第七話 現在
そして現在。迷宮でのオークの討伐を終えてクエスト所に戻る──────ことなく、同時に引き受けた別クエストにあたっていた。
煌めく黒閃がワーウルフとその後ろにそびえ立つ木を切り裂いた。
データが分裂するのを確認することなく、【暁烏】を鞘に収め、その場を後にする。
スレンたちASOプレイヤーがこの世界に閉じ込められて早くも半年が経っていた。その間にASO内でも色々なことが起こった。その内、特に話題性が高いのは三つ。
一つ
【ストーリークエスト】『サリウス降誕』をクリアするため大手から中小ギルドがストーリー攻略を開始した。ストーリー攻略を選択したプレイヤーをセレクターと呼ぶ者もいる。
二つ
この世界に俺たちを閉じ込めた犯人は運営気取りで、ちょくちょく『新モンスター』『新装備』『新イベント』とアップデートをしてくる。
三つ
ストーリー攻略組を妨害する反攻略組と呼ばれる組織ができた。
天を覆うほどにうっそうと茂った巨木の数々が日の光を遮る中、道とは到底言えない獣道を慣れた足取りで進んでいく。その中でここ半年を振り返っていた。
(攻略組には大手ギルドの《蒼壁の刀身》やヴェイグのおっさんのギルド《希望の灯火》がいたな。他にもいろいろなギルドがそれぞれのルートから攻略中だっけか)
彼らが攻略を開始するきっかけは、定期的に掲示板に犯人と思しき存在の【…Unknown…】からのつぶやきを見つけたためだ。
掲示板とはメニュー画面から開くことができ、そこで不特定多数のプレイヤーたちが攻略や武器、アイテムと様々な情報を書き込みしているのだ。
そこには『サリウス降誕』に添えられてた勝利条件の『サリウスが完全な状態で降誕する前に撃破』の補足事項が書かれていたからである。内容は以下の通りだ。
『サリウス降誕』
勝利条件
①《東獄の拠城》・《西嵐の塔》・《南国園のオアシス》・《北木の大樹》に配置された各ボスの撃破。
② ①を満たした後、《レストレア古城》で眠るサリウスの繭を羽化する前に破壊すること
敗北条件
プレイヤーの全滅
羽化する前にサリウスの繭を破壊できない
備考
ショウリジョウケンヲミタセバキミタチハ、ハレテゲンジツセカイヘ
タダシデキナカッタバアイハ、マユハウカシ、ゲームオーバーデス
「最初からラストダンジョンは余りにもツマラナイので、道中のボスは新たに配置。もしくは復活、か」
この内容は掲示板だけでなく、後日メールで全く同じ文章が送られてきた。
ひょいひょいと進む中、送られてきたメールを読み上げる。掲示板に記入されたときは誰かのイタズラと皆思っていたが、どこかのプレイヤーがラスダン目指していたら、新ボスが普段敵の出てこない場所で出てきたのを確認したため本物だと確信した。余談だが、ボスと遭遇したプレイヤーは戦闘を試みたが、到底太刀打ちできない強さがあり、帰還アイテムや逃亡などして逃げ帰ってきたらしい。
「この新ボスやここ最近現れ始めた新モンスターが二つ目のアップデートだな。ご丁寧にアップデート前日には掲示板にその旨を掲載してくれたり、メールしてくれるんだよな」
そろそろ森の出口に近づいてきた。先のほうで光が見える。
「で、一番の問題が三つ目の反攻略組だな。こんな状況で人間同士でやり合ってる場合じゃねえっての」
悪態をつきながら掲示板を開く。
そこにはストーリー攻略中に複数のプレイヤーに襲われたとの情報がいくつも呟かれていた。理由は分からないが、ストーリー攻略組を妨害し、最悪プレイヤーを殺す──────PKを仲間がされたとの情報もある。
メニュー画面を消し、無言で出口へと足を速めた。
森を抜け、広い草原に伸びる一本の道を歩む。すれ違うプレイヤー。モンスターと戦闘中のプレイヤー。気持ちよさそうに草原に寝そべり、昼寝をするプレイヤー。様々なプレイヤーがそれぞれのこの世界での生活を送っていた。
だが初めからこれほど大人数のプレイヤーが都市外に出てはいなかった。痛覚は現実と同じ。HPが0になることは死を意味する。一握りのプレイヤーたちが都市外に出て、攻略するだけだった。だが、それに見かねた自称運営の【…Unknown…】は痛覚にたいしてのアップデートを行った。その結果、痛覚は元のゲーム時代と同じように感じられない設定となり、プレイヤーの不安要素はHPが0になる事だけなった。そのため、今まで戦闘をしてこなかったプレイヤーたちも次第に都市外に出るようになり、戦闘をするようになった。
(そのせいでPKが多くなったとも言えるがな)
《西藍都市シュグラル》に戻ってくるといつも通りの賑わいがスレンを待っていた。『HPが0になったら死ぬ』『制限時間』以外は普通のゲーム。現実世界より居心地良く感じているもの達も少なくはない。
露店の呼び込みをやんわりと断りながらスレンはクエスト所へと足を向けた。
クエスト所とは各都市に存在する建物で、そこでは【ストーリークエスト】でも【特殊クエスト】でもない、【依頼クエスト】を受けることができる。これはNPCやPCたちが出す依頼である。クエストをクリアすると依頼に合った報酬が手に入る。
レンガ造りの二階建てのクエスト所に入ると中では多くのプレイヤーたちで賑わっていた。
一番奥の受付に行くと、先ほど倒したワーウルフがドロップした【ワーウルフの牙】と迷宮で倒したオークから手に入れた【ドロリとした液体】をNPCに転送した。アイテムを転送されたことを確認したNPCの女性はにっこり笑ってクエスト成功です、と言った。
(そーいえば、【…Unknown…】のアップデートによってNPCがより人間らしくなってたな。掲示板ではNPCの子と付き合ってます、とか呟いてるプレイヤーがいたような、いなかったような……)
【…Unknown…】のアップデートはモンスターや装備だけでなく、NPCにまでされていて、今まで以上に親しく接してくる。スレンも一度NPCの女性に逆ナンされたことを思い出した。
「一体、【…Unknown…】は何がしたいんだか」
誰も答えられない質問に一人呟くのだった。