訓練場と重曹
これはもう、咒というよりは完全に魔法と呼んだほうがしっくりとくるな。
そんな感想をいだいたその日。
その事実は集落中へと一瞬で伝播し、直ぐに俺を祀るための社の建設が始まった。
社、というよりは神殿に近い構造だが。
呆れた様に、村長宅の二階からそんな様子の人々を見下ろしていた俺は、はぁ、とため息をついて、木の床にごろりと転がった。
「面倒くせぇ……」
あくびを一つ。
スズメ改め神様は、ポツリと呟いた。
「……やることないと、なんか暇だな……」
天井のシミの数を数えていたが、一向に眠くならない俺は、さてどのように暇を潰すな考える。
ゲームも漫画もないし、ラノベもなければテレビもない。
代わりに魔物がいて剣があって魔法がある。
RPGの中にでも入り込んだ気分だ。
(……RPG?)
言って、そういえばと閻魔大王にあった頃の記憶を思い出す。
(確か、文明レベルを地球と同等か、それ以上にまで上げないと、死ぬことはできないって言ってたっけ?)
本当かどうかは頗る怪しいが……。
もしそうなら、外に出てちょっと魔物と対峙してみようかな……。
「暇だし、術の精度を上げるのにもいいだろう」
俺はそう呟くと、上体を起こしてぐっと伸びをした。
それから俺は、魔法で簡単な剣を創ると、森へと向けてあるき出した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
集落を出るには、一つしかない跳ね橋を通らなくてはならない。
俺は門番のところへと向かうと、跳ね橋を開けてもらうように頼んだ。
「なりません、神様。
せめて護衛をおつけしなければ」
「じゃあ、誰か一人お願い」
面倒臭そうにそう言うと、しかしかれは自分の一存で決められることではないと述べた。
「じゃあどうにかして」
俺は面倒臭そうな面持ちでそう頼むと、櫓へと上がる階段に腰を落ち着けた。
しばらくすると、黒い髪を無造作に切ったボサボサ頭の青年がやってきた。
「こちらが、今回護衛についていただくトンビ殿です」
青年、というには老け顔で、どことなく渋い雰囲気を醸し出しているそれを、先程の門番が紹介した。
「ども、トンビっす。
一応、ここの守護者の長をやってるんで、どうぞよそしく」
対してトンビは、テキトーに挨拶をしていた。
守護者というのは、集落を守る兵隊のようなものである。
俺は彼を一瞥すると、よろしくと言ってさっさと門を開けるように促した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「ところで、神様よ。
なんで外に出たかったんだ?」
東南方面に森を歩いて暫く。
トンビは思い出したかのようにそう尋ねてきた。
「魔法の練習がてら、魔物狩りでもと思ったんだよ」
「魔法……?」
「俺の咒。
咒というには強力すぎるだろ?だから名前を変えたんだよ」
「あぁ、そういうこと」
簡単な説明をして、面倒臭そうに納得するトンビに、これまた面倒そうな表情をする。
暫くして広い草原が見えてきたので、俺はとりあえずここでいいかなと腰を下ろした。
「なんだ、疲れたのか?」
「少しね」
からかう様に言いながら隣に腰を下ろすトンビに、俺は適当に答えた。
(さて、まずは訓練場の設置からだな……)
俺は軽く草原を見渡すと、どんな感じに建てようかと暫しの間熟考する。
やっぱり、コロッセオだよな。
円形闘技場。あんな感じにしようか。
大きさはどの程度にする?
かなり広いんだし、それなりの広さにしてもいいんじゃないかな。
この世界でも、先占の権利ってのがほぼ自動的に確立しているだろうし、他に遠慮することなんてないよな。
そう考えると、俺は早速訓練場の建設を始めた。
ちなみにその頃にはすでに、トンビは隣で寝息を立てていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
そろそろ日も暮れるのではという頃。
いつの間にか目が覚めていたトンビに護衛されながら造っていた円形闘技場は、半分ほど完成していた。
「ふう……。
続きは明日かな」
息をついて、俺はごろりと訓練場の真ん中に寝そべった。
訓練場を建設している間に判明したことがいくつかあった。
まず、水の問題である。
俺の使う水魔法は、どうやら無から作り出せるようであり、また飲水としても活用できるようだった。
これは、トンビが喉が渇いたと訴えてきたので、試しにと使ってみた結果判明したことであった。
次に風魔法。
どうにかして空から状況を確認できないかなと思い、トンビが生け捕りにした赤兎という赤い色のうさぎを風で飛ばしてみた結果。
なんと空を飛べてしまうことが判明した。
最初は加減や調整が難しく、ミキサーにかけたようになってしまったが、段々と練習しているうちに、小一時間ほどで完璧にトンビを空に浮かべることができるようになった。
ついでに俺も空を飛んだ。
ちょっと怖かったので、これ以降は楽しそうに飛んでいたトンビに報告してもらうように頼むことにした。
次に土魔法。
材質を任意に変更できないかと、色々試した結果。
自分の知っている石材は全て創り出すことができたし、また創った石材を、別の物質に変えることもできた。
もしかしたら気体も作れるだろうかと思ったので試してみれば、なんとか酸素と二酸化炭素、ヘリウムと水素(こっちは実験しても違いがあまりわからなかった)は確実に作ることができた。
なので、白熱電球も作ってみた。
ついでにそれを利用して、手回し式の懐中電灯も作ってみる。
トンビはといえば、かなり驚いていたが、最後に「やっぱ神様って本当なんだな……」と呟いていた。
だが、作ったあとで後悔することになる。
いや、文明の発展には充分貢献したので問題ないが、俺の手間を考えると、やはり次のほうが効率が良かった。
それは、火属性魔法、燐光である。
作ったあとで、もしかして燐光なら光の玉も作れるんじゃないか?と悟った俺は、早速実行に移した。
結果は上々。
簡単に熱くない光の玉ができた。
(こっちのほうが簡単だな……)
俺はいらないからという理由で、懐中電灯をトンビにあげた。
トンビは結構喜んでいた。
(手回し式の懐中電灯であんなに喜ぶなんて……)
少しだけ正気を疑ってしまった神様であった。
そんなこんなで、急速に魔法の腕を上げながら、コロシアムのような形状の訓練場は半分ほど完成するのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
集落に戻ると、神殿はまだ骨組みが完成しただけだった。
建物の梁を見るに、耐震加工はされていないように見える。
「あれ、地震来ても大丈夫なの?」
隣で懐中電灯をうっとりしながら撫で回しているトンビに、正直若干引きながらも、俺は彼にそう尋ねる。
「……地震?」
「そう。地面がいきなり揺れるやつ」
「聞いたことないな」
「へぇ……」
懐中電灯から目を離さずにそう答えたトンビに、俺はある仮設を立てた。
(異世界だからな……。
天動説があり得るかもしれない)
魔法や魔物があるわけだし、ないとは言い切れないよな。
そう考えていると、向こうの方から走ってくる影があった。
ヒバリだ。
「スズメ!……じゃなかった、神様!」
「スズメでいいよ。
何、ヒバリ?」
駆け寄ってきた彼女に、俺は短く要件を尋ねた。
「村長がね、神殿ができるにはまだ時間かかるから、今日は村長の家に泊まってだって!」
「そっか。
伝えてくれてありがとう」
「うん!」
元気一杯にそう返事をするヒバリに、俺は頭を撫でた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
その日の晩餐は、いつもより豪勢だった。
集落の狩人たちが頑張った結果である。
中には、捕るのが難しい青イノシシとカラカラ鳥の肉も入っていた。
イノシシは肉は柔らかく、筋はきれいに取り除かれていた。
そして、ちょっと甘かった。
カラカラ鳥は素焼きにされていた。
味は薄かったが、美味しかった。
(そういや、塩を見かけたことがないな……)
空気の匂いから、ここは海が近くはないということはなんとなく想像していたが。
(もう一つ言えば、お金も見たことがない)
基本的に、ここは物々交換だからな……。
他の集落との交易でも、狩った魔物の素材で作る防具か、装飾品、素材との交換が主だ。
(更に、陶器も割れやすいし、脆い)
器は、縄文土器か弥生土器に似た作りで、どれもちょっとした衝撃で壊れてしまいそうなほど脆い。
適性検査で水の入っていた器は、あのあと衝撃で砕けてしまったしな。
(そういや、水道もないんだよな……)
基本、水は川から汲み取って使っている。
トイレも水洗式ではなく、ボットン便所で、排泄物は肥料に使われている。
飲水は蒸留水ではなく、そのままの生水なので、たまに寄生虫にやられる人が出てきたりする。
だが、水属性の咒には、そういった状態異常系の回復を目的とする咒もあるため、そこまでの被害はない。
医療に関しては、完全にもとの世界より上を行っているようである。
質素だが量だけは多い食事を口に運び、思う。
(そういえば、米がないよな)
小麦はあるが、イースト菌がないからなのか、黒い堅いパンしか無い。
あと、黒パンの堅さは異常だ。
汁物に浸けて食べないと、堅くてはが抜けそうになる。
どれだけ堅焼きすればそうなるんだか。
(魔法で重曹って創れるかな)
豚汁ならぬ猪汁に黒パンを浸しながら、そう考える。
(とりあえず、コロッセオができたら、次は食事事情の改善かな)
すべて食べ終わると、俺は御馳走様を唱えながら手を合わせると、女中に後片付けを頼んで、あてがわれた二階の部屋へと移動した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
翌日も、俺はトンビを護衛に訓練場の建設に向かった。
日が真上に登る頃になるとそれはほぼ完成したが、何かあれば後から付け足していく予定である。
「ふう……」
俺は、訓練場に作った自室の羽毛布団にダイブすると、疲れを癒やすためにしばらく目を瞑る。
(もういっそ、ここに住んでしまおうか)
ステンレス製のパイプベッドに即席で作ったすのこを敷いて、その上に魔物狩りで得た魔物の革(水魔法で鞣した。結構簡単だった)に、昼食用に狩った白いよくわからない鳥の羽を毟って詰め込んだ羽毛布団。
鞣した革は硬かったが、新しく判明した土魔法の硬化の応用で、強度変わらず触り心地最高にふっかふかの羽毛布団が完成した。
そんな羽毛布団に包まりながら、これから先のことを考える。
因みにトンビは訓練場で不満な点がないかを調べてきてもらっているので、しばらくは入ってこない。
その上俺の部屋には鍵がかかっているので、土術師でもない限りは侵入できないようになっている。
ともあれ、これから先のことと言うならば、まずは食事上からだ。
医療系統ならば、水の咒で、大怪我でもしない限りは十分である。
それほど発展しているのに、なぜ平均寿命が短いのかといえば、まあ偏に魔物の存在だった。
それはさておき食事事情だ。
俺は簡単に重曹が作れるかどうかを試してみる。
用意するのは、鉄のお玉と水、そして砂糖と重曹。
カルメ焼きを作って、重曹ができたかどうかを調べるのだ。
結果は上々。
問題なくカルメ焼きは膨らんで、俺は重曹を作ることに成功したと判断した。
「……これ、もしかして調味料とか作れるんじゃないの?」
いや、砂糖が本当に砂糖だって確証はない。
あくまで砂糖として利用しただけなので、これが砂糖かどうかも確かめないと。
ということで、ぺろりと一口舐めてみた。
「……砂糖だな」
調味料関係はこれで解決かな。
そう思いながら、カルメ焼きを口に放り込むのだった。




