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異世界神様の文明開化計画〈アナザードライブ〉  作者: 記角麒麟
序章 進撃のマーシェ帝国
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 トンビはごく簡単に作戦を告げると、すっと目を細めて窓枠に立った。

 そして、手に持った刀を鞘に戻してから、空を見上げて、ついで地上を見下ろす。


「……さて、久しぶりに、ちょっと本気出すかな」


 彼はそう呟くと、三階の窓から地上へと飛び降りていった。


 そんな様子を、俺はポカンとした面持ちで眺めていた。

 俺が聞いた作戦というのは、ただ一言「神様はここにいてくれ」のみだった。


 それはつまり、どういうことなのか。

 一人で決着をつけるつもりなのか、それとも守護者を動かして袋叩き?


 そんな予想を繰り広げるが、結局のところ何もわからずじまいだった。


 そんなこんなで、俺は目の前の血溜まりに目を向ける。


 このまま放置しておくのは芳しくない。

 何より血の匂いが部屋に充満することが許せないし、このままでは床が腐食してしまう。


 ここはトンビに丸投げして、掃除はメイドに任せて、自分は早々に寝てしまおうか。

 けど、こんな殺人現場みたいな場所で寝るのも、少し気が引ける。

 かと言って、他に寝る場所もない。


 あるとすれば、住み込みで働くコムギ以外の女中の部屋か、仮眠室だな。

 面倒なら作業場で寝てもいい。


「……動くの面倒だなぁ」


 とは言っても、掃除はしないといけない。

 女中は今寝てるし、かといって起こしてこの惨状を見せるわけにもいかない。


 そう思い直した俺は、さてどう片付けようかと迷う。


「いっそ固めてしまうか」


 ハバネロ年金デュクシで、たしか暴食の体内で血液から鉄を錬成するシーンがあったっけ。


 血は鉄っていうけど、あれは本当なんだろうか。


「少し試してみるか」


 俺は血溜まりに近づくと、上から手をかざして、呪力を集中させ、イメージを思い浮かばせる。


(対象をトリミング、対象を浮遊、球体に圧縮、座標を固定、金属を分離、状態を個体に変化、表面をコーティング)


 すると、床に広がっていた血液が、ふよふよと空中に渦を描きながら浮き上がりだした。

 そしてそれは、中心に向かって吸い込まれるように圧縮されると、鉄の表皮が滲み出るように覆われていく。


 どうやら魔法は成功したようだ。


「ふぅ……」


 完全に鉄で覆われたことを確認した俺は、それを床に置いて一息つく。


 必要としたコストはかなり低かった。

 土術はかなり集中して熟練度上げてたしな。


 それに、もともとの呪力量が桁違いだったのもある。

 割合的に消費量が少なく住んだのは道理だろう。


 呪力量は、その人物の体の大きさに比例する。

 つまり、体が大きければ大きいほど、持っている呪力の量も大きくなる。

 それ以外にも、運用効率によって、消費量を抑えることで、呪力量を上げることもできる。


 運用効率は、その属性の練度によって比例するもので、運用効率が上がるというのは、つまりコスト削減ということに当たる。

 コスト削減は、量が増えたわけではない。

 あくまで消費量が減っただけ。


 練度によって、量は増えない。


 だが俺の場合。

 どうしたことか、身長も低い上に練度も低いくせに、量だけはかなりのものだ。


 原因はわからない。

 もしかしたら、呪力ではない、別の何かなのかもしれないが……。

 今のところは普通に呪力と同じように使えている。


 一体、どういう仕組みなんだろうなぁ……。



⚪⚫○●⚪⚫○●



 翌朝。

 俺の目の前には、十数枚の資料が重ねられていた。

 言わずもがな、捕らえた八人の刺客についてのものだ。


 当初の作戦では、俺が囮となってトンビに刺客を捕まえてもらい、捕虜にするという形だったのだが、俺が人の大量の血にむせてしまったため、作戦を変更して、俺を抜きにして捕らえに行くことになった。


 もちろん、彼らを捕まえるのはトンビだけでなく、ほとんどの守護者が駆り出されていたので、この結果は彼一人の手柄、というわけではない。

 当初の予定でもそんな感じだった。


 まあ、段取りは変わったけど、結果はオーライということで……さて。

 こいつらどうしようか。


 当然、捕虜に対しての扱いなんて知るはずもない。

 本とかでよく聞くのは、奴隷にする、交渉材料にする、殺すとか、人を人として見ない外道だったが……。


(こっちは襲われたわけだしなぁ……)


 どうしたものか。


 俺は眉根を寄せて、悩むように唸っていた。


(やっぱり、こういう面倒くさいことは、俺より長くここを治めてる村長に丸投げするか)


 そろそろと思考を放棄してうんと頷くと、俺はそばに控える秘書に、これを全部村長に丸投げしておいてと頼んだ。


「承りました、神様」


 彼女は恭しく礼をすると、その書類を受け取って、執務室をあとにする。


 彼女は誰なのかって?

 秘書だよ、秘書。仕事用に雇ってみたんだ。

 ほら、いつかコムギが言ってたでしょ、色々便利って。


 まあ、あんなことがあったから、秘書にコムギは選ばなかったけどね。


 彼女の名前はヨツカド。

 移住希望だった七十人のうちの一人だ。


 スラリと伸びた背丈に、薄っぺらいまな板の胸部装甲。

 藍のかった黒髪は長く、デイ・クリーチャーと呼ばれる魔物から取れるゴム素材で作った髪留めでアップに纏めている。


 性格は真面目で、仕事が早いとキツネからのお墨付きだ。


 まだ雇用して一時間くらいしか経っていないが、脇で微動だにせず佇むさまは、真面目というよりお堅い雰囲気があって、ちょっと居づらかったりもする。


 突き刺さるような視線が、特に痛い。

 だってあの人、目がめっちゃ鋭いんだもん。正直、最初は睨まれてるのかって思ってしまったくらいだ。


「……政治か……。めんどくさいし、もう国会作っちゃおうか」


 王政にしようかって最初は悩んでたけど……。

 なんか、政治ってめんどくさいし。


 けど、もうみんな俺が王様みたいにしてるじゃん?

 俺が変に強い魔法使えるせいで。

 もうこれ、一種の宗教だよね?


 ……宗教?


「そうか、その手があったか!」


 俺はバン!と音を立てて立ち上がると、すぐさま構想を練るために、ブツブツと言いながら紙に何やら書き始めた。


「王様と神様を分離するんだ。

 政治関係は全部、王様がなんとかすればいい。

 いや、それこそ三権分立を敷いて民主主義を掲げ、その上で俺は象徴的な存在でいればいい。

 そうだ、だとしたら省庁の設置も考えないと!

 最初の法律とかはまあ、適当に考えたりして……。

 いや、最低限のものは設定して、他は目安箱でもおいて人民に提案させるのはどうだ?

 あと他には――」


 そうこうして、大量の政案を書き連ねている時だった。

 それは、突如として起こる。


 ヒュッ!

 という、短い風切り音が俺の鼓膜を突き抜けていった。


「?」


 なんの音だろう?

 俺は首を傾げる。


 気になった俺は、音のした方。つまるところ、執務室の扉の向こうへと足を向けた。


 すると、次に聞こえてきたのは、ドサリという、なにか重いものが落ちる音。


「お〜い、何かあったのか?」


 執務室の向こうには、捕虜が抜け出した際に備えて、警備のために守護者が四人在中していた。

 俺は、彼らに呼びかけるのだが、何故か反応がない。


 怪訝に思った俺は、もしかして捕虜が脱走したのか?と警戒し、即席で壁を作り出せるように魔法を準備しておく。


 俺の手が、扉のノブに届こうとする、そのとき。


「ほぅ。

 とても、五歳児とは思えない構想だな」


 背後から、男の声が掛かった。


「!?」


 バッ、と振り向くと、そこには一人の老人が、書きかけの書類を手にニヤニヤしていた。


「いったい、どこでこんなものを学んだのか……。

 だが、詰が甘い。

 やはり、子供は子供か」


 老爺はそれを折りたたむと、着ていた羽織の袖の中へ仕舞う。


 それを合図に、背後の扉が開く音が耳を打った。

 同時に、スッと冷たい何かが首に押し当てられる。


「!?」


 その感触に、俺の心臓は跳ね上がった。


「……」


 鼓動が早くなる。

 背中に嫌な汗が流れて、無意識に目が見開かれ、歯を噛みしめる。


「幾つか聞きたいことがある」


 老爺――オウガイは、俺を近くに寄せるように仲間に命令して、話を始めた。


「……どうやって、あの壁を建てたんだ?」


 彼がまず最初に尋ねたのは、俺の建てた牆壁の事だった。

 オウガイは鋭い眼光で、俺の顔を睨めつけながら、拷問のように――いや、拷問した。

 触れる金属の圧力が、ちょっとだけ上がる。


 魔法を使う冷静さはもうない。

 おそらく、魔力を使おうとしたならば、それを察知して首斬りにかかるか……。いや、俺なら重要参考人として生かしておくか。


 とにかく、俺に命の危機というのはなかったのだが、今の俺には“刃物を突き立てられている”というだけで、十分に脅しとなった。


 しかし、そんな時だった。

 扉の外から金属が弾けるような音が響いた。


「ぐわっ!?」


 くぐもった呻き声が、扉の外を通過していく。

 そして次の瞬間、その扉の隣の壁をぶち抜いて、一人の男性が姿を表した。


「「チッ」」


 オウガイと侵入者が、ほぼ同時に舌を打ち鳴らした。

 と、同時に侵入者の右手が閃く。

 その手には黒い金属質なブーメランのような、しかしそれにしては重く仰々しいスタイルのそれが握られており、その先はオウガイの方を照準していた。


 ――自動拳銃だ。


「全く……めんどくせぇことしてくれやがって……。

 なあ、オウガイとやら?」


 彼は左手で自分の後頭部を掻きながら、面倒臭そうに鋭い視線を向ける。

 そこには、ただただ面倒だというだけではない、他の色も混ざっていたが。


「トンビ……!」


 助けに来てくれたのか!と、俺は喜色を顕にして、彼の名を呼んだ。

 トンビはそんな俺に向かって、一瞬だけ笑みを向けると、すぐ様俺に刃を向けている人物に凄んだ。


「武器を捨てろ」


 彼の左手に握られた日本刀で、俺を人質にとる男のうなじを腹で叩きながら、トンビは低く、唸るような声で殺気を孕む警告を発する。

 オウガイは苦虫を噛み潰したような顔で、こちらを睨んだ。


 オウガイはいつの間にか手にしていた札に気力を込め始める。が、しかし、それが成功することはなかった。


 ――ドパン!


 トンビの手に持つ拳銃が火を吹く。

 ライフルよりは幾分小さな破裂音が室内に響き、直後に床に薬莢が転げ落ちる、乾いた金属音が響く。


「ぅぐあ……っ!?」


 突如襲った衝撃に、オウガイの左手が弾かれ、声にならない悲鳴が響く。

 血飛沫が舞って床を、机を汚す。


「き、貴様……っ!

 今、何をした!?」


 腕の中で跳弾したのか。

 肘から先を血に染めながら、怒りの眼差しでトンビを睨む。


「警告はしたが?」


 面倒だから早くしろ、とでもいいたげな、しかしそれだけではなく、どこか怒りをはらんだ雰囲気をまとわせる声音で、老爺に返した。


「くっ……!」


 オウガイは目尻を吊り上げ、キッと睨むと、俺の背後にいる人物に、俺を開放するようにと支持を出した。


 カラン、と、緊張に強張っていた腕から、剣が床に落ちて音を立てる。

 首元から離れた凶器の感触にホッと胸をなでおろした俺は、とりあえずどうするかと思考を巡らせる。


 が、どうやらその必要は無かったようだ。


 トンビは刀を逆手に持ち帰ると、その柄頭をハンマーのようにして、彼の首を殴り、意識を刈り取った。

 そしてすぐさまその首に腕を回して胸元に引き寄せて、その喉笛に刀の刃を突きつける。


 どうやら、ミイラ取りがミイラになると言うよりは、ミイラに取って代わられたようである。


 俺は、その様子を見て、そんなどこかずれた感想を抱いていた。


「投降しろ」


 その一言で、彼の思惑が全て、眼前で苦虫を噛み潰す老爺に伝わった。


 すなわち、こちらの意思に従わなければ、人質は殺す。というもの。

 そして、その人質には自分も含まれているということが、トンビの向けたままの銃口が物語っていた。


(ここでわしが死ぬのは、帝国にとっての損になり兼ねる……。

 かと言って、やつの操り人形になるのは帝国の人間でしての矜恃が許さない。

 さて、どうするべきか……)


 敵に殺されるくらいなら自害のほうがよっぽどマシだと、オウガイの頭の片隅にちらりと映る。

 が、しかし生物的な本能として、生への執着が、その判断を振り払った。


(しかし、外にはこちらの様子を監視しているわしの部下がる。

 結界と監視を組み合わせたこの檻の外にいるのじゃ、殺された、捕縛されたはまずあり得んじゃろうて。

 なれば、ここは一旦敵に下ったように見せかければ良いじゃろう)


 オウガイは訴えてくる、抉られるような痛みに耐え忍びながら、理性的な判断を下す。

 実を言うとこの狙撃による傷の痛みは、法陣の技術により、ある程度抑えられていたため、気を失うなどするほどのものでもなかったりする。

 せいぜい、彫刻刀で指の先をズブリと突き刺してしまった程度の痛みだった。


 そうとは知らない俺は、その老爺に対して、なかなかタフな老人だという印象を持っていたりする。


 ――カチャ。


 拳銃が音を立てて、オウガイに回答の催促を迫る。


「……わかった、降参だ。

 だからその物騒なものを――っ!?」


 ――ドパン!ドパン!


 そんな彼に対して、不敵な笑みを浮かべながら、まるで芝居がかったかのように降伏宣言をする老爺だったが、しかしその途中で耳に響いた短い炸裂音によって、その表情は苦悶へと変わった。


「ぐぅっ……!?」


 片膝がありえない方向へ、嫌な音を立てて曲がり、オウガイが手をついてうつ伏せに倒れる。


 一発は狙いがずれてどうやら外れたらしく、床の一部が弾け飛んでいた。


 俺は、思わず彼の顔を見上げる。


「神様にとって、辛い絵面なのはわかるが……。

 抵抗されると面倒だからなぁ」


 スマンね。と刀を持つ方の手だけで合掌をする。


「いや……。

 もう、このおじいさんの腕が血まみれな時点で、結構きついんだけど……」


「そりゃ悪かった」


 トンビは軽く、適当にあしらうように返すと、オウガイ、以下人質となった二名を(一人は扉の前で待機していたものを、ここに来るときにトンビが殴り飛ばしていた)手錠で拘束した。


 この時、この男はまだ外に仲間が控えていると信じていたが、しかし次に告げられたトンビの言葉によって、もはや脱走は絶望的だと悟ることになった。

 すなわちその発言とは――


「よし、これで脱走した八人は全員捕獲完了だな。

 あ〜、つかれたぁ……。

 なあ神様よ、俺当分働かなくていいよな?」


「バカ言え。

 これからやること大量にあるんだから、まだ働いてもらうぞ」


 手錠、さらに俺が創造したステンレスロープでガチガチに縛りながら、トンビがほざく。

 それに対する俺の返答は、まだ働けという残酷な命令だった。


 トンビは、そんな俺の返答にがっくりと肩を下ろすと、盛大なため息をついて天井を見上げる。


「勘弁してくれ……」


 彼のそんな虚しい懇願に、しかしオウガイはこう突っ込みたかった。


(それはわしのセリフじゃ!)


 ――と。

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