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大学3年生になった麻里は、充実した毎日を過ごしていた。大学に入学したころは選択肢の多さに圧倒され、苦労もしたが、今では所属しているゴスペル部でも頼りにされる存在となっていた。その理由は年齢だけではない。ピアノ教室を開けるほどの演奏技術と絶対音感。そのことを鼻にかけない気さくな性格。加えて、関西出身ということもあり、面白い。技術的にも精神的にも多くの部員に必要とされ、人のいい麻里はたとえ短時間であっても、ほぼ毎日部室に顔をだしていた。
それに加え、週2回のケーキ屋のアルバイト。間を縫って、幼稚園の時から習っているピアノの練習。さらに、月1回は子供と遊ぶボランティア活動もした。やりたいことはたくさんあった。友達とおしゃれなカフェにいったり、映画をみたり。買い物も好きだ。ムードメーカーとして合コンにもよく呼ばれる。時間があれば、もっといろいろできるのに・・・と麻里はいつも思っていた。いつのまにこんなに忙しくなったのだろう。特別努力したつもりはなかったが、気付けば日々の積み重ねが大きな実となっていた。
もちろん、最低限度の単位を落とすこともなかった。助けてくれる友人はたくさんいたし、先輩に単位の取りやすい授業を教えてもらっていたからだ。
順風満帆。そんな自分に焦りを感じているのだろうか・・・このところ、恭子の様子が気になる。笑っていても目が笑っていないような気がする。「なんとなく、麻里が遠くに行ってしまう気がして・・・」そんなことも言われた。
そそっかしく、世間ずれしたところのある恭子は見ていてハラハラすることもある。それでも、周囲に気を遣いすぎる麻里にとって、安心してくだらない話ができる大切な友人だ。できることなら、元気づけてあげたい。けれど、忙しい麻里にできることは限られている。新たにできた役割や人間関係もあり、恭子との距離を以前のように戻すことは難しい。
「きょんはお弁当のごはんみたいな存在なんだよ、あって当たり前で、なかったら困るっていうかさ。基本で、そこにいろんなおかずが増えてきてるだけっていうか。」そう伝えることしかできない。恭子は喜んでいたし、きっと大丈夫だろう・・・そう自分に言い聞かせる。
そうだ。もうすぐ恭子の誕生日がある。サプライズでお祝いをしよう。-麻里は携帯電話を取り出し、お店の検索をはじめた。
「おめでとうー!」
こんな形で誕生日を祝ってもらったのははじめてだ。麻里に香織、亜由美が集まってくれた。長年の憧れが叶って、恭子は幸せを噛みしめていた。「きょんお誕生日おめでとう」と書かれたケーキが運ばれてくる。店員が写真をとってくれる。「みんな、ありがとうー。」こんなに幸せでいいのだろうか、恭子は夢のような、少し怖いような気持ちになる。いつもそうだ。幸せの後には不幸がついてくる、そんな気がして、ざわざわする。