黒い国
事件から一ヶ月後。
その間に俺は、自分の手で神殿を造り直していた。
「……」
絶句している職人たち。
もともとこの神殿は、簡易に造った為に構造も荒く、先日の侵入者の件でかなり建材に疲労が蓄積されていたのだ。
木材をメインとし、漆喰と土術師の扱う鋼材などで造ったそれは、職人たちの力で、驚くべきスピード――それも三日で――造り上げられていたそれは、今では俺の趣味全開で、巨城の様相を呈していた。
階層は二十階建て。
部屋数は優に千を超える。
研究塔、試験塔、実験塔、訓練塔、城壁塔、門塔、外殻塔の他、宝物庫、武器庫、火薬庫、食料庫等の倉庫が密集する倉庫棟(塔ではない)。
守護者たちのための兵舎も造った。
外庭に中庭。
屋上テラス、紅玉草を栽培するための温室。
地下には囚人を収容する牢獄、拷問部屋。
ちなみにオウガイ達はこの牢獄にいる。
他にも、迎賓館や国会議事堂。
客間や応接室、謁見の間に会議室、多目的室、教室、使用人たちの部屋に、休憩室。
俺専用の作業部屋もつくった。
試験的に、城の地下にだけ下水道を敷いて、水洗トイレを作ってみた。
自重で壊れないように、ウルツァイト窒化ホウ素、ロンズデーライトを用いて、錆対策のためにアルミニウムでコーティングした。
……下水道はできたが、上水道って作り方わかんないんだよなぁ……。
ポンプで汲み上げるのだろうか?
なんかちょっと違う気がする。
流体力学は専門外だし、圧力の差で吸い取ると言っても、限度があるしなぁ……水道管の硬度とか考えると。
城が崩れないように、色々重さを分散させる仕掛けとか施したけど、まあ、大丈夫だろ。
定期的に点検さえすればさ。
俺が神殿を建造している間、手空きの土術師には、大量のウルツァイト窒化ホウ素製の滑車と、カルビン製のワイヤーを手渡して、外の城壁に物資輸送専用のゴンドラを造らせた。
今では集落を囲む城壁の物見櫓のすべてに、ゴンドラがついている。
このゴンドラが揺れないように支柱を作るのまでは俺が手伝ったが、それ以外はほとんど集落の職人と、外の訓練場から派遣されてきた男手によるものだった。
あと、ライフルの改良も行った。
以前のライフルだと、薬莢の排出には、いちいち棒を使って外に押し出さなければならなかった。
しかもレボルバーだからな。
今までは自動式の仕組みがわからなくて、簡単なレボルバーにしていたが、今よく考えてみれば、レボルバーにしたことによって、残弾の確認を素早く済ませられるというメリットがあることに気がついた。
そこで俺は、このレボルバー式ライフルの基本的な構造は変えずに、薬莢の排出をさらにスピーディにするための仕掛けを作った。
即ち「全弾空になったら、一気に薬莢を排出する」棒をつけたのだ。
棒はピストン運動により、ワンアクションで薬莢を装弾数マイナス一の数を排出することができる。
なぜマイナス一かといえば、流石に発射するところに入ってる弾は出せないからだ。
まあ、一応考えてはみるが。
こうして、改造した方をⅡ型ライフル、改造前のものをⅠ型ライフルと呼称することとした。
あと一つ。
守護者たちのための制服を作った。
それは、トンビに渡した防刃性能の高い衣類だ。
染色はしていないが、そこら辺はまたいつかということで。
今は装備を整える必要があるからな。
そうそう。
装備といえば、対空装備を集落の外周を取り巻く城壁に設置した。
何かといえば、ライフルの応用である。
バレルを長く、経口を大きく。
簡単に言えば、ライフルと大砲を足して二で割った様な兵器だ。
レボルバー式で、装弾数は四。
すべての櫓に二つずつ配置した。
衝撃がひどそうなので、周囲にはアルファゲルによる緩衝材が敷かれている。
また、点検用の道具や設備も、櫓の近くに増築した。
その名も「対空装備点検塔」。
そうそう、バリスタにもライフルと同じように、火薬による爆発を推進力とするタイプの新兵器もいくつか作っておいた。
これで、鳥籠とかいうマーシェ帝国の乗り物も撃墜できるだろう。
ちなみにこの弾丸、もとい砲弾には、とある仕掛けが組み込まれている。
この直径三百ミリの砲弾は、母弾と子弾に分けられる。
母弾とは、子弾を打ち上げるための入れ物で、この砲弾の攻撃の本体は、その中にある子弾にある。
まず、母弾が空へ打ち上げられると、あるタイミングで爆発する。
そしてそのは爆発によって子弾が散弾のようにばら撒かれるのだ。
言ってみれば、クラスター爆弾の様なものだ。
……まあ、作っておいて何だが、正直なところ、これを使うのには少し抵抗がある。
もし仮に、その弾丸の一部が風か何かでこちらまで飛来したら、まさに自爆してしまうかもしれないからだ。
なので、この砲弾は最後の手段だ。
さてはて、話は変わるが。
村長にはお願いして、新しい役職についてもらった。
役職名は、民の声を聞いて政治をする長、ということで「聞長」という名前にした。
少し違うかもしれないが、日本で言うところの首相のような立場だ。
国民の中から選抜で代表を選び、政治の方針を決め、集落を運営する。
この代表のことは、聞官と呼ぶことにしよう。
まあ、最初のうちは、目安箱を城の前において、集落の民たちの要望を聞いたりして政策の方針や、新しい法律、そして憲法の立案なとをしていくことだろう。
俺は、完成した城を見上げながら、腰に手を当てて満足げに頷いた。
「まだまだ改良の余地はありそうだが、見つけ次第直していけばいいだろう。
それよりも……」
俺は、ちらりと隣で佇む秘書のヨツカドさんの顔を見上げた。
「先に、人員不足と食糧不足をどうにかしないとなぁ……」
城の整備者に、集落……いや、もはやもう一つの国と言った方がいいのではないだろうか?その外周を囲う牆壁の整備士とか、あとは管理人とか、いろいろ……。
人員は、訓練上に待機させている彼らを連れてきても、まだ足りなさそうだし……。
「隣の村や集落から、人員を集めてみては如何です?」
ふと、そんな呟きにヨツカドが答える。
「でも、それだと食料が足りない」
「山菜や木の実、きのこ。
魔物や動物の肉など、採取や狩猟によっても、それはある程度抑えられると思いますが」
「それはまあ、そうなんだけどな……」
事実、ユリとかは狩とかで食料をかき集めてるみたいだし。
「……よし、これも聞長さんに丸投げするか。
ヨツカド、よろしく伝えといてね」
「畏まりました、神様」
考えるのが面倒になった俺は、思考を放棄して他人に押し付けることにしたのだった。
⚪⚫○●⚪⚫○●
一方その頃。
そんな先方の事情など知らない、北の平原近くの村を占領して拠点としていたマーシェ帝国から派遣されていた将、ケイコクは、机に肘をついて貧乏揺すりをしていた。
「…………」
ガタガタガタガタと、膝が机を突き上げる音が、元村長の執務室に響く。
「……遅い」
ケイコクは貧乏揺すりを止めると、耐えきれず机に拳を打ち付けて、その心の中を吐露する。
(数ヶ月とは言っていたが、いつまで待たせる気だ、あの老いぼれ!)
もしや作戦が失敗して、捕まったわけではないだろうな?
と、そんな事を考えている時だった。
一人の伝令役が、ケイコクのいる部屋へと入ってきた。
「遅い!
オウガイのクソ共は何をしているんだ!」
まるでたまりに溜まっていたストレスが爆発するがごとく、彼は伝令に怒声を上げた。
「はっ!
それが、かの城壁内部に侵入しているらしく、現在、連絡が取れません」
「なに、アレの中に入れたのか?」
いったい、どうやってあんなところに入り込んだんだ……?
わざと捕まりでもしたか?
だが、今は戦時中。
捕虜、悪ければ殺される筈なのに……。
ケイコクは怪訝に眉をひそめると、彼の話を促した。
「で?
他に何か収穫はあったのか?」
「それが、一度城壁近くまで偵察に向かったのですが。
先月までは無かった、新兵器と思われる物が、城壁に装備されておりまして」
「新兵器……?
こんな短期間でか?」
……いや、あの城壁も、資材もどこからかわからないがかなりの短期間で築き上げていた。
それに、加え、ここ最近で急に勢力を増してきたとも報告が上がっている。
(絶対、これは協力者がいるな……?)
しかし、そうすると誰が協力者だ?
そもそも、協力するメリットは何だ。
東のたかが小さな列島に何がある?
もしや、帝王陛下はそれを望んであの集落を?
……いや、あれを集落と呼ぶには、既に大きすぎるか。
一つの国となった、と言われたほうがよっぽど――国?
「馬鹿な」
ケイコクはポツリと呟くと、それより考えるべきことがあると、頭を切り替えた。
もし、どこかの国が鑑賞している結果なのだとすれば。
おそらく目的はこの列島の支配。
何故ほしいかはわからんが、おそらく陛下は何かお気づきになられている。
そんなところに我らを送ったのだ、きっとその目論見を邪魔しろという意味が込められているのだろう。
しばらくの時間をかけてそう結論づけた彼は、うんと頷くと、目の前で直立不動している兵士に声をかけた。
「近いうちにオウガイから何らかの報せがあるはずだ。
無ければ二ヶ月の時を待って、あの集落に攻め込もうと思う。
その事を隊長各位に伝達しろ」
「ハッ!」
いくらなんでも、あいつは時間をかけすぎだ。
いつ帝王陛下から進捗を聞かれるか分かったものではない。
きっと、まだ小さな集落のままであるとお思いなはず。
帝国からここまで来る時間を考えれば、それくらいが刻限だろう。
そのときに成果を上げていなければ……。
ケイコクはその先を考えて、首元を手でさすった。
出ていった兵士の後を、焦る眼差しで睨みながら、ケイコクはさて、あれをどう陥落させようかと思考をはせた。
●○⚫⚪●○⚫⚪
名前というものは、とても大事なものだ。
なぜならば名前があるだけで、それが一体何を指しているのかというのが瞭然としてわかるからである。
なぜこんな事を言うかと言えば、それはつい先日、聞官を集落の中から多数決で決めた際に、その聞官のうちの一人がこんなことを聞いてきたからだ。
「それで、神様。
この国の名前ですが、一体どうしましょう?」
もはや集落が村や街、都市を超えて国断定されているということに、若干の違和感を覚えたが、それは置いておいて。
そうだ。
この国(?)にはまだ名前がない。
まだ路地裏でニャーニャー鳴いているだけの猫みたいな状態なのだ。
吾輩は国である、まだ土地名は無い。
本なフレーズが一瞬流れてきたが、それは無視することにして。
俺はそんなことを尋ねてきた彼に、こう返した。
「そういうことを話し合うための聞官なんだけど」
聞官の主な仕事は、こういった議題に対して会議を開き、民の代わりに答えを出す事である。
だから、俺に頼られても困る。
これからは政治的なことは全部元村長以下数名の聞官に丸投げする方針である。
……まあ、最終確認的なところで、書類は俺の方にも回してもらうけれども。
そんなことを彼らに説明すると、あぁ、なるほど!と頷いていた。
……こいつらって、もしかして馬鹿じゃないのかな?
聞官の仕事内容については、選出するときに説明はしたはずなんだが。
「はぁ……」
俺は目の前の用紙に目を落として、ため息をつく。
そんなこんなで、一応彼らは意見投票箱を設置して、アンケートを取ったらしい。
はじめの内は、結構順調にことが進んでいたらしい。
城門と民家の間に設置された投票箱には、次々と国名案が溜まっていった。
そして、それをいざ聞官たちが集計し、どれがいいかの多数決を取った結果決まったのは、次のような名前だった。
――神御座す黒き牆壁皇国
「却下だ却下。
こんなの恥ずかしくて使えるかっ!」
どこでそんな言葉覚えてきたんだよ!?
ていうかなぜドイツ語が入ってるし!
そして当て字が安直すぎる!もうちょっとなんか捻れよ!
なんだよ黒い国って!
外壁はどちらかって言うと黒というより赤っぽいだろうが!
……え、そこじゃない?
わかってる、わかってるよ。あえて突っ込んでないだけ。
聞官の奴らもしかして中二病疑惑とか、そんなこと言わないの。
下手すれば知るはずのないナチスのモノマネをしだしそうで怖いとかそんなこと言わないの。
俺は報告用紙に赤色の岩絵具で罰印を描いて、持ってきた我が秘書ヨツカドさんに手渡す。
「そうですか?
私は結構イイと思いますが」
「……」
もしやヨツカドさんまで中二病色に染まりますかえ……?
俺は落胆したように肩を落とすのだった。




