神様の展望
料理以外にも掃除や研磨剤、石鹸にもなる重曹を創ることができたのは僥倖だった。
俺はプラスチック製の入れ物に、大量の重曹を入れてラベルを貼ると、それを宙に浮かせて倉庫へと移動した。
倉庫へと向かう最中、訓練場を一回りしてきたのだろうトンビと遭遇した。
「神様よ、それはなんだ?」
「重曹」
キラキラとした面持ちで質問してくるフケ顔の青年に、面倒臭いので簡単に答えた。
「……なんだそりゃ?」
「石鹸の材料、もしくは料理に使うものだ」
「石鹸……?」
(なんでわからないんだよ……)
確かに、ここに来てから石鹸を見たことはない。
すこしざらついた魔物の毛皮でできたタオルを、水につけて体をこする。
それがこの世界の風呂事情だ。
そこまで思い出してから、彼のセリフに納得する俺。
「体洗ったり、掃除するのに使うんだよ」
面倒臭いので簡単に説明すると、トンビは「そんなものがあったのか!?」と、驚愕を顔一面に貼り付かせていた。
俺はそんなトンビを放置して、倉庫に重曹を仕舞うと、さてと集落へ帰ることにした。
ちなみに訓練場の周りは巨大な石の壁で囲まれており、出入りにはその一角にある門を通過しないといけない。
集落へ戻ってくると、神殿は今から床板や壁を張るという段階まで進んでいた。
大工さんに訊けば、あと三日あれば完成するという話だった。
さて。
村長の家に入ると、女中さんが迎え入れてくれた。
「おかえりなさいませ、神様」
「ただいま、女中さん。
少し頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「はい、何也と」
そう答える彼女に、俺はプラスチック製の容器に入った重曹を預けて、黒パンの生地にこれを混ぜて焼いてみてくれと依頼してみる。
「あの、これは?」
「重曹という。
あ、中の白い粉のことね。
重曹は膨らし粉ともいって、熱を加えると……あー……そうだな。
実際に使いながら説明したほうがわかりやすいか」
俺はそう言うと、女中とともに調理場へと向かった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
調理場には、竈なんてものはなかった。
代わりにあったのは、少し堀を深くしたところに、灰を敷いて、石で囲んだかんたんな薪と、その上に金属製の串でぶら下げられた鍋類があるという程度。
「……」
予想外の自体に、俺は呆然とする。
お風呂には竈が使われていたのに、なぜ調理場でそれをしないのか。
「よし、まずは竈づくりからだな」
俺はため息混じりにそう言うと、その堀の隣の空いているところに、土属性魔法の創造を使って、一息にかまどを組み立てる。
そんな俺の様子に、女中さんは呆気に取られたのか、呆然としていた。
俺はそんな彼女を叩き起こすと、パンの生地を作るように指示を出す。
そして俺は生地の中に、適量の重曹を混ぜる。
あとは風魔法で高速で捏ねる。
捏ねたらフライパンで焼いてお終いだ。
薪?要らないよ。
俺の火魔法の発火には、燃料は呪力で十分。
しばらく焼いていると、段々とパン生地が膨らみながら焼きあがっていく。
鉄串でつついて、大丈夫そうだと判断した俺は、火を消して即席で作った陶器の皿(土魔法:硬化付与)に乗せる。
ちなみに、生地の中にはこっそりと砂糖を混入しておいた。
「完成、パンケーキだ」
まあ、味はプレーンだけどね。
今までのやつよりはマシにできただろう。
少し重曹が多かったようだが、ちゃんとパンケーキになっていることを確認すると、俺はそう言って腰に手を当てた。
それを見た女中さんとトンビは、喉を鳴らしてそれを見つめた。
俺は最初の一切れを口にすると、「うん、美味しい!」と呟いて、二人にも食べるように促した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
重曹をとりあえず五キロほど渡すと、女中さんはまるで崇め奉るように両手を合わして、涙を浮かべていた。
ついでに砂糖と塩も五キロほど残していくと、感激のあまり泣き崩れていた。
……大丈夫かな、あの人。
ともあれ、これで村長宅の食事事情もある程度改善されたことだろう。
ちゃんと料理に関する知識の最低限を与えると、俺はトンビを連れてその場をあとにした。
それから集落の共同倉庫に重曹と砂糖と塩を、それぞれ入れ物を変えて三十キロほど納品し、倉庫番の人に重曹については、村長のところの女中さんに聞けばわかると言って丸投げした。
さて、これで食事事情はだいぶ改善されただろう。
重曹によって堅くないパンができたことによって、新しい料理でも開発してくれればいいんだが……。
あとは塩だな。
単純に塩化ナトリウムだけど、あるのと無いのではかなり違ってくる。
味気ない料理に塩味がつく。
これはとても喜ばしいことだ。
それに、塩は交易でもかなりの価値を持つ。
昔はお金の代わりに塩が使われていたくらいだ。
まあ、砂糖のほうが高価なんだけど。
それでもあれほど上等な塩となれば、同等の砂糖と同じくらいの価値にはなるのではないだろうか。
これで交易が発展して、すこしでも便利になってくれれば助かるのだが……。
「さて、次は何にしようか」
陶器の改善か、それとも畑の改善か。
文字を教えるか、数学を教えるか。
お金を作るなら先に数学を教えたほうがいいよな。
水道……は、今はまだ無理そうかな。
マヤ文明の上下水道をイメージすれば、なんとかできそうな気もするけど……。
「……よし、まずは文字からだな」
文字がなければ算術を理解できなそうだし。
そう考えると、俺はヒバリのところへと向かった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
さて、ヒバリに文字を教えて一ヶ月が過ぎた。
今では完全に平仮名と片仮名をマスターして見せたヒバリは、現在は集落の人たちに文字を教えていた。
え?
漢字は教えないのかって?
まあね。
読まれちゃ拙そうな文章を書くときに必要だからね。
ヒバリには平仮名だけを教えさせることにした。
「どうして片仮名は教えないの?」
「人民整理のためだよ」
「人民整理?」
「王族、貴族、平民っていう区別のこと」
「どうしてそんなことするの?
みんな一緒でいいじゃん?」
疑問を口にする彼女に、俺は苦笑しながら彼女の頭を撫でる。
「そうした方が、最初のうちは国を回しやすいんだよ」
正確には、俺がみんなから神様だと崇められたから、もうこの時点で王政に近い政治体型の原型が生まれてしまったから、だ。
俺がそんな地位につかなければ、民主主義国家で三権分立にして、互いに監視しあわせながら不正を防いで――なんてことをしようと考えていたのだが。
はっきり言って、現状では無理だろう。
なので、少しでも俺の仕事が少なくなるように、貴族という位をつくって丸投げできるようにと考えたのである。
その為の人民整理。
読める文字の種類を少なくすることで、位分けをするのだ。
そんな俺の意図なんて知る由もない彼女は、更に怪訝な表情を浮かべて、まぁいっかと思考を放棄する。
さて、一ヶ月も経ったが、あれからどんな変化が起きたかを簡単に説明しようと思う。
ます、ヒバリが文字を覚えると、俺は彼女にお願いして、平仮名だけを集落の人たちに教えるように指示をした。
それからトンビたちも文字を習うようになり、平仮名の識字率は直ぐに百パーセントまで上昇。
これにより人民間で、木簡による手紙のやり取りが始まった。
次に、木簡だとなんか持ち運びにくそうだということと、棘とか刺さって痛そうだなぁと思ったので、紙の製法を教えることにした。
作るのは、赤兎の皮を鞣して作る、羊皮紙ならぬ兎皮紙と、樹皮から作る和紙。
和紙は技術が必要で難しいが、兔皮紙なら水属性の咒が使えれば、簡単にできることがわかった。
こうして、紙の価値は兔皮紙<和紙という構図が出来上がった。
紙ができると、紙を専門に作る職人が出来た。
結果、紙がこの集落の特産品となった。
それから噂を聞きつけた隣の集落から、この集落へ文字を習いに来たり、紙を交換に来たりしたので、そろそろ算術を教えることにして、今に至る。
ちなみに神殿は途中から俺が手を加えたので、頑丈かつ大きな新居ができたのは余談である。
「ふぅ……」
俺はベッドに転がると、そう盛大にため息をついた。
「もう少し……。もう少しで、集落が自立できる……」
俺は脳内計画表を一望しながら、ブツブツと呟いた。
集落全体が算術を使えるようになれば、次はお金の発行だ。
そうなれば物々交換ではなく、お金を基準に物が回るので、物流がわかりやすくなるだろう。
更に幸運なことに、隣の集落との交易で、冶金技術を手に入れた。
俺も冶金に関してはほとんど知識が無かったために有難かった。
それから集落の人たちの中で冶金技術を扱う職人も生まれたのは、とても嬉しいことだった。
とりあえず、今は彼らに算術を教え、お金を与えて物流を把握しやすいようにすることを優先としよう。
その次は須恵器を作らせる。
ここは山の麓にあり、急な斜面に面した地域だ。
竈を作るのにはうってつけだろう。
あとは紙と須恵器を核に、貿易を広げ、人口を増やす。
人口が増えれば生産の効率や速度も上がるからな。
あ、そうだ。
お金作るなら銀行も用意しないと。
あとはそれぞれの職に応じた制服の用意だな。
裁縫師が必要か。
あー、やることが多すぎる。
面倒臭いが、乗り越えた先には楽ちんなスローライフが待っている……はず!
俺はそう自分に言い聞かせると、とりあえず今日はこのまま寝ることにした。




