かせて、ライフル銃を高く構える。
覗く体は、隣の兵が持つ大盾に隠されるため、それはさながら戦艦の砲塔のようにも見えた。
「残弾確認!ライフル用意!」
――ガシャガシャガシャ
俺の音魔法によるマイクで、全員に指示が行き渡る。
守護者たちは、事前に連絡しておいた合図に則って、残弾を確認し、ライフルのセーフティを外して照準を定めた。
一斉に鳴り響く、金属の擦れるような音に、俺はニヤリと笑みを浮かべた。
そして、全員が照準を定めたことを確認する。
「撃て!」
殆ど「て」しか発音していないが、どうやら伝わったようである。
守護者たちは一斉に引き金に指を掛け、発砲した。
――ズパァァン!
大きな破裂音が射撃場に鳴り響き、森を騒がせる。
休憩時間の間に再来した鳥たちは、その音に驚いてバサバサと飛び立った。
「隊列、変え!」
――ガシャガシャガシャ
すると、今度は盾で作られた箱の中で、予め決めておいたルートで人員が迅速に移動し、後ろの列に並んでいた守護者が最前列に並ぶ。
「残弾確認!ライフル用意!」
――ガシャガシャガシャ
再び金属のこすれる、重い音が響き渡る。
「撃て!」
――ズパァァン!
続いて起こる、雷のような破裂音。
五列縦隊を組んだ密集陣形での、ライフルを用いたファランクス。
俺はこの演習を一列が八発、全八列合計六十四発の発砲をワンセットとして、スリーセットの訓練を施した。
訓練が終わる頃には既に日は傾いており、彼らの訓練による上達ぶりに満足した俺は、訓練終了を告げて集落へと帰るのであった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
翌、早朝。
俺は、守護者を率いて、俺が創り上げた訓練場へと足を向けた。
守護者たちは、既にファランクスの陣形をとっており、もうどこから何が来ようとも対処できる状態になっていた。
暫くして、俺達は訓練場のある平原へと到着する。
「マジかよ……」
するとそこには、報告にあった三頭よりも多い、五頭のワイバーンが住み着いていた。
――ざわり、ざわり。
最前列の守護者たちが、盾の隙間から見える、その絶望的な様子に声を漏らし始める。
しかし、そんな声はワイバーンに届くことはない。
俺の音魔法による遮音効果のある結界によって、音が掻き消されているからだ。
俺は守護者たちに静かにするように命じると、作戦の確認を始めた。
「いいか?
ファランクスは基本固定砲台だ。動くときは、全員一緒に移動すること。
でなければ、陣形が崩れ、お前らはみんな死ぬ」
言うと、どこからともなく、ゴクリと生唾を飲む音が聞こえてくる。
「作戦は、昨日話した通りだ。
残弾確認の号令で残弾を確認し、速やかにライフル用意の号令で構える。
そして、俺の撃ての号令で一斉射撃だ」
全員が俺の言葉に、首を縦に振って了解を示す。
「俺はお前らの援護をする。
だから安心しろ。陣形さえ乱れなければ、全員生還させてみせよう」
俺はそこで、一旦言葉を切ると、その紅い箱を見下ろして最後に質問はあるかと尋ねた。
しかし、彼らは何も聞かず、黙って頷くのみ。
俺はそこに希望を見ながら、訓練場の防壁を見上げた。
(さて、ボス戦の開始だな……)
俺は深く行きを吸い込むと、緊張を解すようにグッと拳に力を込めて、緩めた。
「……開門!」
俺はそうつぶやくと、目の前の防壁を変形させて、隊列が余裕で入ることができる隙間を作った。
途端、後ろでざわめくような声が聞こえる。
スズメの予想以上の咒の腕に、まだその詳細を見た事のなかった者は、その光景に俺に対する疑心暗鬼が取り除かれた。
後にこの戦いは、スズメの集落を大いに発展させるきっかけとなるのだが、ここに会する一同は、まだそんなことを想像してはいなかっただろう。
こうして、俺達は対ワイバーン戦へと乗り出すのであった。




