大国マーシェ
翌日。
俺は女中の一人から手紙を受け取っていた。
「……」
彼女はいつにも増して、真剣な目で俺の小さな体躯を見据えていた。
対して俺の方はといえば、どこか困ったような表情であった。
(面倒くせぇ……)
俺は後頭部を書きながら、その文面を見つめる。
北の村「ラセ」の駐屯兵隊曰く、戦争の申し出である。
ラセの駐屯兵隊隊長の言葉のメモには、次のようにある。
・大陸の国、マーシェの統括地となれ。
・年に一度、収穫物の四割を税として支払え。
・月に一度、紙を一万枚税として支払え。
・従わなければ、一万の軍勢で滅ぼしにかかる。
(いや、無理でしょ)
誰が従うかっての。
収穫の四割?ふざけてんのかコイツ?
そんなことしたら冬の蓄えがなくなるじゃねえか。
それに、従わないなら一万の軍勢で滅ぼしに来るだと?
何、もしかして脅してんの?
俺は深いため息をつくと、メイドにメモを返した。
「どうなさいますか、神様」
「どうもこうも、戦争しかないでしょう」
仮に、こちらが年に一トンの塩と砂糖を納めることで許してもらうとしよう。
すると、多分アイツらはその出処を探りに来るだろう。
他にも、その支配を認めてしまえば、ラセの村のように駐屯兵隊を置かれてしまう可能性が十分にある。
そうなるといろいろ面倒だし、何より生理的に嫌だ。
やめてほしい。
そういうことで、話し合いの余地なしと判断した俺は、女中にそのような返答をした。
すると彼女は、驚いたように目を見開く。
「……お言葉ですが神様。
勝算はあるのですか?」
恐る恐る尋ねてくる彼女に、俺は心配ないと回答した。
そんな様子の俺を訝しむように見たあと、そういえば昨日、軍隊規模で狩るはずのワイバーンを、たったの四十人で四頭も討伐したばかりだったと思い、この人なら何とかできるのでは?という淡い期待を浮かべる。
(まあ、この時代の大国が使ってくる戦法なんて、高が知れてるしな)
俺は早速構想を作り上げると、女中に「そういうことだから、使者の人には帰ってもらって」と告げた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「――ということで、大陸の大国と戦争することになった」
俺は、急遽集めた守護者たちに、事の次第を伝えた。
大国、マーシェ。
行商人からの話によれば、ここから西にある、海を挟んだ向こうの大陸で一二を争う大国なんだそうだ。
その大国はどうやら現在、俺達が住むこの地域も手に入れようと企んでいるらしく、既に多くの村や集落が、マーシェ帝国の領地と化していた。
ラセの村は、そんな村の一つであった。
(まだ彼らが、こちらの新兵器に気がついていないのはとても嬉しいことだが、しかしワイバーンの討伐をたったの四十人で成し遂げた、という話が耳に届くのは、時間の問題だろう)
俺はそんな思考を片隅に置きながら、守護者たちの反応を窺い見れば、彼らは、各々の表情で悩んでいるようだった。
「勝算はありますか?」
不意に、手を上げてそう尋ねて来るのは、守護者副隊長のキツネであった。
キツネは長い髪をうなじで一つにまとめたような髪型をした男性である。
俺は彼から発せられたそのその質問に、堂々と胸を張って答える。
「一万って規模は、見てみないとわからないが。
まあ作戦ならあるかな」
言ったその瞬間、さらにざわめきが大きくなった。
「静かに」
更に大きくなるどよめきを鎮めるように、キツネが守護者たちに一喝する。
俺は、完全に静かになったことを確認して、キツネの次の言葉を待った。
「それで、作戦とはどの様な?」
「城砦を作って、上下から面の攻撃で制圧する」
「……上下、ですか?
上ならばともかく、下というのは……はッ!?」
「そ。でっかい落とし穴を作る。
相手は多分、馬がほとんどだろう。
なら、水魔法と土魔法で堀を作って、その中に杭を埋め込む。
そしてその先に馬防柵と、先端を尖らせた砦柵を設置する。
こうするだけでも、相手の足を止めることはできるだろう?」
あとは地雷原とかかな。
この時代、トンビの話によれば爆弾くらいはあるって聞いたし。
馬防柵と砦柵は二ホウ化レニウムでつくれば、そう簡単には破壊されないだろう。
……けど、これ俺が全部やるのはちょっときついかな……。
城壁と櫓はともかく、柵を組み立てるのは皆にやってもらおう。
じゃないと、俺が社畜みたいになる。
嫌だよ、五歳で社畜とか。
俺は、ウンウンと頷いている彼らに苦笑いを浮かべた。
「と、いうことで。
堀は俺がなんとかするけど、流石に柵まで俺が作るとなると呪力が足りない上に辛いから、材料は俺が出すから組み立ては君たちに頼みたい。
設計図は後ほど配布するから、トンビは後で俺のところに来いよ?」
後は、爆弾だな。
材料は、移住希望民に頼むか。
その都度、塩と交換するっていうのもいいね。
確かに硝酸カリウムが七割五分、硫黄が一割、木炭が一割五分だっけ。
……あれ、硝酸カリウムってどうやって採るんだ?
どこにあるのか想像もつかねぇな……。
硫黄は火山だろ?木炭は木を燃やせばいい。
硝酸カリウムは、流石に俺が作るしかないのか……。
でも、そうなると硫黄の量を集めるのはきつそうだな。
せめて爆弾三万個程は欲しいんだが……。
作り方教えて、一個につき塩一瓶と交換にする、と言うのはどうだろう。
こっちで何人か作れる奴を用意して、そいつらに指導に行かせる。
……そうだな、その方がいいだろう。
俺は作戦会議が終わったあと、キツネも部屋に来るように言って、会議室を後にした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
トンビに設計図を与え、ミニチュアでどういう風に柵を作るのかを説明した後、キツネに爆弾職人となる人員を選出してもらった。
俺はその間、天秤を三種類作り、これにより爆弾の材料の量を量ることを簡単にした。
天秤の材料と設計図、そして実物を鍛冶職人に手渡して量産できるか聞いたところ、こんな細かいのは無理だと断られた。
それから俺は部品だけを彼らに渡し、組み立てるだけを頼んだ。
暫くしてキツネは、三人ほどの職人を連れてやってきた。
俺は彼らに、天秤の使い方と爆弾の作り方を実演しながら教えた。
ちなみにこのときの材料は、全部俺が作った。
一週間もそればかり続けていれば、三人ともそれなりの腕になってきた。
ついでに納められた天秤の数も、依頼分完成したので、頃合いと見た俺は、三人を移住希望者が集う訓練場へと派遣し、そこにいる人たちに爆弾の製造を任せた。
あ、あと怪我人の対処をするために、二人ほどの水術師(水属性の咒が使える人たち)を派遣した。
(ふう……)
俺は一息つくと、伸びをしていた。
この一週間の間に使者がもう一度訪れて来ていた。
彼曰く、戦争の準備のために三ヶ月待ってやる、との話だ。
使者の人は、俺達が作っている柵を見て鼻で笑いながら「ふん、こんな物で我らの騎馬隊を止められるとでも思っているのか?」とバカにしていた。
「そんなこと、やってみなきゃわかんねぇだろ?」
「まだ五歳のくせに、生意気な小僧だ」
俺は、そんな完全に見縊っている彼の様子から、確信に近いものを得た。
「この勝負、勝ったな」
ちなみにこの時、万が一俺たちが勝ったらどうする?と問いかけてみると、そんなことはあり得ないと一蹴してきた。
(まあ、勝ってから請求すればいっか)
さて、何を貰おうかな……。
領地は……鉱山貰えればいいか。
周辺に鉱山都市を築いて、途中に村を経由するようにしてトロッコを使って運搬して……。
いや、トロッコよりもむしろ、運搬用の馬車がいいな。
そういえばここら辺に馬がいないな。
馬って結構メシ食うって聞くし、まだ馬は早いか。
やっぱりトロッコが先かな。
この戦争が終わったら、鍛冶職人に歯車を教えよう。
……そういえば算術の程は、今どれくらいになってるんだろうか。
あとでヒバリに聞いてみないと。
最近忙しくてヒバリに会ってないからな……。
怒ってなければいいけど。
あ、算術教えるなら補助具として算盤渡せばよかった。
これも戦争終わってからにしよう。
⚪⚫○●⚪⚫○●
そんなこんなで一ヶ月が過ぎた。
その頃には既に馬防柵と砦柵は完成していたので、俺はそろそろと城壁の建造に取り掛かることにした。
材料はお馴染みの世界最高高度を誇る物質、ウルツァイト窒化ホウ素である。
建ててから倒されないように、最初に地面に五メートルほどの堀をつくってから、そこに入れるように地上十五メートルほどの巨大な城壁を築く。
俺の創造魔法のコストは、度重なる術の行使により、かなり削減されていた。
今では一日で約百トンほど創ることができる。
あ、そうそう。
この間狩人の一人が、呪力を回復させる作用があるらしい植物を発見してきてくれた。
見ればユリのような花で、しかしその色は白ではなく赤だった。
「これ、食べて大丈夫なの?」
そんな俺の疑問から、その植物を使った治験が開始される。
二週間ほどでその治験による効果は確認され、その植物は呪力を回復させる効果があることが判明した。
俺はすぐさまその植物の栽培施設を建造し、移住希望民の女性たちに、その植物の世話を任せることにした。
因みに、効果が見られたのは花弁の部分で、乾燥させると効果がなくなってしまうことも判明。
俺はその話を聞いて水術師たちに水薬としての活用法を提案したが、まだ薬として作られるには時間がかかりそうだ。
俺はその花を紅玉草と名付けた。
さて。
城壁の建造から二週間経った。
現在では砦の半分ほどが完成していた。
(そろそろ、投石機も造ったほうがいいな)
投石機は砦の外の地上から、柵を超えた向こうへ攻撃する手段として用意する。
住人が少ないため、活用できる数は少ないが、量があれば牽制にもなるだろう。
ということで、俺はトンビに投石機の作り方を教えて、作る人を集めてもらうことにした。
「つっても神様よ。
今は爆弾づくりで向こうは手一杯だぜ?
誰にやらせるつもりだ?」
「それもそうか……」
現在、守護者たちは手の空いているものは爆弾の製造と運搬を頼んでおり、その他は射撃場でライフルの訓練や、陣形の訓練、新しく増設した、簡易式の訓練場で白兵戦の訓練が行われていた。
その為、手空きのものは数が少ない。
それに、他の住民たちは畑作業や狩り、川へ魚を取りに行ったり、山へ山菜や木のみを収穫に向かったりしている。
正直言って、人手が足りないことは確かだ。
「近隣の集落から手伝いを呼んでくるのは?
塩ならいっぱいあるし」
この時代、通貨がまだ存在しないので、主に物々交換による物流が主流となっていた。
そんな中で金に変わる高い価値を持つのが、塩である。
「だが神様よ。
最近塩が各地に出回りすぎてて、価値がちょっと落ちかけてきてるんだよ」
そんな俺の軽い返答に、トンビは困り気味にそう告げる。
「え、それマジ?」
「マジマジ」
その原因は、多分俺だろうな……。
ことあるごとに塩を交易に使っていたから、塩のデフレが起きているのだろう。
完全に俺の仕業だな、これは。
「じゃあ、砂糖は?」
「それなら、まあイケるとは思うが……」
この時代、塩よりももっと高価なものが砂糖である。
そのため、甘いものは全体的に物価が高い。
(これで砂糖もデフレになったら笑えるな……)
かと言って、重曹を出すわけにもいかないしな。
あれはこっちの秘密兵器だし。
そういうことで、今度は砂糖を餌に、集落から労働力を買うことに決めた。
(日給は五百グラムでいっか)
俺はそう考えると、話をまとめた手紙を作成し、使者を近隣の集落へ回すことにした。
そのとき、十分にマーシェの領地ではないかを確認することを伝えることも忘れずに伝えておいた。