夢いっぱいの花束をきみに
わしはな、公園のあじさいが好きなんじゃ。
公園の中の、池のまわりにぐるっと植えられた、たくさんの青い花が好きなんじゃ。
どれくらい好きかというとな。
青いきれいな花が咲くと、毎年毎日見に行くくらい好きなんじゃよ。
あじさいはな、雨の歌を歌うんじゃ。
それがとっても良い声でな。
聞いてると良い気持ちになるんじゃよ。
だから今日も行くんじゃ。
しとしとと雨がふっておって、天気もちょうどいいしのう。
――――ねえねえ、見てごらん。じいさまは今日も一人だよ。
――――あらあら、いつもノロノロとさんぽしてるよねえ。
――――おやおや、雨でびしょぬれなのに、よくあきないねえ。
おしゃべりスズメは今日もうるさいのう。
ちょっと休んでおるだけで、わしをうわさ話のタネにしよる。
わしは好きだから見に行くんじゃ。
ぬれるのがいやなら、そうやって木のかげにでもこそこそかくれてりゃよかろ。
ふん! わしのことはほっといてくれ。
じつは、ちょっと気になることもあってのう。
あじさいは、小さいのがたくさん集まって、大きな花束みたいになっておってな。
小さな花のひとつひとつが歌っておるんじゃよ。
それなのに、なぜか合唱の声がどんどん小さくなって、よく聞こえなくなってしもうてな。
あの歌を聞いて良い気持ちになると、大切なことを忘れているような気がするんじゃ。
良い気持ちなのに、気になって変な気分になってしまうんじゃよ。
もう少しで思いだせそうなんじゃがのう……。
よく聞こえないのは、雨の音がうるさいせいでも、わしの耳のせいでもないぞ!
何年か前までは、雨の中でもちゃんと聞こえたんじゃ!
ぜーはー。
えーと……、なんの話をしておったかな?
おお、あじさいのことじゃった。
さて、そろそろまた行くとするかのう。
えいほ、よっこらしょと向かっていると、わしの体が急に後ろへ引っぱられたんじゃ。
しかも、宙に浮いとるのはどういうことじゃ!?
『あーっ! カタツムリみつけた!』
『うにょうにょしてる!』
『め! つっつくとめがひっこむんだよ! ほら!』
やめんか、殻をつまむでない! あ、こら、目にさわっちゃいかん!
葉っぱからひっぺがされてしまったら、あじさいを見に行けんではないか!
わしをつかまえたのはニンゲンの子どもたちじゃった。
みんな同じ麦わらぼうしをかぶって、水色の服をきておるのじゃが。
ふん! あじさいのほうがずっときれいな青い色をしとるわい!
しかし、困ったのう。
子どもというても、わしよりずっと体も大きいし、ずっとずっと力も強いのじゃ。
わしの力では逃げられんのう……、どうしたもんかのう…………。
『いきものをいじめちゃだめだよ~。ようちえんのマリせんせいにおこられちゃうよ~』
『イジめてないよー、かんさつしてるだけだもん』
『つかまえなくても、かんさつできるでしょ~』
『ちぇー、つまんなーい』
ふう……、ぬれた葉っぱに戻れてよかったわい。
ここはさっきわしが通った道じゃな。
少し遠くなってしもうたが、なあに、そのうちつくじゃろうて。
ニンゲンの子どもはまだ近くにおるが、きっとだいじょぶじゃろ。
またえっほ、よっこらしょと歩いておったが、ニンゲンの子どももうるさいのう。
スズメみたいにぴーちくぱーちくさわいでおるわ。
『このかさ、にちようびにかってもらったばっかりなんだ!』
『かさを、ふりまわしたら、あぶないよ~』
『あーっ! ほら、あそこ。いけのまんなかにトリさんがいるー!』
なぬ、鳥じゃと?
みよんと向けたわしの目と、池にいるカモの目が合ってしもうた!
――――ゴハン! ゴハン! 朝ゴハン、ハッケ~ン!!
なにいっとる、しっかり目をさまさんか! 今は昼じゃ!
……なんて怒っとるあいだにも、ゴハンゴハンと大声でわめくカモは、わしに向かってまっすぐに泳いできたのじゃ!
ひいい! 朝だろうが昼だろうが、ゴハンになんぞされたくないわい!
わしは大あわてで逃げたのじゃ。
『あっ! ちかくにきた!』
『ボク、おかしもってるよ! ポップコーンなげてみる!』
『たべてるー』
『わあ、じょうずにたべるね』
『あ~、おかし、なくなっちゃったね~』
水面にちらばったお菓子を食べ終わったカモは、なにごともなかったように、池のまんなかへす~いすいと戻った行きよった。
わしのことはすっかり忘れたようじゃな。
ふう、助かってよかったわい。
またまたえっほ、よっこらしょとさんぽ道をすすんでいると、いつのまにか雨がやんでおった。
空はまだくもっておるが、これは急がないとまずいのう。
わしの体がかわいてしまうわい。
せいいっぱい急いであじさいの葉をわたると、やっとお気に入りの場所が見えてきたのじゃ。
さんぽ道の先はな、池のあじさいの中で一番大きな花なんじゃ。
池に植えられた中で、一番きれいな花を咲かせるこの株は、一番の古株でもあってな。
わしとは昔からの顔なじみなのじゃよ。
ほれ、もう小さな小さな歌声が聞こえておるわ。
一番大きくてきれいな花の、となりの葉っぱが特等席じゃ。
いつもなら歌声にうっとりしてしまうところなんじゃが……。
なんだか今日は、とくに悲しそうに聞こえてなあ。
わしには、あじさいが泣いているように思えたのじゃ。
こんなにきれいな合唱を聞かせてもらっておるのに、なにを忘れているのか、思いだせないことも悲しくてのう。
わしまでしょんぼりしてしもうたのじゃ。
花にはたくさんの雨つぶがついておった。
小さな水が集まって、ひとつの大きなかたまりになったのじゃ。
それから、涙みたいにあじさいの花の下に落ちたんじゃよ。
あじさいの涙は、わしの頭にぽたりとたれたんじゃが、まるで、わしの背中をたたいて『元気をだして』といっているようじゃった。
そのとき、モヤモヤとしていたわしの頭が急にはっきりしたのじゃ!
おお、そうじゃ。思いだしたぞ!
そうじゃった、わしは……。
パチンと音をたてて、わしの殻に切れめができよった。
われたところから白いもやもやが出ると、わしの頭もふわふわしだしたんじゃ。
気がつくと、わしはあじさいを見おろしておった。
目もよく見えるし、耳もよく聞こえておる。
何より体がかるくてふわふわと浮いているようじゃった。
おや、本当に浮いておるのう。
すっかり忘れておったが、今のわしには細くてすきとおった羽が四枚はえておって、飛べるんじゃったな。
わしのような妖精は、背中にトンボの羽がついておるが、見ためはニンゲンの子どもにそっくりなんじゃよ。
ふふん! わしのほうがずっとイケメンじゃがな!
そうそう、体の大きさもニンゲンとは違うんじゃ。
カタツムリよりは大きいが、あじさいの花よりは小さいかの。
「んん~、やっと戻れて良い気持ちじゃ」
腕をぐーっと上げて体をのばしても、腰や背中が痛くないのはうれしいのう。
おっと、カタツムリだったころの話しかたのままじゃな。
元に戻ったんじゃから、話しかたも戻さねばならんのう。
「話すのは久しぶりじゃな……だな、あじさいの女王よ。そなたが歌に願いをこめていたのはわかっておったのじゃが……だが。…………ああ、もう! 長くじいさんカタツムリだったせいでくせになってしもうた! もうこのままでいいわい!」
ひとりでプンスカ怒るとスッキリしたわい。
コホンとひとつせきをして話を続けたのじゃ。
「妖精に戻れたのは、あんたが歌でわしをなぐさめてくれたおかげじゃ。あまり手入れされなくて、歌うのも、話をするのもつらかったろうに。あんたには感謝しておるよ」
女王もわしのことをよろこんでくれてのう、歌で返事をしてくれたのじゃよ。
「助けてくれたお礼に、あんたの望みを、わしが魔法でかなえてやるからのう。ほれ、いつも泣きながら歌っておったじゃろ」
あじさいの女王はな、ずっと願っておったのじゃ。
花が咲く季節になると、雨の中で涙をながして、ずっとずっと夢をかなえたいと歌っておった。
わしは、女王あじさいの上にふわっと飛んでいって、背中の羽をパタパタさせたんじゃ。
そしたらな、花の色が青から紫、紫からきれいなピンクに変わっていってのう。
妖精の羽にはふしぎな力があってな。
羽から落ちる粉を使って魔法をかけられるんじゃよ。
昔のようにピンクの花を咲かせたいと、歌い続けた女王の願いを、わしがかなえたというわけじゃ。
もちろん、女王あじさいは大よろこびでのう。
よろこびの歌を聞きつけた他のあじさいたちも、女王におめでとうをいっておったんじゃが。
ふむ、女王の願いはみんなの願いじゃな。
わしは優しくて良い妖精じゃからのう。
「大サービスじゃ~~!」
池のまわりをぐるっと飛んで女王のところに戻ると、青かったあじさいが全部ピンクに変わっておった。
それを見たわしは大満足じゃが、女王はもっとよろこんで、もっともっときれいなピンク色になったんじゃよ。
「そんなによろこんでくれるなら、はりきって魔法を使ったかいがあるわい。ふぉっふぉっふぉ、女王は若返ってあじさいの姫みたいじゃのう。よきかな、よきかな」
わしはゼッコーチョーじゃった。
それに、だいじなこともちゃんとおぼえておるぞ。
女王あじさいのとなりの葉っぱにころがっておる、からっぽの殻のことをな。
「……わしを助けてくれてありがとうなあ。あんたには、どれだけお礼をいっても足りないのう」
わしはなあ、ずーっと昔に、雷に打たれて魔法の力をなくしてしもうたんじゃ。
飛べなくなったわしは、仲間の妖精たちといた空から、地面に落ちてしまったんじゃよ。
空にいる妖精はな、長く地上にいると風になって消えてしまうんじゃ。
カタツムリのじいさんは、わしを殻の中に入れてくれて、おまけに命までわけてくれてのう。
ずいぶん長いこと、半分カタツムリ、半分妖精としていっしょにくらしたんじゃよ。
何度も何度も冬を越して、あじさいの雨の歌で少しずつ魔法の力が戻っていって、やっと思い出せたというわけじゃ。
自分が妖精だったことも忘れてしまうくらい、長い時間がかかってしまったがなあ。
「じいさんには、とっておきの魔法をかけてやるぞい!」
われた殻をくっつけて、しっかりと両手でかかえたわしは、背中の羽をパタパタさせたんじゃ。
じゃが、魔法の粉をふりかけても殻はくっつきそうになかった。
わしはもっと強く羽をパタパタさせたんじゃが、ぜんぜん殻はくっつこうとしなくてな。
家がなければ、じいさんは困るじゃろ。殻がなければ、カタツムリは生きていけないんじゃから……。
ガマンしていたのに、とうとうわしの涙が殻に落ちてしまったんじゃ。
これでどうじゃ!
妖精の涙は、羽の粉よりもっと強い魔法の力があるんじゃぞ!
「ええい、このガンコじじいめ! たまには素直にならんか! 早くせんと、魔法でもまにあわなくなるじゃろうが!!」
あせるわしの上から、女王あじさいの歌声がふってきたんじゃ。
女王に合わせて、他のあじさいたちも歌いだしてのう。
今まで聞いたことのないような、みごとな大合唱になったんじゃよ。
そしたらなんと、殻に積もった魔法の粉がぱあっと光り出したしよった!
おお、これならきっとだいじょうぶじゃ!!
じゃが、くっついたと思った殻は、手をはなすとパカっとわれてしもうた。
おかしいのう……、魔法はかかったはずなんじゃが、中はからっぽじゃのう……。
ややっ、これは…………!?
「おお、おお……、じいさん。まにあって良かった、本当に良かったのう……。じゃが、これはまた、ずいぶんと若くなったもんじゃなあ」
ふたつに割れた殻の中にいたのは、小さな小さなカタツムリじゃった。
わしがカタツムリだったころの目玉くらいの大きさでな、生まれたてほやほやの赤ちゃんカタツムリじゃ。
細い目玉をうにょうにょと動かして、じいさんだった赤ちゃんカタツムリは怒っておるようじゃ。
「ふぉっふぉっふぉ、わかっておるよ。あんたにわけてもらった命もぶじ返せたんじゃから、ちゃんと空に帰るわい」
赤ちゃんカタツムリは、何度もうんうんとうなずいておった。
ふん! ちびのくせにエラそうじゃ。
……こんなに元気なら、わしがいなくてもだいじょうぶじゃろうて。
「そんなに心配せんでも、すぐに帰るというとるじゃろが」
わしはぷいっと後ろを向いたんじゃ。
また泣いてしまいそうだったんで、顔を見られたくなかったんじゃよ。
いやいや、今度はうれし涙じゃ。
そりゃあ、ちょっぴりは別れの涙もまじっておるがの。
「最後にもうひとつ、魔法を使うでの。よ~く見ておくんじゃぞ。妖精が、一生に一度しか使えない大魔法じゃからな!」
わしは、女王あじさいと赤ちゃんカタツムリに、さよならと手をふったんじゃ。
いつのまにか、黒い雨ぐもはなくなっておってな。
葉っぱをけって飛びだしたんじゃ。
雨あがりのしめった空気の中を、力いっぱい羽を動かして空高くまで飛んだのじゃ。
そして、わしの羽から落ちた粉はきらきらと光りながら、空と地上をつなぐ大きな虹の橋をかけたんじゃよ。
『あめ、やんだね』
『ほんとだ、はれちゃったね。かさ、もういらないや』
『え~、つまんな~い』
『あー、にじだー』
『きれいだね~』
おお、ニンゲンの子どもたちは、虹が気に入ったみたいじゃな。
これを読んでくれたみんなも、わしの魔法を気に入ってくれると良いんじゃがのう。
ふぉっふぉっふぉ、よきかな、よきかな。
了