第二話 運命の選択
1/12 第一話の最後の方に文章を付け足しました。
────── 半年前 ──────
「それじゃまたあとでな。敏也」
そう言って鈴城 蓮は家の前で友人 海道 敏也と別れた。
「夏」という言葉を表すかのように高く、どこまでも遠くに広がる青空からギンギンに照り付ける太陽の日差し。それらから逃げるように蓮は家に入り込む。
中に入ると生ぬるい風がリビングから流れてくるが、ついさっきまで外にいた蓮からすれば少しは涼しく感じられた。
「ただいま……っと」
明日から夏休みということで半日での帰宅。学生からすれば最高の日である。
リビングからかすかに聞こえてくる母の声。ワイシャツのボタンを外しながら、二階の自分の部屋へと足を進める。部屋のドアを開けると、窓から流れ込む生ぬるい風が体にまとわり付く。
ちゃちゃっと制服を脱ぐと、部屋着に着替えゲームをする準備を始める。
次世代ゲーム機NEOS“V”
ゲーム業界初のVR技術を使用した家庭用ゲーム機である。
一昔前まではコントローラ片手に画面を見ながらやるゲームが定番だったが、今では仮想現実と呼ばれるVRをつかったフルダイブ型VRMMORPGが主流になっていた。簡単に言えばNEOS“V”を購入し、付属のVRメットギアと呼ばれるヘルメットを使えば誰でも仮想現実世界で遊べるって物である。このVRメットギアが脳波で操るコントローラー的なモノになり、直接脳内にデータを送ったり取り込んだりして実際にその場にいるかのように感じられる物だ。
その革新的技術を使った一番人気のVRMMORPGは
《Another Select online》
通称ASOと呼ばれるゲームであり、日本だけでなく世界でも大人気なゲームである。
『現実では選べない選択をここで……』をキャッチコピーに、気に入った武器を片手に、壮大なフィールドを駆け巡る。現実では選べない自分だけの選択していくVRMMORPGである。
机の上に設置されたNEOS“V”の電源を入れ、VRメットギアを被る。
VRメットギアのバイザーに画面が映る。
質素なデスクトップを感じさせる画面。その中にASOと書かれた正方形のアイコンがある。それを視線で選択して脳内で起動の意思を告げる。すると耳元で小さな駆動音が鳴り始めた。視界に見える自室とバイザーの画面が徐々に七色の光によって遮られ始めた。完全に遮られる前に蓮は画面に映った『now loading…』の文字と画面右下の『20△△/07/18/11:56』を最後に、視界は完全に遮られた。
◇◆◇◆◇
目を開くとそこはさっきまでいた自分の部屋とは別の部屋にいた。本棚に机やベッド。そのほかにも現実世界でもよく見かける生活用品が置かれたワンルームのベッドから起き上がった。
両開きの窓を全開に開け、外を見渡す。
一面に広がった大空と照りつける太陽が見守る世界がソコにはあった。
ワールド名 《セーレクタル》
この世界の名前である。現実では滅多に行くことが出来ない場所、存在しない秘境がここには無数に存在している。
《西藍都市シュグラル》
《セーレクタル》には四大都市と呼ばれる東西南北にそれぞれ大都市が存在する。
《西藍都市シュグラル》が西の大都市に位置する。ファンタジー世界に西洋を取り込んだような都市。プレイヤー(通称PC)とノンプレイヤー(通称NPC)によって賑わう大都市である。
ASOだけでなく、VRMMOのNPCは決められた行動をするのではなく、自立AIで行動しているため、自分の意思を持ち行動と発言をする。人間味がありすぎて。プレイヤーと間違える人も希に存在する。
PCとNPCの見分け方はNPCの頭の上には逆三角形のアイコンが付いているのでそれで判断が出来る。ただ外観を損なわないために、集中して見ないと確認できないほどの透明さである。
ここでの蓮は《スレン》としてASOをプレイしている。
見た目は現実世界と同じで黒髪黒目。同年代と比べて若干、背が低い。左の腰には直刀を携え、黒いロングコートに身を纏った姿がこの世界でのスレンである。
このゲームに限らず、VRを使ったゲームでは容姿変更はおまけ程度で殆どが現実世界とまったく同じである。変更できる部分は髪・瞳の色・身長・アクセサリーなどが自由に変更できる。ただし身長や体重は±10までしか弄ることはできず、アクセサリーも能力変化しない物である。
容姿変更で出来ない事がある。性別を変更することだ。VRが出来た当初は可能だったのだが、女性を装った男性が男性プレイヤーに対する詐欺まがいの事件が多数起きたため、企業側の対策でNEOS“V”を購入するさいに購入店舗の方で性別設定をすることに決まったのだ。
窓から入る風が頬を撫でる。若干ひんやりと感じたのは《シュグラル》の中央にある噴水広場の水気を運んでくれたからなのだろう。
大きく背伸びをしてあくびを一つ。ベッドに腰掛けると体の前で右手を横に振る。半透明な青白いウィンドウが出現した。メニュー画面である。
メニュー画面には『ステータス』『レクリエーションスキル』『フレンド』『ログアウト』など色々なゲームでよく見かける項目が表示されている。
「カイトはまだ来てないのか。どーすっかな」
カイトとは家の前で別れた友人敏也のプレイヤーネームである。敏也とは家がお隣同士で、生まれた時からの付き合いである。同じ高校に入学し、一年の時は同じクラスで、二年生に進級した今回も同じクラスだった。蓮にとって敏也は大親友と言っても過言ではない。
「あいつとの約束は13時だったよな。今は12時10分……あっ、そーいや昼飯食べ無いでログインしちったな」
悩みながら後ろ髪を掻く。一度ログアウトしてお昼ご飯を食べるか、このままカイトがログインしてくるまでASO内で時間を潰すか。腕を組みメニュー画面と睨めっこして数十秒。
「ログインしなおすのめんどくさいし、このまま遊んで待つか」
決めたら行動は早かった。メニュー画面を消して早足で扉に向かう。宿屋の廊下に出ると駆け足で出口に向かうのだった。
この時の選択が──────ログアウトを選んでいればこれから起こる事に巻き込まれずに済んだのかもしれない事を、この時のスレンは知る由もなかった。