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異世界神様の文明開化計画〈アナザードライブ〉  作者: 記角麒麟
序章 進撃のマーシェ帝国
13/18

鳶と狐

 今日は、珍しく防壁での作業に俺以外の人物が関わっていた。


 守護者隊第三分隊の人たち十人と、守護者統括、総隊長を務めるトンビであった。


「キリキリ働け〜」


 そう言いながら、防壁各所に設置された櫓のベンチで発破をかけているのは、守護者総隊長のトンビである。


「隊長も少しは動いてくださいよぉ〜」


 そんな彼に、訴えるようにユリが喚いた。

 しかし、当の彼はと言うと、そのボサボサの黒髪をガシガシと掻いて、欠伸を返すのみ。


 現在、俺達が行っているのは、投石機の配置である。

 すでに昨日レールの設置と固定、爆弾を格納するための櫓を完成させているので、あとは投石機の配置だけであった。


 後々、大砲とかバリスタとかミニガンとかを設置する予定だが、今は時間がないので投石機だけである。


 ……まあ、頑張れば大砲くらいなら一門か二門用意できそうな気はするのだが。


 俺はそんな様子で手をひらひらと振ってユリを追い返す彼に苦笑する。


「トンビもちょっとくらい手伝ったらどうだ?」


「そうだそうだ!

 神様の言うとおりだ!」


 俺が呆れたように肩をすくめてトンビを咎めれば、それに便乗するようにユリが拳を作って天に掲げた。


「俺はなあ、今神様の護衛で忙しいんだよ。

 わかったらさっさと行け」


 こいつ、俺を出汁にしやがったな!?


「その神様が手伝えって言ってるんだよ?」


「んなこと言ってねぇよ。

 提案してくれてるだけだ」


 尚も食い下がろうとするユリ。

 しかし彼はニヤニヤしながら、仕事をサボる口実を作る。


「そーいう言葉遊びはもう飽き飽きしました!」


「あ、そ」


「ふん、だ!

 べーっ!」


 何度言おうが気のない返事しかしない彼に、腹を立てたユリは、子供っぽくあっかんべーをしてその場を立ち去る。


 俺は、そんなやり取りをする二人を見て、ふと疑問に思った。

 いや、ホント今更な疑問なんだが。


 俺はベンチでぼーっと空を見上げているトンビの横顔を見つめて、その疑問をぶつけてみることにした。


「なあ、なんでお前みたいなのが総隊長やってんだ?」


「あ?今更なんだよ?」


 俺の質問に、半分夢の世界へと行きかけていたトンビの意識が覚醒する。


 彼は顎下の、どうやらチャームポイントらしい整えられた薄髭をさすりながらしばらくの間思考の海に浸る。


「あれは……たしか……あー、そうだ。思い出した」


 トンビは気だるそうに肩を回すと昔話を始めた。


「キツネって覚えてるよな、副隊長のロン毛のヤツ」


「ああ、もちろん」


 真面目で働き者。

 仕事が早いし、何でも卒なくこなしてくれそうないい奴だ。

 名前はキツネだが、最早イヌと言っていいくらいの忠臣ぶりである。


 はっきり言って、トンビとは真逆の人物だ。


「あいつな、どうやら知らんが、俺のことをライバル視していた時期があってよ。

 ことあるごとに勝負を仕掛けられていたんだ。

 曰く、お前みたいな怠け者に能力で劣ることが、何とも許せないんだとよ」


「能力で劣る?」


 彼のセリフに、俺は怪訝に眉を顰めた。


「守護者は集落を守る仕事だからな。

 頭だけ良くても、肉体的に強くなければ意味がねぇってこった。

 あいつはそれを一番知ってる」


 トンビは、ふぅと一息つくと、目を閉じてベンチの上で横になった。


「そんで、キツネは俺より戦闘が不得意だったわけだから、俺に何度も勝負を仕掛けてくるようになったのさ」


 俺はそんな彼の話を聞きながら、あのおとなしく真面目そうなキツネの意外な過去を知って、へぇ……とため息をついた。


「そんで、ある時それまで守護者の統括してたやつが死んでな。

 そん時副隊長してたフクロウって爺さんの命令で、俺とキツネ、強いほうが隊長をすることになったんだ」


「爺さん?」


「そうそう。

 ちなみに俺とキツネの師匠でもある。

 百戦錬磨の達人でな、ちょうどニ、三週間前に来てたあの使者と同じくらいの年齢だった」


 そんな彼の発言に、俺は驚きを隠せなかった。


 この世界の平均寿命は、だいたい三十前後。

 長生きしても四十ほどで、あそこまで長生きする人はほとんどいないからだ。


 いるとすれば、全く戦闘をしない人物くらいである。


 だのに彼は百戦錬磨の達人と言った。


 魔物のいるこの世界で、そこまでの年齢で戦える人物。


(興味深いな……)


 俺は目をキラキラとしながら、彼の話の続きを待つ。


「それで、フクロウって人の命令で、模擬試合をすることになったんだが……。

 結果は見ての通り、俺の完勝で幕を閉じた」


「完勝ですと?

 トンビ、最後の方結構私に追い詰められていたじゃないですか」


 そんな話をしていると、噂をすればとキツネが話に割り込んできた。


「お久しぶりです、神様」


「ん、久しぶりキツネ」


 短く挨拶をかわすと、俺は伸びをしてベンチを立った。


「神様、頼まれていた爆弾、計三万個が用意できましたので、連絡に上がりました」


「うん、ありがとう。

 怪我人は?」


「ありません。

 水術師が向こうにもすでに何人か居たようです」


「ほう、それはいい知らせだな」


 水属性の咒は、回復系統特化の術が大半を占める。

 そのため、怪我人がいた場合には大きく助かるのだ。


 その数が、移住してきた住民達の中から追加されるのは、コチラにとって大いに助かることであった。


 俺は顔をほころばせると、よくやったとキツネを褒める。


「それじゃ、投石機の設置を待って、爆弾を櫓に格納しよう。

 キツネ、割り算はできるか?」


「はい。

 ヒバリ殿から四則演算はすべてご教授いただいておりますゆえ」


 そっか、こいつ算術できるんだ。


「では、その腕を見込んで追加の依頼だ。

 投石機の設置を待って、爆弾三万個を櫓に均等に分配しろ」


「畏まりました」


 キツネはうやうやしく礼をすると、そのまま防壁を降りていくのだった。


「思ったよりギリギリだったな」


 俺はキツネが見えなくなるのを待って、ポツリとそう呟く。


「途中で誤爆事故とかあったらしいからなぁ」


 それに答えるように、トンビはやれやれと肩をすくめながら返す。


「でもま、死人が出なくてよかったよ」


 俺はそう締めると、再びベンチへと腰掛けるのだった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 俺の暮らす集落は、横に長い楕円形のような形をしている。


 短い方の直径は、だいたい一キロ。長い方は二キロほどの広さだ。


 その中で生産区、居住区、貯蔵区にわけられ、また生産区では大きく工業区と農業区に大別されている。


 楕円形の円周を求める公式は……なんか複雑すぎてよく覚えてないので正直わからん。なんか無限級数とかよくわからんεエプシロンとか出てくるし。


 数学は専攻とってなかったから、よくわからんのよな、ここ。


 まあ、とにかく防壁は結構長い。

 その防壁には、等間隔で数十もの櫓が設置されている。


 櫓の近くには、物資を運ぶためのスロープと、人が昇り降りするための階段がある。

 いつかは電磁技術を開発させて、エレベーターを設置するつもりだ。


 それまでは、まあ、滑車を使ってかんたんなゴンドラでもつけようかとか考えているが。

 今はまだ実装しない。

 実装は戦争が終わって一段落してからだ。


 投石機の設置から一週間。

 戦争まであと一週間を切った。


 今は爆弾の格納を急いでいた。


「こんなものかな……」


 そんな中、俺は馬防柵の前に堀を掘っていた。


 そして、その作業は投石機の設置から一週間の間でほぼ完成していた。

 あとは大量の水を掘りに流すだけである。


 戦の準備は上場。

 二ホウ化レニウム製の馬防柵と砦柵には、カルビンをコーティングしてある。

 余程のことがなければ折れはしないだろう。


 それから、俺は最終確認をキツネと共に話し合うと、堀の中へ水を流し始めるのであった。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 一週間後、北の平原。


 そこには、千人単位の騎馬兵と歩兵、弓兵、そして遊撃部隊が整列していた。

 そして、その奥には一人の紫色のマントを羽織った大将が、貧乏ゆすりをしていた。


「なぜ、来ないんでしょうね?」


「それはこっちが聞きたい!」


 大将は椅子から立ち上がると、それを蹴り飛ばして大声で叫んだ。


「おい、オウガイ!」


「はっ、ここに」


 彼が叫ぶと、一人の老人が三人の獣人を従えて目の前に参上する。


「手紙は渡したんだろうな?」


「はい。

 きちんと彼らの理解する文字に翻訳し、しかと受け渡しました」


「ではこれはどういう事だ!」


「おそらく、籠城するつもりではないかと」


「籠城?」


「先にも報告しました事。

 彼らはどのようにしてか、異常な堅牢さを誇る砦をものの一ヶ月足らずで組み上げておりましたゆえに」


 大将はオウガイと呼ばれた老人の話に、そういえばそんなことを言っていたと思い出す。


(あのときは嘘だと思っていたが……)


 よくよく考えてみれば、嘘を吐く必要なんてどこにもなかったことに思い至る大将。


「だが、噂では五頭ものワイバーンをたったの四十人で仕留めたと聞いたぞ?

 そんな奴らが籠城などするか?」


「ワイバーンとは数が違います。

 ゆえに戦法も変わることが予測されます。

 噂では、異常なまでに早い速度で放たれる弓矢を一斉投射することで仕留めたのだとか」


「なるほど、弓か」


 しかし四十程ともなれば、かなり範囲が絞られるだろう。

 数ではこちらが上。

 勝てぬ通りはない、か。


 大将は立て掛けてあった大槍を持つと、その石突きで床を強く突いた。


 そして、その場にいる全員に聞こえ渡るように、大きな声を出して全員に通達する。


「全軍傾注!」


 キチリと指揮の取れた、一糸乱れぬ非常にまとまった軍隊は、音を揃えて大将へと回れ右をする。


 そんな様子の洗練された兵たちを上から見下ろしながら、満足げに微笑む。


「これより、敵陣に突入する!

 全軍、集落へ進軍せよ!」


「「おおおおお!!」」


 こうして、マーシェ帝国との戦争が膜を開けてのであった。

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