慟哭
作戦会議が終了すると、俺は来る決戦に備えてとある物を創っていた。
「ホント、神様ってものづくり好きだよなぁ……」
そんな様子の俺を眺めながら、トンビはポツリと言葉を零す。
現在、俺が行っているのは機織りである。
と言っても、織られているのは、特殊な合金による細いワイヤーである。
基本の素材はCNTと呼ばれるものだ。
それに鋼の糸を編み込んで、中でハニカム構造を形成し、衝撃に強い素材を作る。
そのための特殊な機織り機を使って、俺は金属の布を織っている。
この機織り機を作るのにも苦労した。
もともと機織り機の仕組みなんて知らなかったし、機械工学の知識なんてほとんど無い。
ほぼ直感で作り上げたのだ。
制作にかかった時間は四時間ほど。
すでに日は高く登り、真昼の空気が流れている頃合いだった。
昼食はワイバーンの肉が残っていたので、それの干し肉と穀物(お米ではなく、この世界特有と思われるイネ科植物)で済ました。
ワイバーンの肉は、かなり味が濃かった上に固かった。
トンビは喜んで食べていたが……。
「暇ならちょっとくらい手伝えよ」
俺は、そろそろ慣れてきた手つきで竿を操作しながら、トンビに愚痴を吐く。
「いんや。
俺は今神様を護衛するのに忙しい」
言って、欠伸をしながらソファへと背中を預け、横になるトンビ。
俺は盛大なため息をつくと、踏み車を踏む。
すると、ちょうどタイプライターの様にレーンが一つズレる。
これを何回も繰り返して、素材となる生地を作る。
創造魔法では、あいにく完成品をそのまま創り出すことはできない。
せいぜい大まかな形やサイズを設定できる程度だ。
組み立てるのは残念ながら、すべて手動である。
本来なら、この織機も半自動化したかったのだが、どうすればいいか思いつかなかったため、この有様であった。
いつかは全自動化を目指すことを、心の中で決意する。
数時間ほどして、俺は「くぁ……」と小さなあくびを漏らした。
気になって中庭に続く窓を見てみれば、かなり暗くなっていた。
ソファの方へ振り返れば、すでに眠りについているトンビの姿がある。
「コイツ……」
俺は盛大なため息をつくと、そういえば最近ずっとたため息をついているな……と苦笑した。
⚪⚫○●⚪⚫○●
あれから一ヶ月が経った。
未だに来ると思われていた刺客は一切やって来ず、集落の警戒態勢は徐々に緩み始めていた。
どちらかといえば俺も、もうアイツラ来ないんじゃねぇの?
と思い始めていた次第である。
と、言うわけで会議が開かれることになった。
「なあ、すぐ来るんじゃなかったの?」
俺はジト目で睨みながら、そう訴えかける。
あれからもう一ヶ月だ。
あの時コイツは、刺客は今夜から明朝にかけてやってくるだろう、的なことを言っていたような気がするが、そんな気配は一切やってこない。
「もう逃げたのでは?」
とは、第一分隊を任せらている分隊長のハヤブサの言葉である。
彼の言葉に、その場に集う誰もが首を縦に振ると、キツネは「うぐっ……」という奇声を挙げてたじろぐ様子を見せた。
「どうなんだ?」
俺がそう追求すると、彼は決まりの悪そうな目で顔をしかめながら、弁明を始めた。
「い、今は守護者たちの気が緩んでいる時期です……!
こんな時に限って、危険というものはやってくるもの。
忘れた頃になんとやら、と言うやつです。
ですから、厳戒態勢はそろそろ強め直さなければと――」
「それで、来なかったらどうするんだよ?」
「そ、それでも、警戒するに越したことはありません!」
キツネは必死そうに叫ぶが、でもなぁ……と俺は集められた分隊長、分隊副隊長たちに視線を巡らせる。
「そうは言うが、いつまでもこういう事に人員を欠いているのは、どちらかと言えば損にしかならない気がするんだがな」
最近、集落の人たちは現状の生活をどう感じているのか、ということでアンケートを取らせてもらった。
結果、何だか息苦しいとか、早く自由に外に出入りしたい、だのという苦情が住人から寄せられている。
俺もそろそろ警戒を緩めてみてはどうかと思うのだが。
(それに、そろそろ外交を元の状態に戻さないと、物資が底をつきそうなんだよなぁ……)
外交。
他の集落との交易には、現在色々と取締がきつくなっている。
万が一、行商人に紛れて敵が侵入してこないように、という判断に基づく政策だったが、これが意外と苦しいのだ。
この集落の人口は、そこまで多いものじゃない。
徐々にだが、訓練場住まいだった人達もこちらへと移住を開始しており、現在では十五世帯ほどになっている。
土地は広いので、住む分には問題ないが、食料自給率という観点から見れば、あまり豊かとは言えない。
作物の促成栽培だっけ?
あれの仕組みはなんとなく想像がつくんだが、やったとしても本当に一瞬で実がなるわけじゃない。
そもそもそんなことになったら土が死ぬし、植物自体に負担が掛かって、変なことになりかねない。
この世界には、咒と呼ばれる魔法のような現象が普通にある。
その影響が何にどう現れるかわからない以上、無茶なことは避けたいのだ。
それでも、まあ色々頑張ってはいるのだが。
何しろまだ日が浅いため、結果がわからないのが残念だ。
閑話休題。
俺はそういった事情をキツネに説明してやると、周りのやつらはウンウンと頷いて、それに賛同する。
「し、しかし……!」
むぅ……。
懲りないやつだな。
俺は内心肩をすくめると、黒板に向かって考え始める。
考えながら、黒板に構想を書き出し、あーでもないこうでもないと書いては消し、書いては消すを繰り返す。
「……よし、こんなもんだろ」
俺はできた図に満足げに頷くと、それを全員が見えるように指し示した。
「これは……なんだ?」
開口一番、トンビは頭上に「?」を浮かべる。
「手錠という。
犯罪者の手首と、柱に掛けることで縛る道具だな」
俺はそう言うと、目の前でそそくさと部品を作り出し、手錠と鍵を作ってみせる。
「縄で良くないか、神様よ?」
実物をとりあえず一個作ってみて、俺はそれをテーブルに置いた。
それを見たトンビが、怪訝そうな顔をする。
「いいか、トンビ。
縄だと、縛るのに時間がかかるだろ?」
「んなの当たり前じゃねぇか。
だから守護者には拘束術を覚え込まされる」
何を言ってるのかわからない。
彼はそんな様子だった。
「だな。
だが、これは素人でも人を縛ることができる」
俺はそう言うと、ユリを側に寄せて、手錠の実演を行う。
「ここをこうやって、こうすれば――」
「ぅえ!?なになに?
どうなってるんですか神様!?」
カチリ、とユリの細い手首に、無骨な銀色の手錠が、テーブルの足を跨いで掛けられる。
ユリが暴れて、着ていた貫頭衣のような服の裾がはだけ、一瞬だけ彼女の下着が見え……え?
(穿いて……ない……だと……!?)
そこに一瞬だけ見えたのは、未だ未熟な幼さが残る、割れた肌色だった。
ハイテナイが、穿いてないだった。
「これで、拘束は完了だ」
俺は頭を振ると、あれは幻覚だったに違いないと記憶を無理やり修正した。
忘れることはできなかったんだ。
俺には刺激が強すぎた。
たとえ、それが小さな子供のものだったとしても。
「「おおぉ……!」」
俺は手錠で繋がれたユリをみんなに見せると、彼らは何か、別な意味も孕んだため息をついた。
(こいつら、絶対何か……)
いや、考えるのは止そう。
精神衛生的にも、俺の願望的にもそれはあまりにも汚らしすぎる。
「そんで、解除するときには、この穴にこの突起を差し込んで、クイッと回してから、ここの鍵穴に鍵を入れて……ほい、開放完了」
俺はユリを急いで開放してやると、早く立たせてあげることにした。
それから、俺は後でこれと同じものを全員分支給するという話をしてから、なぜこの話をしたのかを話すことにする。
「俺が提案するのは、見張りローテーションだ」
「見張り……なんだって?」
トンビが頭を掻きながら尋ね返す。
「見張りローテーション。
見張りをするグループを少人数のグループに分けて、ローテーションを組むんだ」
「ろーてーしょん?」
今度はどうやらユリが首を傾げる番であるようだ。
「交代で任務に就くってこと。
今までは厳戒態勢ってことで、総出で警戒してたからな」
「へぇ。
神様って、やっぱ物知りです!」
ユリはニコリと微笑むと、そんな感想を述べた。
こうして、警戒態勢は緩められることとなった。
それが、オウガイの誘導であるということにも気づかずに。
⚪⚫○●⚪⚫○●
オウガイは空から飛来してきた鳥が目の前に着陸すると、閉じていた目を開いた。
「……」
(概ね、作戦どおりに踊ってくれているようで何よりだな)
彼はニッと口角を上げると、その鳥の頭に指を翳した。
するとその指から黄色いオーラのようなものが滲み出て、鳥は一枚の札へと姿を変える。
その札には、何やら魔法陣のようなものが描かれていた。
オウガイは札を懐にしまうと、背後に控える獣人の三人と、五人の軽鋭に視線を投げ入れる。
「作戦の決行は一週間後じゃ。
よいな?」
「「ハッ!」」
オウガイがそう言えば、彼らは短く返事を返した。
「かなり時間は掛かったが、これでもうすぐ帰ることができる……」
彼は木の葉に覆われた空を見上げると、目を瞑って一言呟く。
「もう……原始的な食事は嫌じゃぁ……!」
それは、彼らの思いを代弁した慟哭であった。