俺、魔法使いになる。
まだ、文字も国も無い時代。
正確には国も文字も存在するのだが、俺が生まれた場所は、どうやらそういったものがある「大陸」から離れたところでは、まだそういったものはあまり見かけられなかった時代。
とある山の斜面に面し、きれいな川の流れるその場所に、その集落はあった。
その集落には名前がなく、至って特徴的なところもない、平々凡々とした、どこにでもある集落である。
簡単な丸太で囲われた、魔物避けの柵と堀があり、跳ね橋がある。
跳ね橋の近くには物見櫓があり、集落の中には家が五、六軒ほどしかない、小さな集落である。
そんなどこにでもあるような、小さな集落に、その日突如として異変は起きた。
言わずもがな、俺である。
この集落では五歳になると、魔法(この世界では咒と呼ばれている)の適正を調べる儀式が行われる。
咒には全部で火、水、風、土、無の五つの属性が存在しており、その適性を得られるというだけならば、二人に一人とかなり高い。
だがしかし、得られる適性は大概が一つだけであり、この世界では原則、後々訓練により適正が増えるということはありえないらしい。
また、ニつ以上の適正を得ることはかなり稀とされており、二つの適正を手に入れられるのは十人に一人、三つ以上となれば、百人に一人、千人に一人という割合である。
そんな最中。
集落の習わしである、咒の適性検査が実施された。
検査を受けるのは、俺と、隣の家に住んでいる女の子である。名前はヒバリ。苗字はない。
因みに俺の名前はスズメだった。
「スズメ!」
儀式の場として用意されていたのは、集落の長、村長さんの宅である。
俺は両親に連れられてその場へとやって来ると、村長の家からヒバリが走り寄ってきた。
「スズメも儀式受けに来たの?」
ニコニコと笑顔を湛えながら、ヒバリはそんな風に尋ねる。
俺は短く「そうだよ」と返す。
「ヒバリはもう、儀式は受けたの?」
彼女は村長の娘ではない。
なのに村長の家から出てきた。
ということはつまり、もう検査は受けたのだろうかと、俺は予想してみる。
「うん!
私火属性の適性があったよ!」
「火属性か……」
火属性の咒には、三種類の術があり、以下のようなものである。
その一、点火。これは、ただ単に小さな火を起こすだけの簡単な魔法である。
鍛え抜けば、その炎の大きさを変えたり、少し離れたところに発生させることもできるようになるらしい。……が、主に生活用に使われる。
例えばお風呂の薪に火を付けたりとか。
その二、燐光。キラキラと光る、光の粒を作り出したり、それを物に添付して、一時的に発光させることができるようになる。大した光量もないので、然程使われることはない。
あるとすれば、洞窟で目印をつけたりするときくらいだろうか。
その三、強化。これは単純に、筋力値だけを底上げする咒である。戦士系には好まれる咒だ。
大して魅力的ではない属性ではあるが、それでも嬉しそうにそう報告してくれるヒバリに、俺は「良かったな」と言って頭を撫でた。
それから俺は、ヒバリからのエールを受け取ると、一人でそそくさと村長の待つ、儀式用の部屋へと移動することにした。
兼ねてよりスズメは、この世界の不便さに甚だ我慢の限界というものを覚えていた。
何もかもを自分でしなければいけないということに面倒臭さを覚えた俺は、咒を使う大人たちを見つけて、その有用性を考察して過ごしていた。
結果として、一番自分が魅力的だと感じたのは、土属性の咒である。
土属性の咒は、主に鍛冶に利用されることが多い属性だ。
つまり、道具づくりに向いているということである。
使える種類は四つ。
錬成、変形、抽出、硬化である。
錬成とは、別々の物質を、任意の形に組み合わせることができる、いわば錬金術のようなものである。
対して変形とは、物体の形状を弄る咒。
抽出は、合金などから純粋な物質を分けて取り出す咒。
硬化は、物体、もしくは生体の硬度を高める咒である。
十分に使える咒で、さらにもっとも人気の高い咒である。
……だが、そんな便利な咒が、そのまま便利であるだけのはずがなく、ちゃんと欠点も用意されていた。
まず、その四つ全ての咒を扱えるのは、数千人に一人しかいない。
その中のどれが一つでも使えるなら御の字だし、そもそも土術師(土属性の咒を使える人)の生まれる確率は、他の四つに比べて極端に低い。
それほどに希少な属性であった。
そんなことを思い返しながら部屋にたどり着くと、そこには村長と、その娘であるヒバチさんが、卓の向こう側に座っていた。
両親は二人に、よろしくお願いしますと頭を下げると、案内してくれていた女中と共に、その部屋をあとにする。
後ろで、パタンという襖の閉まる音と、遠ざかっていく足音を聞きながら、俺は机の上に置かれたモノに注目した。
動物の革が一枚、陶器の中に水が一杯、枯れた木の葉が数枚、石の塊が二つ。
それぞれ、適正を調べるための道具であった。
「咒の使い方はわかる?」
ヒバチさんが、淡く微笑みながら尋ねる。
「はい」
なぜ、咒の適性検査をこの五歳の頃に受けるのか。
それは、咒を使うのに必要な器官が、五歳の頃に完成するからである。
五歳になると、この世界の人は、肉体の位相の違う次元に、呪力を吸収し、溜め込むことができる器ができる。
器は思考と同調しており、基本的に精神年齢と演算速度が高ければ高いほど、咒の精度は上がっていくし、呪力の量も増える。
この世界での平均寿命は、約三十歳。
十歳にもなれば大人と同等として扱われるこの世界では、五歳は日本で言うところの高校生に値するようである。
そんな理由からか、この世界では基本的に精神年齢が高い子供が多いのだ。
さて。
俺は試験用に用意された道具を一瞥して、瞑目する。
咒の使い方は、大人から教わった。
といっても知識だけで、今まではイメージトレーニングしかしていない。
咒は思考と同調する。
つまり、どれだけイメージが正確かによって、できることは大きく変わるし、固定概念があればできることは狭くなるのだ。
俺はすっと、まずは動物の革に手を向ける。
「点火」
咒の名前を呟き、イメージを補強しながら、俺は術を行使した。
――轟ッ!
しかし、次の瞬間。
俺がイメージしたものよりも随分と大きな炎が生まれ、その革を焼き尽くし、灰に変えてしまった。
しかし、更に恐ろしいものは、もう燃えるものもないはずなのに、未だ中空で燃え続けている巨大な火の玉の存在であろう。
これはもはや点火ではなく、発火と言うべきではないだろうか?
「「……」」
誰も予想できなかった展開に、二人は呆然とその灰を見つめる。
俺もなぜこんな事になったかは分からないが、とりあえずラッキーという程度に捉えて、次の目標に目を向けた。
「水流」
液体を流動させ、波を作ることが本来の目的である咒の名を、俺は呟いた。
――ザッパァン!
「「……」」
するとどうだろう。
器に入れられていた水は、明らかにその質量を超える量の水を以て、まるで噴水のように溢れ出し、停まること無く溢れ出し続ける。
それは空中に躍り出ると、そのまままるで重力なんて関係ないとでも言いたそうに、空で渦を巻いていた。
(もしかして、俺って天才?)
二つの属性を行使できる上に、その両方とも本来の術とはかけ離れた規模を見せつけた。
それはもう、新しい術と言っても過言ではないだろう。
未だに茫然自失として帰ってこない二人を脇に、俺は次の術を行使する。
「風車」
――ビュオオオオオ!
「……」
ちょっとした風を起こす程度の咒だったが、まるで吹雪のような低い音を立てて、木の葉は空に舞い、粉微塵になって中心に掻き集められた。
(これで洗濯は楽になるかな?)
そんな風に捉えて、俺は次の術に移行しようとする。
と、そんな時だった。
村長が自分を取り戻して、俺に話しかけてきた。
「ちょっ、ちょっと待つのだスズメ!」
「なんですか、村長?」
慌てたように、机に転がる石に手を向ける俺を静止する村長に、面倒臭さそうな表情を向ける俺。
しかし村長はそんなことはどうでもいいとでも言う風に、真剣な目を俺に向けた。
「おかしいだろ、お前!?」
「……おかしくないですよ、別に」
相手をしていたら更に面倒になると悟った俺は、気のない返事を返して、石に意識を向ける。
「いやおかしいって!
なんでそんな、五歳の器出来立てほやほやのお前が、そんな強力な咒を扱えるのだ!」
「知りませんよそんなの」
こっちが聞きたいっての。
まあ、楽になるから別に知ったところでどうというわけでもないんだが。
そう答えると、俺はようやく待ちに待った土属性の適正を調べにかかる。
これまで三つとも高水準で咒を扱えた。
この形ならば、術でものを作ることも出来そうな気がする。
そう考えた俺は、一考の後に、イメージ補強のために咒の名前を呟いた。
「創造」
するとどうだろう。
次の瞬間、目の前に石ころが一つ、段々と大きくなるように現れ始めた。
(これは成功だな)
とりあえず道具と材料は、これさえ使いこなせば不要だろう。
そう考えて不敵に笑う俺の目の前で、何か怯えるように震える村長。
しばらくして、村長は息を呑むと、ポツリと言葉を呟いた。
「神の……ご降臨だ……!」
こうして、その日。
小さな何もない集落に、これより神様と崇め奉られることになる少年が誕生した。




