第四話 選択
スレン自身、この状況よく知っていた。いや、正確に言うと物語としては読んだことがある、だ。よくあるライトノベルの『ログアウトできずにデスゲームに巻き込まれました』的なやつだ。もっとも自分がその状況に陥るとは思ってもいなかったが。
他のプレイヤーもログアウトできないことに気づいたのだろう。都市のあちらこちらで悲鳴が上がっている。
震えはいつの間にか止まっていたが、ここにいても嫌な感覚が内側で渦巻くだけ。どうすればいいのか分からないスレンは理由もなく建物から出る。
歩き出す前に一度スレンは先ほど隠れていた建物の中を見つめた。目の前で消えていった少年の姿を今でも鮮明に覚えている。名前も知らない少年をスレンは一生忘れることはないだろう。
迷い戸惑うプレイヤーたちを横目に歩き出す。《西藍都市シュグラル》内を歩き回った。
苦悩に陥るプレイヤーたちを気に掛けることなく、商売を続けるNPC。もしかしたら気にはしているのかもしれない。だが自律AIにはどうすることもできないと理解していつも通り振る舞っているのではないか、そんなバカげた考えができるようになってきた自分の性格に笑ってしまう。
(ぐるりとシュグラル内を一周して分かったことがある。フィールドとの境である出入口である門と他都市にワープできるゲートが使えない。これによって今はどこにも行くことはできない)
全ての都市には二つの街道にでるための門と、一度行った事のある都市には都市内に存在するゲートと呼ばれるワープ地点である。だがスレンが調べたとおり、現在、門には透明な壁が街道とシュグラルを遮断している。ゲートにいたっては活動自体が止まっていた。
ゲートにはもう一つ使い方があるのだが、活動自体が止まっているということは当然使えないだろう。
(数十分前までは普通に出られたのにな)
カイトが来るまで時間を潰していた事を思い出す。あの時も当然、出入り口の門を使用して街道にでた。
(次にメールと電話。こいつは利用ができる。シュグラル内だけじゃなく、他の都市にいる奴にもできるな。現実世界には無理みたいだが)
現実世界にも連絡できるか、試してみたが繋がるどころか掛けることすら不可能であった。
ぐるっと一周して再び噴水広場に戻ってきた。噴水の淵に座る。これからどうするべきかを考えるためだ。
(カイトがいないとなるとこれから先は俺一人での行動か……よくラノベの主人公はデスゲームでもソロプレイを貫いてるのが多いが、実際この状況に陥ると一人でいるのはマジで危険だな。
もしメールのいう新ストーリークエスト『サリウス降誕』クリアが現実世界へ帰る唯一の手段ならなおさらだ。最初のほうは一人でも俺強ぇ、ができるが後半になると苦戦するレベルだしな……もっともこの考えはゲームとして楽しんでた時のストーリークエストに該当するがな)
スレンが危惧しているのはデスゲームと化した現在の難易度が未知数だということ。
メニュー画面からメールを確認する。スレンは都市内を回っている時にある疑問を覚えていた。いや、正確に言うとメールを受け取った少し後から思っていたことだ。
【件名】新イベント
『サリウス降誕』
【差出人】
【…Unknown…】
【ストーリークエスト】
勝利条件
サリウスが完全な状態で降誕する前に撃破
敗北条件
全プレイヤーの全滅もしくはサリウスの降誕
制限時間
残り1051895分36秒
【備考欄】
コレハゲーム。ミナサンノイノチヲカケタタノシイゲーム。サァ、ハジメヨウ。ニゲバノナイタノシイゲームヲ。
「最初は備考欄だけ見てたから特に気にしてなかったけど、ストーリークエストなのに制限時間つき。それも2年っつう長さで……ちょっとASOのクエストを確認してみるか」
メニュー画面の『ヘルプ』を確認しながらスレンの記憶と答え合わせしていく。
(ASOには3種類のクエストがある。
一つはストーリークエスト。一人もしくは複数のプレイヤーたちが集まり、NPCからのストーリーに沿ったクエストを受けて広大に広がるフィールドを冒険し、ボスを倒していく。最終的にはラストダンジョンでラスボスを倒すものである。ダンジョンのギミックによっては制限時間がつくが、ストーリークエスト事態に制限時間は無かった。
噂だが、ストーリークエストの数はラストステージ合わせて104と言われており、アップデートの度にステージ数が増えているとか)
(二つ目はサブクエスト。こっちストーリークエストと同じようにNPCから受けるクエストである。ストーリーとはなんら関係ないがクエストによってはサブストーリー的な物もあったりする。これらはクエスト所と呼ばれる建物で受けることができる。これらは物によっては制限時間がつくクエストである)
(最後の三つ目はイベントクエスト。これも一人、もしくは複数のプレイヤーで参加することができる物だ。もっともこれは運営側が一定期間ごとに新クエストだったり、旧クエストを入れ替わりで行っている。参加は自由。一部の特殊クエストではポイント制でランキング順位を付けられる。
クエスト最終日にはランキング上位者にレアアイテムが寄付される。そのため参加しないプレイヤーは少ない。
で、これは先に言った通り期間物のため制限時間がついている)
ここまでの答え合わせは全て当たっていた。
つまり今までストーリークエストで制限時間がついたことが無い。スレンが疑問に思うのは自然な事であった。
「ストーリーミッションにタイトルまで入ってるし。この事態を引き起こした本人は何を考えているんだよ。ん?」
いくら疑問には思って悩んでいても答えは出ない。メニュー画面を消す。
突如、頭上から都市内に響き渡る聞き覚えのある軽快なファンファーレ。
思わず空を見上げた。このサイレンはイベントクエストが始まる時に流れるファンファーレ。それも都市のすぐ近くで起こる、都市を守る防衛戦の時の物であった。
「クエスト開始の合図!? 一体何がどうなってんだよ!」
訳も分からずスレンは再び都市の出入り口の門へと走る。門に近づくにつれ、プレイヤーの群れが増えていく。人の群れをすり抜ける様に走り、門前にたどり着いた。
そこでは先ほどまで透明な壁で外に出られない様になっていたが、今はソレが無くなり、出られるようになっていた。すでに何名かのプレイヤーは外に出ている。
「俺も──────っ」
都市から出ようとしたその足が意思に反するように前に出ない。まるで地面と一体化したかのように感じられた。
気づけば自分でも無意識のうちに震えていた。先ほどの弾丸の痛みが原因だろう。ドクンドクンと早まる心臓を押さえつけるかのように胸に手を当てる。
(ははっ、仮想現実で心臓なんて在るわけないだろ。本当の体は現実世界なんだから。でも死ぬ可能性がある仮想現実世界に俺はいる)
胸に当てた手に力が入る。ぐしゃっと上着を掴む。
名前も知らない自分より年下の少年の顔が浮かぶ。
(リスポーンができない……一度の負けでゲームオーバー……上等だ!
だれが! 何のために! こんな状況を作り出したか教えてもらおうじゃねーか!)
ぐっと口に力がこもる。
「選択してやる! これからの俺の道を!!」
地面にくっついた足が自由になる感覚。門の外へとスレンは走り出した。
目の前の映る一面の草原。《アグリス》から一本の長く伸びた街道。さきほどスライムと戦闘した場所だ。
その少し奥には拡がった森。そして目の前には数十体のモンスターの群れ。自分とモンスターの群れの間には数では若干劣るが数十人のプレイヤーたち。
スレンと同じように覚悟を決めたプレイヤーたちである。一番前線で大剣を抱えた一人のおっさんがこっちを見てきた。
「なんだ、坊主。お前も命かける覚悟があるのか」
「あぁ。このふざけた状況を作り出した奴を見つけ出してぶちのめすって目標ができたんでな」
「ほぉ。言うじゃねーか。俺も同じ考えさ。いっちょ暴れてやろうぜ。坊主名前は?」
「スレンだ。おっさんは?」
「ヴェイグだ……勢いよく啖呵切ったんだ。死ぬんじゃねーぞ」
「おっさんこそな」
前に出てきたスレンはヴェイグと拳を小突かせる。徐々に迫るモンスターの群れにヴェイグは手に持つ大剣を向けて一言。
「戦闘開始だっ!」
『ウオオオオオオォォォォォォォ!!!』