俺、死にました。
ある日、俺の命は唐突に終わりを告げた。
それは、社会的に死んだとか、そういった比喩表現ではなく、文字通りに、そのままの意味で俺の人生は幕を閉じたのである。
なぜそんなことがわかるかと言えば、それは目の前の景色である。
ある人は、死ねば花畑が見えるとか言っていたが、俺の最後にある記憶――そう、小さな子供を救った代償として、トラックに跳ねられるという記憶。
その次が、この荒涼とした川辺だったからだ。
(地獄行き、なのか)
心の中で、俺はボソリとつぶやいた。
ゴロゴロと大きな石や岩があちらこちらに転がる川辺では、獄卒と思しき鬼が、亡者が積み立てている石を蹴り飛ばして牙を覗かせている。
血のように真っ赤な空を映し出す川面には、さて、俺の順番を待つかのように、プカリプカリと浮かんだ木の小舟が浮かんでいた。
川はもちろん、三途の川である。
そういえば小耳に挟んだ話では、その川の深さで生前の罪の重さを知ることができるという。
何も罪を犯していない、まるで聖人君子でもあるような人たちは、その川を歩いて渡れるほどに浅く感じるそうなのだが、先程までの大量の亡者たちの様子を見ると、そんなケースは稀な話であるようだ。
普通に暮らしていれば、そんな罪は犯さないだろうと考えるだろうが、実はそうでもない。
どうやら、虫の一匹を殺すだけでも、この世界では罪に値するようなのである。
生類憐の令、恐るべしかなと思った。
ついでに言えば、親より先に子供が死ぬということも、かなりの罪に値するようだ。
つまり親不孝者は大罪人という扱いらしい。
……言わんとしていることはわかるけれど、今回のは不可抗力、理不尽だというものだよね。
罪に数えないでほしい。
そんな思考をダラダラと済ませながら、俺は小舟に乗る。
小舟は一人でに移動を開始し、対岸へと渡りつく。
そうしてさらに長い長い待ち時間の末に、漸く審判の時がやってきた。
閻魔大王とのご対面である。
畳の上に胡座を掻いていたのは、数メートルもありそうな巨漢……ではなく、女性であった。
(……閻魔大王って、女だったのか?)
ふと、そんな考えが脳裏を過る。
以前テレビで言っていた「閻魔大王は、人類の中で最初に死んだ人物である」というセリフと、旧約聖書の失楽園で、最初にアダムが土からできたというフレーズから「閻魔大王=アダムじゃね?」という予想を立てていたのだが……。
一瞬に近い時間で、そこまでの思考を行った俺は、怪訝な表情で彼女を見上げた。
天女は、それから一本の巻物を、脇に控えていた司書らしき鬼から受け取ると、さぞ面倒臭そうに、そこに記された罪状を事細かに告げていく。
「――以上が、お前の罪状となる」
天女は最後にそう締めくくると、しかし「だが」と言葉を続けた。
「だが、お前はこの先、量子物理学において多大な貢献を世に残し、文明のレベルを上げる予定だった少女を助けたことから、配慮の余地ありと判断した」
「配慮……ですか?」
つまり、ボーナスポイントとして、何かしら加算されるのだろうか?
……刑罰が軽くなるとか?
いや、地獄の刑罰には軽いものなんてそんなに――。
訝しむように俺がそう尋ねると、閻魔大王(?)はニヤリと口角を上げる。
「ここに、未だ文明の発展が乏しい異世界が存在する。
そこでお前には、ここの文明のレベルを、生前の文明レベルと同等か、またはそれ以上の文明レベルにまで発展させるまで死ねないという刑罰を課すこととする」
(面倒くせぇ……)
彼女は厳かにそう告げると、脇に控えていたもう一人の司書らしき鬼から、焼き印のようなものを受け取ると、俺の胸の中央に、それを押し付けるのであった。
それから先のことは、よく覚えていない。